144 グラハム・フォン・グランドール辺境伯の回想②
我々がシュトレーゼン領に入った翌日、ブレーン川の対岸に帝国軍が姿を現した。
シュトレーゼン領の代官セバスティアン殿の采配で橋の破壊準備は整っているのでとりあえずは安心だ。
続々と現れる大兵力を見つつ、橋破壊のタイミングを計る。敵の先鋒が橋付近にかかるくらいのタイミングで、兵士に命じて橋を落とした。もったいないことだが必要なことだ。
最初は川を挟んで魔法戦を仕掛けるつもりだろう。部隊を展開し始めたのを見て、拡声の魔道具を手に取った。
「帝国軍に告ぐ。速やかに我が軍に降伏したまえ。この勧告を受け入れない場合の貴軍の損害については補償できない。これは人道的見地からの降伏勧告である」
俺がしゃべったあと、帝国軍から笑いが巻き起こった。せっかく降伏を勧めているのに失礼なやつらだ。
「王国軍に告ぐ。それはこちらのセリフだ。降伏するなら受け入れるし、捕虜としての待遇を約束しよう。速やかに降伏したほうがお互いのためだと心より忠告するものである」
帝国軍からも同じように拡声の魔道具で返答があったが、降伏するつもりはないようだ。まぁ当然だな。
仕方ない。攻撃開始の合図として俺は上にあげた手を振り下ろした。
マリア嬢たちが魔法攻撃を開始したのだろう。対岸から5回『爆発』が発生し、兵士たちが吹き飛んでいく。もはや統制も何もない。混乱の極みだ。
ここでもう一度、降伏勧告を行うが、何の反応もない。
そこで攻撃開始を宣言したところ帝国軍から返答があったが、降伏の意思を示すものではなかったため攻撃続行を宣言した。
さらに10回の『爆発』が後方、左翼、右翼とまんべんなく発生し、打ち合わせ通りそこで止まった。
『爆発』が止まってほどなく後方の司令部から白旗が上がった。あまりにも一方的な戦いだった。いや『戦い』ではないな。『作業』か?
白旗を掲げた軍使がこちらに向かっている間、おまけのように1回『爆発』が敵の後方で発生したようだが、これは逃げようとする敵を牽制するものだろう。
「我々は罠にかかったのでしょうか?」
敵の軍使の言葉だが、最初は何を言っているのか分からなかった。
どうやら敵は魔法による攻撃だとは思っていないらしい。あまりにも高速であるため肉眼では見えない攻撃だ。しかも異常な射程距離とくれば攻撃魔法としての常識を逸脱している。
地面に埋設した魔道具による攻撃だと思い、先の発言になったようだ。都合が良いのでそう思わせておこう。
戦後処理としてまずは仮設橋の建設を帝国軍に命令した。5時間ほどで馬車は無理だが人なら十分に渡れる仮設橋が完成した。
その橋を通って王国軍を対岸に移動させて帝国兵の捕縛を行う。帝国軍に命じてすでに武器と防具は数か所に積み上げさせているので、危険度は低いが油断はできない。
神経をすり減らす作業ではあるが、実際の戦闘よりはずっとましだ。
あとはこの捕虜たちを帝国に帰すまで喰わせてやらなければならない。帝国軍が持ってきた補給物資を接収したものの、捕虜状態の期間によっては足らなくなるだろう。まったく頭の痛いことだ。ほかにも負傷者の手当てや収容施設など、考えなければならないことは多い。
早急に戦後処理のできる文官を派遣してくれるよう、王宮参謀部へ要請しよう。