145 襲撃
簡易トーチカをアイテムボックスに入れたあと、丘を降りて三輪自動車を駐車しているところへ戻る。はぁ疲れたよ。
三輪自動車に乗り込もうとしたとき、ヒュッという風切り音が聞こえた。
…と同時にアレンが私に覆いかぶさってきた。何?何が起こったの?
アレンの腹から矢が突き出ている。背中から刺さって腹へ貫通しているようだ。
「ま、マリアさん、よ、良かった…」
口から血を吐きながらアレンがつぶやいた。内臓が傷ついているに違いない。
「敵襲!それと衛生兵をここへ!」
ルーシーちゃんが叫んだ。すぐに周りの兵士たちが矢を放った襲撃者を捕縛した。見覚えのない男だ。
衛生兵がやってきてアレンの容態を確認するが、すぐに死ぬわけではないものの危険な状態らしい。
三輪自動車で屋敷へ戻る際、ルーシーちゃんが運転してくれた。私は気が動転しておろおろするばかりだ。
荷台にアレンを寝かせ、その周りに私と衛生兵の人を乗せた三輪自動車は最高速度で屋敷へ戻る。
屋敷に到着すると私はセバスティアンさんを大声で呼んで、すぐに医者を手配するように命令した。
矢は貫通しているため、矢じりの部分を切り離し、背中側から慎重に抜いた。
アレンはベッドに寝かされて医者からの手当てを受けているものの、意識は朦朧としているようだ。
「矢が重要な器官を傷つけています。おそらく今夜が峠でしょう」
は?そんな…。アレンが死ぬっていうの?
さっきの矢は私を狙って放たれたものだ。死ぬのは私だったはず。それをアレンが…。
呆然とたたずむ私を周りの人が痛ましそうに見ていることにも気付かず、私の頭の中にはアレンとの思い出が走馬灯のようによぎっていく。
5歳で初めて会ったこと。それからは頻繁に会って魔法の練習を一緒にしたこと。高等学院での思い出。
いつの間にか私の両目からは涙があふれ出ていた。ああ、私はアレンが好きなのだ。自分の気持ちをはっきりと意識した。死なせたくない。
なぜこの世界には治癒魔法が無いの?治癒魔法さえあれば治せるのに…。
突然、管理者との会話が頭の中によみがえった。魔法で何でもできるかという私の問い掛けに管理者はなんて答えた?『そうだよ』って言わなかったか?
肉体に直接影響を及ぼす魔法は使えない…その常識の例外は無いのか?
タイムストップは人間そのものに作用するのではなく、『場』の時間を止めることで間接的に対象者の時間も止める。
治癒の『場』を形成することで、間接的に対象者を治癒させることはできないか?例えば温泉の治癒効果のように。
メイドに紙を持ってこさせた私は、アレンが眠るベッドの横にある机で魔法陣を描き始めた。
いきなり落書きを始めた私を周りの人たちが不審そうに見ているようだがそんなのは無視だ。時間がない。
描いては消し、紙をくしゃくしゃに丸めては投げ捨て、何枚目かでやっと納得のいくものが描けた。もうすっかり夜になっている。
全員、食事も取らずにアレンの容態を見ているが、私だけは関係ないことをしている(ように見えているだろう)。
魔法陣を記憶し、発動する準備を完了させた。一発勝負だ。さらに容態が悪化する可能性もある。しかし、何もしなければアレンを失う。そんなこと、私の精神が耐えられない。
私はアレンにかけられていた毛布をめくり、包帯の巻かれた腹部を露出させた。医者がぎょっとした顔で私を見たが特に何も言わなかった。あまりにも真剣な顔をしていたからだろう。
右手をアレンの腹部にかざした私は魔法を発動させた。起動した感触はあったが、はたして治癒の『場』が形成できたのかどうかはよく分からない。
10秒間発動して、いったん終了する。
医者に包帯をはずして患部を見せてくれるように頼んだ。
難色を示しながらも私の指示通り包帯をはずした医者は、患部を見た瞬間、目を見張った。
元々の傷の状態を見ていないので私には分からないけど、医者の反応を見る限り何らかの変化があったようだ。
荒かったアレンの息遣いも心なしか穏やかになっているような気もする。
「先生、けがの状態はどうなっていますか?」
「内臓に回復の兆しが見受けられます。矢で開いた穴も塞がりかけてますね。信じられません」
それだけ聞けば十分だ。
もう一度、右手を患部にかざした私は魔法を発動させる。
今度は30秒間発動させた。包帯をはずしているので傷の状態が変化する過程が見える。その場にいた全員が息をのんだ。
完全に塞がった傷を確認した医者は、触診や聴診で内臓の状態を確認する。
「どうやら完全に治癒したようです。目の前で見たのに信じられません」
顔色の良くなったアレンが目を覚ました。
「マリアさん、おはよう。ここはどこかな?僕はなぜ寝てたんだろう?」
「アレン!」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔を見られないように、アレンに抱きつきその胸に顔を押し付けた。
ルーシーちゃんも泣いている。
嬉しさと感動の暖かい涙だった。