161 宿屋でのトラブル
私たちを含む王国軍輜重部隊がようやく共和国との国境に到着した。
国境検問所は王国側と共和国側の二か所あるけど、王国側は素通りだ。共和国側の検問では少し時間を取られたけど、問題なく入国が認められた。
ここで何かイベントが発生するのがお約束ってものじゃないかな?と思った私だったけど、特に何ごともなく検問を通過できたよ。
事件はすぐ次の街で発生した。
総勢24名で馬車6台という大規模馬車群なので、宿屋の手配も大変だ。私たち4名が優先的に宿の部屋を確保し、部隊の兵士たちはほとんどの場合、馬車の中やその周囲で眠ることになる。またそうでなければ不用心だよね。荷の治癒魔道具を盗まれちゃうと大変だ。不寝番を立てて交代で睡眠をとるのが一般的なやり方だね。
私たちはアレンとリオン君、ルーシーちゃんと私に分かれて二部屋を確保できたので良かったよ。
部隊長のカイルさんが片言のアメリーゴ語で宿の主人と交渉してたけど、私は口を出さなかった。目立ちたくないし。
夕食については宿屋の食堂に注文するけど、兵士たちが食べるのは馬車のそばになるね。でも私たち4人は1階の食堂でゆっくりと食事できたよ。ありがたい。
ちなみに食事の注文については、アレンがメニューを見ながら身振り手振りで行った。あくまでもアメリーゴ語、分っかりませーんって感じだ。
私たちが食事をしながら母国語(グレンテイン語)で会話していると、隣の席に座っていた男性4人組が不穏な会話を始めた(もちろんアメリーゴ語で)。
『おい、隣の席のやつら見てみろよ。めちゃくちゃ美人が二人にイケメンが二人だぞ。外国人観光客みたいだからちょっとからかってやるか』
『よせよ。我が国の品位を落とすようなまねをするんじゃない』
『いいじゃねえか。イケメンをぼこぼこにするか脅すかして、あわよくば美女二人をお持ち帰りできるかもしれんぞ』
『俺もその意見に賛成だ。身なりからして貴族か裕福な商家の跡取りって感じだろ?俺たち貧乏人には革命の権利がある』
ふむ、悪人3名に善人1名か。さて、どうするかな?
まずは情報の共有が必要だね。
私は隣の席の男たちの会話内容を3人(アレン、ルーシーちゃん、リオン君)に翻訳して聞かせてあげた。
最初に怒気を抑えるように言っておいたので、態度は変わっていないものの目がめちゃ怖い感じになっている。怒ってるなぁ。
悪人3名の内の一人(悪人1号)が席を立ってよろけたふりをしてアレンの頭を叩こうとした。こちらを怒らせてから返り討ちにしようとする作戦かな?
しかし、その手は空振りして、その勢いで男はすっ転んだ。だせえ。
アレンが片言のアメリーゴ語で男に言った。
『大丈夫、ですか?』
立ち上がった男は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていきなり怒り出した。いや勝手に転んで勝手に怒るって。
『てめえ、よくもやりやがったな。表に出ろ!』
『言葉、よく、聞き取れません。ゆっくり、お願い、します』
アレンの片言のアメリーゴ語は私から見てもあおっているとしか思えないよ。思わず噴き出してしまいそうになるのを抑えるのに苦労した。
もう一人の悪人(悪人2号)が私とルーシーちゃんを人質にしようと手を伸ばすのをリオン君の短槍が叩き落した。
『ぐぉ!痛ぇ、骨が折れたかもしれねえ。賠償金を請求するぜ』
私以外の3人はアメリーゴ語がよく聞き取れないので、こいつのセリフが理解できたのは私だけだ。やくざの手口だね。
最後の悪人(悪人3号)が店主に官憲を呼ぶように大声で要求している。
4人組の中のただ一人の善人(善人1号)は怒り狂っている悪人1号を押さえつけてくれている。うむ、良い人だ。
しばらくすると通報によって呼ばれた巡視員さん(警察官みたいなもの)が二人現れたので、私たちのほうをちらちら見ながら悪人2号と3号が巡視員さんに対して話し始めた。当然、暴力を振るわれただの何だの自分たちに都合の良い話をしているね。
善人1号は悪人1号を拘束したままだ。暴れる悪人1号に手一杯になっているため、巡視員さんへの弁明を行う暇がない。
巡視員さんの一人が私たちに言った。
『君たちは外国人かね?』
私が代表して答えよう。
『はい、グレンテイン王国の者です。このたび国王陛下の特命によりガルム帝国との国境にある砦へ赴く途中です。この3人は私たちに因縁をつけようとしたチンピラですね』
『てめえ、チンピラとはなんだ。こいつが俺の手をぶっ叩きやがったんだぞ』
『それは急迫不正の侵害に対し已むことを得ざるに出でたる行為として行ったまでですよ』
『何を訳の分からないことを言ってやがる』
不気味そうに私を見る悪人2号だったが、巡視員さんが説明してくれた。
『この方は正当防衛を主張しているということだ。周囲にいた目撃者の証言からもそれは明らかだな』
『あ、それから私の後ろであなた方がしゃべっていた会話も全て聞こえていましたからね。アメリーゴ語が分からないと思っていたのでしょうけど』
この私の言葉を聞いた悪人1号、2号、3号は唖然としたあと、ばつが悪そうに俯いた。
『念のため、この件は貴国の大統領府にも報告させていただきます。これは私がその権限を持つことを証明する書類です』
陛下から渡された書類には、陛下の命令書のほかにアメリーゴ共和国の大統領からの書簡も含まれていた。共和国内で私たちへの便宜を図るよう全ての行政機関に指示する内容が記載されているので、言うなれば共和国での外交官特権を持っているようなものかな。その大統領からの書簡を提示したわけだ。
それを見た巡視員さんは真っ青になって、悪人3人を後ろ手に縛りあげ拘束した。
『おまえら、この方々に因縁を付けるとは馬鹿なことをやったもんだな。大統領の書簡をお持ちの方々だぞ。外交問題になった以上、おまえらはもう終わりだ』
『あ、ついでに言っておきますと、私は国境砦に常駐している王国の3個師団を引き揚げさせるように我が国の陛下に進言することもできます。もしもそうなった場合、ガルム帝国が首都ヨークに向けて進軍することになるでしょうね』
食堂にいた全員が私たちの会話に聞き耳を立てていたわけだけど、私のこの発言を聞いてほぼ全員の顔色が青くなった。一番騒いでいた悪人1号の顔も真っ青を通り越して白くなっている。
「マリア様、この騒ぎはどうしたことでしょうか?」
カイルさんが食堂に入ってきて事情を尋ねてきたので、今の事件を説明してあげた。アレンやルーシーちゃん、リオン君にも会話内容を聞かせたかったのでちょうど良かった。ずっとアメリーゴ語で会話してたからね。
私の話を聞いて激怒したカイルさんが片言のアメリーゴ語で食堂内の全員に向かって吠えた。
『この方、我が国の王様直筆の紙、持ってる。お前たち、王国に喧嘩、売った。俺たちの部隊、20人が相手、する。覚悟しろ』
腰の剣を今にも抜きそうだ。
巡視員さんが悪人たちの頭を押さえつけて土下座させた。さらに自分たちも土下座したよ。で、それを見た食堂にいたその他の客も全員土下座した。
うーむ、ここまでやるつもりは無かったよ。まさに水戸黄門のラスト付近のシーンだね。
同じように土下座していた善人1号さんが代表で懇願してきた。
『こいつら3人には必ず王国の皆様方の納得するような制裁を加えますので、何卒穏便に事を納めていただけますようお願い申し上げます』
ふむ、まぁこのくらいにしておくか。
『分かりました。それではあなたの働きに免じて許しましょう。大統領府には報告せず私の胸に収めておきます。ただし、その3人にはしっかりと教育するように』
これにて一件落着。
なんか私の性格の悪さが浮き彫りになるようなイベントだったな。いや、ムカついたから権力を笠に着て脅しただけだよ。って十分、性格悪いわ。