266 ファインラント領へ行こう
鍛冶屋を訪れて依頼していた蒸気機関(蒸気レシプロエンジンや蒸気ボイラーなど)が出来上がっているか確認したところ、まだあと一か月はかかると言われた。むー、ハルナ平原会戦が思ったよりも早く終わったからね。
いったん王国に戻ってから再び帝都に来るのも非効率的なので、時間つぶしをすることになったんだけど、さてどうしよう。
この機会にファインラント領を視察してみるかな。ミカ様も里帰りできるしね。と言っても、故郷に家族は一人も残っていないんだけど。
アレンとミカ様の意見を聞いてみると賛成だったので、皇帝陛下の許可を得てファインラント領へ行くことになったよ。しかも、陛下のご厚意でシゲノリ大佐も同行することになり、ミカ様も嬉しそうだった。うむ、またもやヨシフルお兄ちゃん(シゲノリ大佐)と妹のサクラ(私)、サクラの恋人のサネユキ(アレン)、ヨシフルお兄ちゃんの娘のアカネ(ミカ様)という偽装家族での旅だね。
ファインラント領までは自動車を使えば最速三日程度だけど、途中の街や村に宿泊しながらゆっくり進む予定だ。だいたい五日から六日くらいかな。
身元を隠しての諸国漫遊の旅なので、どうしても悪徳領主が釣れてしまう。もういい加減にしてくれよって感じだ。今回はシュトレーゼン家の紋章ではなく、皇族としての証である菊水紋プレートが印籠がわりだけどね。
特筆すべきこともなく(悪徳領主の成敗は特筆すべきことでもない)、帝都出発から一週間後にはファインラント領へと到った。
ミカ様も涙ぐんで故郷の風景を眺めている。うん、感無量だろう。なにしろ6年ぶり(8歳で祖国を脱出し、11歳で私に出会い、今は14歳)だからね。
領の入口には昔の国境検問所を利用したちょっとした監視所が設けられている。人の出入りをチェックしてるようだね。
私たちは帝国人の普通の観光客なのですんなり通れるかと思いきや、身分証のチェックに割と時間がかかった。ちなみに、身分証は平民のもので、宰相様自ら手配していただいたものだ(偽造じゃないよ…身分は偽装だけど)。
当然(正規の身分証なので)問題なく通過できたけど、この厳重な警戒体制は何なんだろう?不穏な気配を感じるね。
旧ファインラント王国は小国とはいえ、ルクス公国よりは大きかった。したがって、現在のファインラント領も一つの領としては大きいほうかな。
大きな街も5つくらいあるし、小さな村もかなりの数があるみたい。もともと金の鉱山があるせいで裕福な国だったからね。今は帝国貴族の治める領地ではなく、帝国政府直轄領として官吏が総督として統治しているらしい。
私たちの目的地は領都(かつての王都)なんだけど、途中の街にも立ち寄って現在の統治状況を視察することにした。
監視所を通り抜けてから最初の街に到着して宿屋を探していると、まだまだ自動車が珍しいのか街の人からの視線を感じるね。ようやく一軒の宿屋が見つかり、馬車スペースに自動車を停めたあと、全員揃って宿屋に入った。
『いらっしゃい』
おっとファインラント語だ。ミカ様と私は分かるけど、シゲノリ大佐とアレンは理解できないだろうね。あとで通訳してあげないとな。
私は全員を代表してフロントにいた女性にファインラント語で話しかけた。
『一人部屋が四室空いていればお願いしたいのですが、最悪二人部屋二室でも良いです。どうですか?』
『一人部屋が四室でしたら空いております。それではこちらに皆様のお名前をご記入ください』
良かった、空いてたよ。私はファインラント語で全員分の名前を宿帳に書き込んだ。もちろん偽名だ。
『おや、お客様方はガルム帝国の方ですか?』
『ええ、そうですよ。それが何か?』
『いえ、何でもありません。ではこちらがお部屋の鍵で、2階の廊下の突き当りの左右にある四室です。どうぞごゆっくりお寛ぎください』
私たちは階段で2階に上がり廊下を突き当りまで歩いていった。廊下の左右にドアが並んでいる。
一番奥の二部屋をミカ様と私で使い、その手前の部屋をシゲノリ大佐とアレンが使うことになった。ミカ様の隣がシゲノリ大佐で、私の隣がアレンだね。
部屋の中は前世のビジネスホテルのシングルルームのように狭く、当然トイレも風呂も付いていない。ベッドがあるだけの殺風景な部屋だ。まぁ、寝るだけだからね。
一泊素泊まり30リアン(3千円くらい)ならこんなもんだろ。帝国の通貨が使えたのは良かったよ。って、ここはすでに帝国の一部だった。
ドアがノックされたので返事をするとミカ様とアレンが入ってきた。
『サクラ、あのフロントにいた人、一度取った部屋の鍵を会話の途中で別の鍵に変更していたんだけど気付いたかい?』
グレンテイン語ではなくガルム語を使って、アレンが私に尋ねた。
『ううん、気が付かなかったよ。どのタイミングだった?』
『あの女性が何か質問して、君が短く返答したときだったね』
ああ、ガルム帝国人かどうかを聞かれたときかな。なんとなく嫌な感じだね。
ミカ様も気味が悪そうに発言した。
『袋小路に追い詰められている気分ですね』
でもここは2階だから窓から脱出できるんじゃないかな?カーテンを開くと、窓にはガラスがはまっていて叩き割ることはできそうだ。でも鉄格子が付いているため、人は通り抜けられないかな。
『ふむ、これは夜中に襲撃があるパターンかもしれませんね。宿と強盗団がグルってやつでしょうか』
『その危険性は考えておいたほうが良いだろうね。いずれにせよ、夜は全員が一室に固まっておくほうが良いかもしれない』
アレンの言葉にミカ様と私は頷いた。
武器を持っていない普通の観光客だと思っていたら大火傷するよ。私のアイテムボックスにはちょっとした軍隊並みの武器(剣や魔道具など)が入っているからね。くくっ。