199 ルクス公国
来航者に国土の一部を占領された小国はルクス公国といって、公用語はガルム語らしい。
たしか帝国皇帝の一族のルクス公爵って方の領地が国として独立した、とかなんとか学院で習ったような気がする。
ルクス公国との国境にある検問所に到着し、シゲノリ中佐の権限でそのまま通り抜けた。さていよいよルクス公国、危険地帯だな。
わずか一日の移動で占領地との境界である川が見える位置に来たんだけど、向こう(来航者)から見つからないようにうまく隠れて接近しているよ。まずは偵察だね。
倍率30倍の望遠鏡で川の対岸を確認していると、川にかかっている橋の上をこちらに向かってよろよろと歩いてくる女性がいた。
殴られたのか顔は腫れあがり、全裸に布一枚をまとった姿だ。下腹部から太腿のほうにかけて血が流れていることから何をされたのかが分かる。
橋の向こう側に(遠くて声は聞こえないけど)笑っている様子の男たちがいる。
左手に開いた状態の本らしきものを持った一人の男の右手の先に大きな火球が出現した。
「な、ファイアボールを撃つつもり?」
ここから橋までは500メートルはある。どうする?マジックガードで防御したいけど、とても届かない。
考えている時間はわずかだった。火球が撃ち出されたのを見た私はマジックアポート改を発動した。
女性の姿が橋の上から消えて、私の目の前に出現した。倒れそうになっている女性を抱きかかえてあげて、向こうから見えないようにすばやく物陰に隠れた。
向こうの男たちはファイアボールの火球が目くらましになったのだろう。女性が消えたことには気付いていないようだ。
突然目の前に現れた半裸の女性に驚く全員に対し、私は指示をとばした。
「女性陣は集合。この方を保護します。ブレンダはお湯を準備して。ルーシーちゃんは治癒魔道具で治療を。ロザリーちゃんは下着と服の用意をお願い。男性陣は周囲の警戒を」
土魔法のストーンウォールで目隠しの壁を作り、お湯で身体を拭いてあげた。治癒魔道具で顔や下腹部の治療を行い、新しい下着と服を着せてあげた。
見違えるようにきれいになった女性は20歳そこそこの年齢かな。私たちと同じくらいに見える。
最初は呆然としていて、なすがままの状態だった女性は徐々に現状が把握できたみたい。突然泣き出した。号泣だ。
私は女性を抱きしめて、ガルム語で優しく話しかけてあげた。
『もう大丈夫だから。あなたを傷つける人間はいないよ』
しばらく泣き続けていた女性はようやく落ち着いたのか自己紹介を始めた。
『私はアザミと申します。助けていただいてありがとうございました』
『アザミさんはルクス公国の人だよね?川の対岸はどういう状況になっているのか聞かせてもらえるかな?』
『はい。大きな船に乗ってやってきた男たちが武力で港や街を占拠しました。男性や年配の女性は殺され、若い女性は乱暴されました。抵抗した私は殴られたあと、見せしめのためなのか分かりませんが、おそらく魔法で殺されるところだったんだと思います』
なぜ助かったのか、どうやって助かったのかは分からなかったそうだ。うむ、引き寄せしたからね。
なお、この会話はガルム語で行っていたんだけど、シゲノリ中佐に頼んで仲間たちには同時通訳してもらった。
全員がこれを聞いて怒り心頭ですよ。中佐も近くにいた兵士さんたちも同様だ。
これで来航者は侵略者であり、敵だと認識された。
『敵の総人数って分からないかなぁ?あと拠点としている建物とか…。街を奪還するために、できるだけ情報が欲しいんだ』
シゲノリ中佐がこの発言に驚きながらも律儀に通訳はしてくれている。
本来は調査が私たちの任務であり、戦闘は帝国軍の仕事だからね。ちなみに帝国軍1個師団がこちらに向かっているらしいけど、到着にはもう少し時間がかかるとのことだ。
『よく分からないのですが、私の恋人が言っていました。一隻に200人程度で総勢2千人くらいだと』
『その恋人さんは?』
『私の目の前で殺されました』
また目から涙をあふれさせているアザミさんを抱きしめてあげたけど、慰めの言葉が見つからないよ。