226 王国籍の船②
大使にふさわしい豪華な宿泊場所を用意するというヨシテル将軍のご厚意を丁重に断り、私たち三人は街中の宿屋に泊まることにした。
街の大通りは、寂れてゴーストタウンのようだった数か月前の状況が嘘のように活気がある。浮足立った雰囲気も多少はあるけど、それは仕方ないことだろう。
たまたま目についた一軒の宿屋に入って、空き部屋の状況を聞いてみることにした。割と大きな宿屋なので、きっと空き部屋もあるに違いない。
『こんにちはー。三人なんですけど、三部屋空いてますか?』
『はーい、少々お待ちください』
明るい声とともに奥からカウンターに出てきたのはなんとアザミさんだった。
『『あ』』
一瞬見つめ合って絶句してしまったよ。
『アザミさん、お元気そうですね。良かった』
『聖女様、お久しぶりでございます。今の生活の全ては聖女様のおかげでございます』
『あー、その聖女ってのは勘弁してほしいかな』
『聖女様のことをほかに呼ぶべき言葉が見つかりません』
『いや、普通にマリアで良いから』
『そんな、恐れ多いことでございます』
会話が全くかみ合わない。諦めて部屋を手配してもらった。三部屋空いていたようで良かったよ。
ちなみにアザミさんがこの宿屋の女主人だった。帝国からもらった補償金と以前から貯めていたお金を合わせて、この建物を買い取ったそうだ。まぁ何にせよ元気そうで良かったよ。
『宿の看板に【聖女様ご逗留の宿】と書いてもよろしいでしょうか?』
『はぁーもう好きにして』
商魂もたくましいようで何よりです。
翌朝、宿の食堂で朝食をとった私たちは再度港へ向かい、すぐに船に乗り込んだ。朝早くの出港だからだ。
タラップが外され、ゆっくりと岸壁を離れた船は微速で港内を進み、しばらくしてから港を出た。それから徐々に速度を上げると、約一時間で沖合10キロメートルくらいに到達した。
おそらく何度も出港しているのだろう、操船も慣れたもので機関出力も安定している。
船橋から望遠鏡で周囲を見渡していると、かなり先のほうに船が見えた。ん?ルクス公国やガルム帝国の船は港にあったような?
「あれが、例のスクラップ船です。ロープで引っ張っていってから、あの位置で錨を下ろして流されないようにしています。今は射撃訓練用の標的船として使っています」
おお、ブレンダがストーンキャノンの魔法でスクラップにした船か。ゴミの再利用ができているようで良かった。
船長(自動車化魔道小隊のヒューラー小隊長だった)が舵輪を回して船を回頭させる。船の右舷が標的船に向かうようにしたあと、伝声管を使って命令を下した。
「艦砲、発射準備」
発射準備の整ったことが報告されると、すぐに砲撃命令が発せられた。
「1番砲、撃て!」
10基ある艦砲は右舷のものに1番から5番、左舷のものに6番から10番の名前を付けているそうだ。
砲撃の音は全く聞こえないので静かなものなんだけど、3キロメートル先に水柱がそそり立った。爆発音も約10秒後に聞こえてくる。
標的船からはかなり離れた位置に着弾したみたいだね。
直接照準だと手前の海に落下するから、仰角を付けて撃ち出すらしいんだけどなかなか難しいみたいだね。あと、砲弾が軽いので風の影響を受けやすいとのこと。20ミリ砲弾だからね。
射撃盤を開発しないと遠距離砲撃は無理かな?まぁその前に測距儀や方位盤が必要だけどね。
「続けて、2番砲から5番砲まで順次発射せよ」
4つの水柱と爆発音が連続する。一つだけ標的船の至近に着弾したようだけど、それが何番砲のものなのかは分からない。
それぞれの射手の腕に頼るしかないってのがもどかしい。なにしろ統制射撃の仕組みがないからね。
「1キロメートルほどに近づけば確実に当てられるのですが…」
ヒューラー船長が無念そうに言った。
「いえ、遠距離砲撃時の課題が分かっただけでも良かったですよ。それに敵船もせいぜい数100メートルの射程しかないはずですからね」
そう、船の速度が時速10キロメートルほどなら、敵船が1000メートルの距離を100メートルまで縮めるのにかかる時間は約5分だ。
5分あれば10隻の敵船を殲滅することもできると思う。って殲滅しちゃダメか。できれば拿捕しないとね。