244 シゲノリ中佐の訪問
結局、私の帝国行きは許可されなかったんだけど、代わりに魔道具の支援を秘密裏に行うことが決まった。
通信魔道具と治癒魔道具の二種類だけね。攻撃用魔道具の輸出は安全保障上やはり許可されなかったよ。まぁ予想通り。
共和国の航空魔道具から投下する物体が私の予想通りファイアウォールの魔道具であるならば、帝国軍の防御結界装置で防ぐことができるはずだ(一つで無理なら多重展開で)。
もちろん10キログラムくらいの石を投下されたり、可燃物を入れた火炎瓶を投下されたりしたら物理攻撃を防げない防御結界装置ではどうしようもないけどね。
年末の時点では私や帝国軍参謀本部の予想通り、共和国軍が支配領域を拡大する兆候は見られない。攻勢開始はおそらく来年春頃だろう。
帝国軍は敗走した部隊を再編して、防御陣地を構築して守りを固めている状態だ。奪われた砦を取り返そうとした命令無視の帝国貴族もいたようだけど、あえなく敗退して帰ってきたようだ。まじで帝国貴族はろくでもないな。シゲノリ中佐の苦労が偲ばれるよ。
年が明けてすぐに、思いがけない人物が屋敷にやってきた。
「こんにちは。ガルム帝国参謀本部所属のシゲノリと申します。マリア嬢はご在宅でしょうか?」
訪問販売のセールスマンのように訪れたシゲノリ中佐の言動に屋敷の執事も驚いたことだろう。
応接室に通された中佐に私とミカ様が応対した。なお、人払いをしているので部屋の中には三人だけだ。
「お久しぶりですね、シゲノリ中佐。王国に来るとは珍しいことで」
「そうですね。貴国のグランドール辺境伯領にはかなり長く滞在していましたけどね、捕虜として。あ、今のは嫌みじゃありませんよ。で、本日は皇帝陛下の命により参上致しました。ミカ様もお久しぶりでございます」
「こんにちは、中佐。帝国ではお世話になりました」
シゲノリ中佐の妹の私と娘のミカ様という設定で帝国を旅したのが懐かしく思い出される。うん、あれは楽しかった。
「共和国の侵攻の件はお気の毒さまでした。まぁ帝国がやったことをやり返されただけですから文句も言えませんよね」
「はっはっは、これは手厳しい。確かにその通りなんですけどね」
こういう懐の深さは本当に大したもんだよ。
シゲノリ中佐は一転真面目な顔になって私とミカ様に向かって発言した。
「公式に王国へ助力を願い出ることはできませんが、どうかシュトレーゼン家のお力だけでもお貸しいただければと思い、参った次第であります」
「あれ?非戦闘用の魔道具については極秘で提供することを貴国の皇帝陛下にもお伝えしているはずですが?」
「はい、それは感謝しております。問題は共和国の航空魔道具への対抗手段なのです。現状、我が国には全く対抗策がありません。はるか上空から一方的に蹂躙されるだけなのです」
うーん、弓矢は届かないし、攻撃魔法も射程外だしなぁ。王国なら自動連射装置で低空の敵を、精密射撃装置で高空の敵を排除可能だ。
さらに飛行機械で空中戦もできるけどね。
いずれも帝国への供与は絶対に無理だ。
悩んでいる私を横目にミカ様が発言した。
「私が精密射撃装置とともに参戦すれば、その問題は解決しますよね」
「ミカ様はこの国の子爵だから、ばれると問題になるかもしれないよ」
「でしたら子爵位を返上して、あらためて帝国臣民として参戦すればどうでしょう?」
「いや、そこまでする理由は?帝国はミカ様の家族の仇だよ」
「ええ、でも皇帝陛下から謝罪していただきましたし、それにたとえ偽物でもシゲノリ中佐は私のお父さんですから」
「うーん、だとしたら私のお兄ちゃんでもあるけどね。ねぇヨシフルお兄ちゃん」
シゲノリ中佐が感動して泣きそうになっている。私もミカ様の言葉に感動したよ。家族の仇の帝国のために参戦しようとするなんて。
「あー、でも航空魔道具を撃ち落とす場合、操縦手の命を奪うことになるかもしれないよ。人を殺す覚悟はあるのかしら」
今までの戦闘では、ミカ様は一切人殺しをしていないのだ。私は10歳のときに人を殺して、かなり精神的に参ったのを思い出した。
「はい、大丈夫です」
少し青くなっているものの覚悟を決めた様子のミカ様。大丈夫かな?
「分かった。陛下とも一度話してみるよ。シゲノリ中佐も一緒に王宮に来てもらえますか」
「ええ、もちろんです。謁見できるのでしたら直接国王陛下にお願いしてみます」
一度陛下には断られているからなぁ。帝国行きの許可が得られるかは微妙だ。ミカ様だけなら許可されるかもしれないけど、ミカ様が行くなら私も同行するし、私が行くならアレンも行くだろうからね。