234 皇帝からの通信
技術派遣団の第一陣がようやく戻ってきた。なんと三か月の任期のはずがその三倍は滞在した計算だ。さらに言えば第二陣もまだ戻ってこない。もともと三か月ってのが短すぎたのかもしれないな。
「リヒャルトさん、お帰り。ルクス公国での技術習得、成果はあった?」
「はい、ただいま戻りました。蒸気機関は素晴らしいですよ。この経験を生かして役立つものを色々と作りたいですね。あ、魔法陣が必要な個所はお嬢様にお願いすることもありますけど」
「もちろん大丈夫だよ。でも蒸気機関と魔法陣?関連無いと思うんだけど」
「いえ、主に制御機構なんですが、機械的に行うよりも魔法的に行ったほうが効率的だったりしますので」
あー、なるほど。電子回路みたいなものか。確かにマイクロコンピュータみたいなエンベッディッド系(組み込み系)の魔法陣は描けなくもないね。
大型ドックの建設についても順調のようで、1万トン級の船を建造可能な規模のドックが進捗率60%くらいまでできているそうだ。捕虜たちがちゃんと働いてるんだろう。
さらにルクス公国の技術者と合同で、スクリュープロペラを大きな水槽の中で実験しているそうだ。
ドックが完成したらそこで新規に建造する予定の1000トン級の船に、スクリュープロペラを試験的に採用してみるらしい。船の大きさ的に渡洋能力は低いけど、武装次第では戦闘力に問題は無いだろう。いわゆる海防艦クラスだね。
しかもこの船には蒸気タービンを搭載する計画まであるそうだ。これが実現すれば30ノット(時速約55キロメートル)は出せる船ができるかもね。今あるシンハ皇国から拿捕した船は最高速度6ノット(時速約11キロメートル)くらいだから、5倍の速度が出せることになるよ。まぁ蒸気タービンの実用化については、どうなるか分からないけど。
あと『カトリ』と『カシマ』の二隻は、なんと艦隊運動まで訓練が進んでいるようだ。そろそろ軍制を単なる王国軍から王立陸軍と王立海軍に分割したほうが良いかもしれないね。陛下に奏上してみようかな。
その数日後、そろそろアメリーゴ共和国へ行くための準備を始めようかなと思っていたら、私の持っている通信魔道具に着信が入った。
接続ボタンを押すと聞こえてきたのはガルム語だった。しかも相手は帝国皇帝の名前を名乗ったよ。
『マリア嬢かね。ゲンタローだ。久しぶりだね』
いやいや、そんな友達の家に電話をかけてきたような感じで呼びかけられても困るっつーの。
ちょうど旅の荷造りをしていたから着信に気付いたけど、そうでなければ気付かなかったかもしれない。携帯電話じゃないんだから常に携帯してないんだよ。かけるなら家のほうにかけて欲しい。
『皇帝陛下、マリアでございます。お久しぶりでございます。ところでなぜ私のID番号をご存じなのでしょうか?』
『ああ、ヨシテルに聞いたぞ。いやヘイハチローだったか。くく、余にも偽名を付けて欲しいものだ』
うん、間違いなくヨシテル将軍から聞いてるね。これで皇帝を名乗るオレオレ詐欺じゃないことが分かったよ。
『それで何か緊急のご連絡でしょうか?共和国へはそろそろ出発しようと思っていたのですが』
いや、嘘です。まだ準備を始めたばかりです。
『うむ、それなんだが、我が国の情報網によると共和国からの逆侵攻の可能性が高まっているらしい。しかも大義名分としてファインラント亡命政府を使うようだ』
『ええ?我が国の仲介で講和が成立したばかりですよね?そんなこと信じられません』
『どうやらその講和条件に不満を持つ一派がいるらしい。あの国は大統領の独裁ではなく、議会も力を持っているからな』
『もしそうなったら講和を仲介したこちらの顔にも泥を塗る行為ですよ』
本当にどういうつもりなのか。まぁまだ可能性の段階で、実際に逆侵攻を開始したわけじゃないけど。
『マリア嬢が共和国を訪れる前に連絡しておこうと思ってな。そなたに危害が加えられるような事態になったら大変だ』
『お気遣いありがとうございます。我が国の王とも相談し、行動したいと思います。ご連絡感謝致します』
『うむ、それではな。また帝都にも遊びに来てくれ』
『はい、失礼致します』
接続を切ってから部屋の中を見渡すとお付きのメイドのジョアンナが気味悪そうに私を見ていた。いや、これってガルム語による通信だから。まぁ、ガルム語が理解できない人にとっては、不気味に感じるのも分かるけど。
そのまま陛下のID番号をセットして接続ボタンを押した。
「ん?マリア嬢か?なにか緊急連絡かね?」
陛下に献上した通信魔道具のID番号は誰にも教えていないそうだ。なので呼び出し音が鳴ったら、それは私からってことになる。いわゆるホットラインだね。
「はい、陛下。マリアでございます。ただいま帝国皇帝より緊急連絡が入りました。どうやら共和国の動向が不穏なようです。それに関しまして、王宮に参内しご相談申し上げたいと思いますが、ご都合はいかがでしょうか?」
「ふむ、それでは明日の午後1時に来てくれ。予定を入れておくゆえな」
良かった。できるだけ早めに相談したほうが良い案件だからね。
通信を終えた私が再びジョアンナに目を向けると、そこには気絶したメイドさんの姿が…。
私が国王陛下や皇帝陛下と気軽に話しているのを見て卒倒したようだ。急いで執事を呼んだよ、まったくもう。