175 湖での休暇
マジックカリキュレーターで仕事が効率化されたおかげで、残業が少なくなり、さらに休日出勤についても全く無くなった。
我ながら良い仕事(マジックカリキュレーターの開発のことね)をしたな。
『天は自ら助くる者を助く』だね。
高等学院が夏休みに入ったあとの最初の工房の休日に、湖へ船遊びに行こうという計画がブレンダから齎された。
私としては異存はない。当然アレンやルーシーちゃんも一緒だ。
ロザリーちゃんはすでに湖に行っていて、第2回ボートレース大会のための新型艇の調整をしているらしい。ああ、ロザリー・ブレンダチームだもんね。
湖までの移動手段なんだけど、三輪自動車で移動する。ただし、後部座席の無い材料運搬用の自動車ではなく、後部座席のある三輪自動車だ。
自動車製造業者さんが製造を頑張ってくれたおかげで、一年以上前に王国軍に差し出した五輪自動車10台と三輪自動車1台がようやく最近になって戻ってきたんだよ。
余談だけど、五輪自動車9台は格安で乗合バス業者に売り払ったよ。湖までの定期便を運行することという条件付きでの売買契約だけどね。
あと1台の五輪自動車は荷台部分をキャンピングカー仕様に改造してから、ロザリー・ブレンダチームに寄贈した。通常はシャミュア家に置いておいて、湖への遠征を行う際に使ってもらっている。これを使ってロザリーちゃんはすでに湖に移動しているわけだね。
なお、ボートレース大会は年一回開催の予定だったので、本来なら今年の5月に開催されるはずだった。それが残念ながら、帝国との戦争で開催中止になったんだよ。
ロザリーちゃんとブレンダも残念がっていた。多分、貸しボート屋の店主さんも残念がっていたはずだ(会ってないけど)。おじさん、少しはダイエットしたかな?
貸しボートに取り付ける予定の船外機を積み込んで、30分かけて移動した。運転者はいつも通りアレンだ。後部座席はルーシーちゃんとブレンダと私で女子トークに花が咲く。
駐車場に着いた私たちは久しぶりの湖に胸を高鳴らせながら、屋台通りを歩いて貸しボート屋へ。船外機はアレンとブレンダの二人で持ってくれた。私も手伝うのに。
貸しボート屋に着くと、私が建物の奥に声をかけた。
「おじさーん、いますかー?」
奥のほうから返事があり、いつもの店主さんが表に出てきた。ダイエットはしていないようだ。
「おう、嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな」
「お久しぶりです。今日もボートを貸してくださいな。あ、船外機付けても良いですか?」
「ああ、良いぞ。最近はボートとは別に船外機も有料で貸し出すサービスを始めてな。これがなかなか好評なんだ」
「ええ、だったらわざわざ持ってこなくても良かったですね。あ、そうだ。この船外機、今日使ったあとは、おじさんの店に寄贈しますよ。持って帰るの大変なので」
「寄贈だって?そりゃ、うちとしてはありがたい話だが本当に良いのかい?」
大丈夫です。だって無料だもの。
おじさんの店はボートレース大会のときに設置したでかい観客席の左側にあり、桟橋もそこにある。観客席の右側にはレース用のコースを表すブイと、何十というピットの桟橋が1キロメートル先まで並んでいる。常設設置の許可を得ているコースと桟橋だね。
ちなみに、このピットは誰でも無料で使うことができるので、今も数チームが使っているようだ。ロザリーちゃんも多分その中にいるはず。
借りたボートにアレンとブレンダが船外機を取り付け、そのまま沖に進みだすのかと思いきや、ブレンダだけが戻ってきた。
「マリア、最初に乗ってきなよ」
「運んだのも取り付けを手伝ったのもブレンダなんだから、ブレンダが最初に乗るべきだよ」
そう言ったんだけど、ブレンダはどうしても私を乗せたいようだ。ルーシーちゃんに聞いても『マリアちゃんが乗るべきですわ』としか言わないので、仕方なくボートに乗り込んだ。
「アレン、私が一番手みたい。よろしくね」
「うん、しっかりエスコートしますよ。お姫様」
「誰がお姫様か。ここにいるのはガサツな男爵令嬢だけだよ」
冗談を言い合える仲って良いよね。
アレンの操縦で湖の中央へするすると滑るように走り出していくボート。夏の日差しは暑いけど湖の上を吹き渡る風は涼しくて気持ち良い。
レースコースを高速で走らせているボートはあるけど、湖の中央へと進むボートは私たちくらいだ。お昼頃には多くなると思うけどね。休日だし。
ひとしきり楽しんで岸へと戻る際、直線的に桟橋へ戻らず、桟橋から1キロメートルくらい離れた岸辺へとボートを進めてそこから岸沿いに桟橋へと戻る。
岸辺にきれいな花が咲いていたためだ。さすがはアレン。気が利くよね。
花の中に何かが見えた気がして、アレンに言ってボートを少し戻してもらった。何か薄汚れた固まりがあるようだ。ゴミの不法投棄かな?
もしも人間でそこから弓矢で狙われると怖いので、念のためマジックサーチを起動してみた。反応は人間みたいだけど微動だにしない。何だろ?