192 マジックアポート
自分自身や他人などの人間を離れた場所に移動させる転移魔法については開発を断念した。
でも数か月の実験に費やした時間を全て無駄にしてしまうのもなぁ。
というわけで、地味だけど引き寄せの魔法を作ったよ。
魔法名はマジックアポート。
目視指定した対象物をすぐ目の前に出力(転移)させる魔法だ。目の前と言っても、対象物のサイズによって出力座標を自動調整する機能は付けている。
制約としては生物は引き寄せできないこと、見えているものだけが対象となること(望遠鏡を使えばかなり離れた位置のものでも転移させることができるけど)とした。
何の役に立つのか分からない地味な魔法だけど、まぁ趣味の領域ってことで良いだろう。
ほかの人の意見を聞いてみれば、何らかの用途を思いつくかもしれないし。
「お兄様、お義姉さま。少しお時間いただけますか?」
「ああ、ちょうど仕事も一区切りついたところだから、大丈夫だよ。ペリーヌ、お茶を淹れてくれないかな」
お兄様の言葉にペリーヌお義姉さまが三人分のお茶を応接セットのテーブル上に用意してくれた。
「さて、それでは話を聞こうか」
「はい、こちらは新しく作った魔法陣なんですが、何かの役に立たないか一緒に考えていただきたくて」
私はマジックアポートの性能や制約条件などを説明した。
「ふむ、物を引き寄せる魔法か。すぐに思いつくのは敵の武器を奪ったりできるとかかな」
あ、なるほど。敵の持っている剣や槍や弓矢なんかを引き寄せできるってことか。それは戦いで役に立つかもしれない。
お義姉さまも何か思いついたようだ。
「ねぇマリア、それってガラス越しでも転移できるのかしら?」
「うん、できるよ。異次元空間経由だから」
「だったら博物館の展示品なんかが盗み放題になるんじゃないの?」
おぉ!確かに。泥棒にとっては有効な魔法だな。
「そうだ。川があって人だけが渡れるような細い橋があったとする。まず人が橋を渡ったあとに、そこまで乗ってきた自動車を引き寄せれば」
「あ、自動車が渡れなかった川を簡単に渡ることができますね」
機動性が高まることになるのか。
なんか、色々と用途が考えられるね。要するに使い方次第ってことか。
その数日後、いつものように魔法陣仲間を招集した。
ミカ様には申し訳ないけど自室にいてもらったよ。魔法陣の魔法はミカ様にも秘密だからね。
「なんだか一年に一回は新しい魔法陣を作ってるよね、マリアは」
ブレンダが呆れたように言ったけど、別にそんなに頻度は高くないよね。
アレンも少し考えながら発言した。
「去年がマジックカリキュレーターで、一昨年がヒールだったよね」
「どちらも素晴らしい魔法でしたわ。今回の魔法もきっと神の領域に近い奇跡に違いありませんわ」
いや、ルーシーちゃん、ゴメン。期待には応えられないかも…。かなり地味な魔法ですよ。
マジックアポートを説明したあとに追加で言っておいた。
「必ずマスターするようにっていつもは言うんですけど、これは無理にマスターしなくても良いです。用途のよく分からない地味な魔法なので」
アレンが皆の疑問を代表して質問してきた。
「うーん、人間を転移させることができればすごい魔法なんだけどねぇ。それはできないんだよね?」
「ええ、生物は転移させられません。この世界の制約だと思ってください」
嘘です。本当はできるけど、危険だから封印です。友人たちを行方不明者にしたくない。
お兄様がこの前の会話を説明してくれた。
「僕とペリーヌとマリアの三人で用途を考えてみたんだけど…」
武器を奪うとか、泥棒とか、機動性の向上とかだね。
この話を聞いたロザリーちゃんが発言した。
そういえばロザリーちゃんはこの春、高等学院を卒業した。卒業生総代には選ばれなかったけど、優秀な成績だったことは間違いない。
で、当然ながらうちの工房に就職して、幹部の一人として仕事を覚えている段階だね。ふふふ、卒業を待ってたよ。
「マリアお姉さま、引き寄せ対象物の大きさや重さには制約はないのですよね?」
「うん、どれだけ大きくて重いものでも大丈夫だよ」
「でしたら多くの人員が必要な重量物の移動が楽にできますね。学院ではイベント会場の設営で苦労したので」
ロザリーちゃん、生徒会副会長だったもんね。確かにアイテムボックスを使える私では思いつかなかった発想だ。
「地味だけど有用な魔法で、使い方次第ってことですわね。やはりマリアちゃんは神のような存在で、人間たちの創意工夫を促しているのですわ」
うん、ルーシーちゃん、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、神じゃないから…。まじで神様に失礼だよ。
ほかの人も私と同じようにドン引きしてるのかと思いきや、うんうん頷いているのは何なの?怖いってば。