176 行き倒れの子供
桟橋に戻った私たちは、ブレンダとルーシーちゃんペアに交代した。ブレンダの操縦で進んでいくボートからルーシーちゃんが私たちに手を振っている。私も手を振り返してあげた。
アレンと私は先ほど発見した人間を確認するため、500~600メートル離れた位置まで警戒しながら歩いて行った。
帝国の密偵ならば捕まえるし、行き倒れの旅人なら助けないとね。
その人間は花の中に倒れていた。どうやら密偵ではなさそうだ。
「もし、大丈夫ですか?」
「う、ううん」
呻いているだけで、どうやら返事をすることもできないようだ。
身なりは薄汚れてはいるものの生地は決して安物ではない。ただ、髪はぼさぼさで獣臭いし、顔も真っ黒に汚れている。8歳から10歳くらいの浮浪児の少年って感じかな?
「アレン、せっかく来たばかりなのに申し訳ないけど、この子を医者に見せたいので王都に戻りましょう」
「そうだね。僕が自動車まで運んでいこう」
少年をお姫様抱っこしたアレンとその横を歩く私は、いったん貸しボート屋に戻ってきた。
ちょうどブレンダとルーシーちゃんのボートも桟橋に戻ってきたみたい。
「ルーシーちゃん、ブレンダ。ちょうど良かった。ほんとゴメンだけど、私たちは王都に戻るよ。行き倒れの子供を拾っちゃったので」
「ええ?そりゃ大変だね。私たちはロザリーちゃんと合流するから大丈夫だよ」
「そうですわね。スピードを出すにはできるだけ軽くしたほうが良いので、私たちは残りましょう。ロザリーのキャンピングカーがあるので帰りも心配いりませんし。あと、貸しボート屋のおじさんには私から事情を説明しておきますわ」
「うん、ありがとう、ルーシーちゃん。ブレンダもまたね。夜にでも通信の魔道具で連絡するよ。それじゃ急いでるからもう行くね」
駐車場へ戻った私たちは、荷台の後部座席を2つ取り外し、そこに少年を寝かせた。アレンの運転ですぐに出発し、私の屋敷へと戻ってきた。まさにトンボ返りだ。
お父様とお母様に事情を説明し、医者を呼んでもらった。
客間のベッドに寝かせた少年は、呼吸も荒く熱もあるようで苦しそうだ。風邪かな?
医者の見立てでは栄養失調と軽い風邪だろうとのことだった。肺炎までは至ってないようで不幸中の幸いだったよ。
目を覚ましたら飲ませるようにと薬を処方してもらったけど、栄養剤の点滴とかしてくれないのかな?聞いてみたら逆に点滴って何?と聞かれたよ。無いんだね、点滴。
結局この子が回復するまで約一週間はかかった。
胃が弱っているから流動食から始めて、徐々に固形物も食べられるようになったのは三日後くらいだった。
薬が効いたのか熱も下がったため、メイドさんに風呂で身体を洗ってもらった。するとそこには美少女がいたそうだ。
草で切ったのか細かい傷が手足にあったけど、治癒の魔道具ですべて治してあげた。
洗髪した黒髪はドライヤーをかけるとさらっさらになって、肩までの長さだけどとても可愛らしい。
以上の報告は担当のメイドさんから聞いたことだ。
ただ言葉が分からないと嘆いていた。グレンテイン語は話せないし、理解できてない様子とのこと。
私が回復後のこの子に面会できたのは、この子を拾ってから一週間後のことだった。世話係のメイドさん以外、面会謝絶だったんだよ。
応接室のソファに座る少女は、どうみても高貴な雰囲気を身にまとっている。いったい何者だろう?
部屋に入ってきた私を見た少女は立ち上がって深々とお辞儀をしたあと、自己紹介を始めた。
『はじめまして。私はミカ・ハウハと申します。このたびは命を助けていただきまして、誠にありがとうございました。私は今は無きファインラントの王族です。祖国がガルム帝国に滅ぼされたあと、数人の王族が国外に脱出したのですが私はその一人となります。どうぞよろしくお願い致します』
メイドさんたちは全く聞いたことのない言葉に困惑しているね。なるほど、ファインラントかぁ。帝国に併呑された小国だね。
『私はマリア・フォン・シュトレーゼンと申します。シュトレーゼン男爵家の長女です。ファインラントの姫君をお助けできて光栄でございます』
私がファインラント語で話しかけると、突然ミカ様は泣き出した。遠い異国の地で祖国の言葉を聞くとは思わなかったんだろうけど、なんだか私が泣かせたみたいになってるから泣き止んで欲しいな。てか私が泣かせたのは本当だね。
周りにいるメイドさんたちに通訳してあげたら、本物のお姫様だったことに驚いていた。うむ、私も驚いた。浮浪児だと思ったのは秘密にしておこう。