252 ハルナ平原会戦①
最前線に来てからもう一か月になる。私たち三人は帝国軍にすっかり馴染んでしまった。特に司令部の人たちとは仲良くなったよ。
なぜか私だけは恐怖の対象として見られているようなんだけど、なぜだ?納得いかない。
アレンは男同士で色々と雑談しているし、ミカ様も大人気でよく話しかけられている。なんかファンクラブでもできそうな勢いだ。まだ14歳だもんね。アイドル誕生かよ。
そろそろ春の暖かさがやってくる頃合いで、共和国軍に動きが生じた。
防御陣地の前には荒野(帝国における呼称はハルナ平原)が広がっているんだけど、そこを共和国軍が埋め尽くしている。斥候と密偵の報告を突き合わせて判断した結果、敵の総兵力は3個軍12個師団と推測されている。
野戦では兵力数的に勝ち目が無い(こちらの兵力数は7個師団)ので、陣地での防衛戦を選択せざるを得ない。ただ、攻者三倍の原則に従えば、敵兵力は9個師団の不足になる。ただ、その不足分を航空攻撃で補うつもりなんだろうね。
敵部隊の後方から十字型の航空魔道具が次々と離陸している。その数、見えるだけでも100機くらいか。空を埋め尽くす勢いだよ。昨年末に国境砦が落とされたときには10機くらいだったはずなのに、もうこれだけ製造したのか(月産30機ってところかな)。いや、航空魔道具の製造能力よりもパイロットの育成能力のほうがより脅威だよ。
正直これほどの数(航空魔道具の数)は想定外だった。20機から30機程度だと予想していたんだよね。
100機ともなるとミカ様だけでは全てを撃ち落とすことは難しいだろう。私は自動連射装置を2台取り出して、1台をアレンに手渡した。
弾幕射撃で牽制するしかない。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるで少しは撃ち落とせるかもしれないしね。有効射程が短いのが難点だけど、無いよりはましだろう。
『私とサネユキで低空の敵を牽制するから、アカネちゃんは高空の敵をお願いね』
『はい、サクラお姉ちゃん。お任せください』
あ、おばちゃんからお姉ちゃんに昇格した。ちょっと嬉しい。
敵の航空攻撃さえ凌げばこちらの負けは無い。逆に言えば航空攻撃の被害次第では負ける。
この対空戦闘が天王山だな。
私たちの周囲は護衛の特務小隊で固められているんだけど、その小隊長であるエイスケ大尉が言った。
『万が一敗走することになったとしても我々があなた方三人を守り抜き、必ず安全地帯に逃がしますのでご安心ください。各分隊は順番に死ぬまでその場に留まり、敵の追撃を阻みますので』
え?有名な「薩摩の捨てがまり」ですか。関ケ原の島津軍だね。って、いやそこまでしなくても良いから。
てか、そんなことを言われたら簡易トーチカを出しにくいよ。まぁ今回は戦略級魔法は撃たないからトーチカは出さなくても良いんだけど、頭上からの攻撃に対する防備として本当はトーチカを使いたかったな。
『アカネちゃん、敵の航空魔道具が有効射程内に入ったら順次落としてほしいんだけど、その際できるだけ推進器の不調を偽装したいんだよね。四つある上昇用の推進器の一つを壊すことってできるかな?』
『はい、頑張って狙ってみます』
敵の航空魔道具は編隊を組んでから、整然とこちらへ向かって進軍を始めた。精密射撃装置の最大射程1000メートルから私たちの頭上に到達するまで、30秒から1分くらいではないかと予想している(敵の飛行速度によるんだけど、最高速度すら不明なのだ)。
仮に時速100キロメートルだとすると1秒間に約30メートルは進むので、いくら初速1000メートル/秒の精密射撃装置であっても見越し射撃(敵の未来位置を予想して撃つこと)が必要になる。めちゃくちゃ難易度高いな。しかもこの速度だと約30秒でこちらに到達するんだよね。1秒に1機を落としても30機しか落とせないよ。
スコープを覗くミカ様の右手人差し指が引き鉄を引いた。
うん、当たってないね。続けて2度3度と射撃を繰り返しているものの当たらない。風や重力も計算しないといけないから大変だ。ミカ様が無理なら誰も当てられないだろう。
うーん、対空射撃がこんなに難しいものだとは…。
『アカネちゃん、やはりさっきの命令は取り消し。当てやすい座席部分を狙ってください』
『はい』
返答も短くなるくらい射撃に集中しているようだ。ミカ様の額から汗が流れ落ちている。
敵との距離が500メートルくらいまで近づいたとき、1機がふらふらと揺れたと思ったら真っ逆さまに墜落した。
護衛の特務小隊の兵士たちから歓声があがった。
そのあと、3機が落ちたんだけど、敵は退却する気配も見せず整然と飛行を続けている。
アレンと私も自動連射装置から弾丸をばらまき始めた。曳光弾ではないので、弾道修正は勘で行うしかない(発射した弾が見えないので)。数秒後、おそらくアレンの戦果だろうか、1機が墜落した。
ミカ様もさらに数機を撃墜しているけど、約90機は帝国軍の頭上に到達した。
私たちの布陣する位置は中央部の後方、司令部のすぐ前くらいだ。敵が左翼に来るのか右翼に来るのか分からないからね。
敵は中央部の前衛上空でホバリングして、何かの物体を投下し始めた。頼む、予想通りであって欲しい。
地面で割れたガラスの破片が舞う中で突然横方向(地面と水平方向)へ火柱が噴き伸びた。それがあちこちで発生している。
破砕音がしたらその方向へ防御結界装置を向けるように命令しておいたので、ある程度は炎を防ぐことができているようだ。投下範囲が割とばらけたことが良かったみたい。密集して投下されたらかなりの被害が出ただろうけどね。
そしてどうやら投下された物体は予想通りファイアウォールの魔道具だったようだ。良かったー。
なお、ホバリング中は対空射撃のチャンスなんだけど、味方の頭上に墜落されると大惨事なのでこちらからの攻撃は控えている。
敵の航空魔道具は1機につき1個の投下用魔道具を落としたみたいだけど、問題はさらに数個の投下用魔道具を搭載しているかどうかだな。攻撃の第一波は防いだけど、さらに連続投下されると味方の士気的にもやばくなる。
しかし、幸いなことにこの攻撃だけで帰投するようだ。
敵の帰路においてもミカ様とアレン、あと私の対空射撃で数機を撃墜した。正確に言うと、私は1機も落とせなかったけどね。いや、無理ゲーだよ、これ。
戦果についてはあとで集計してみないと分からないけど、おそらく10数機は撃墜できたんじゃないかな?って少なっ!