141 降伏
撤退戦は難しい。下手したら総崩れになりがちだからね。
でも辺境伯様はこの撤退作戦をやりきった。なお、辺境伯様はお父様の友人で陛下とも懇意なのだそうだ。
一糸乱れぬ部隊運用でほとんどの兵力をシュトレーゼン領に撤退させた手腕は見事というほかない。
また、辺境伯領の住民にも被害は出ていない。もちろん家や財産を放棄させたわけだから経済的な被害はあるけど、人的被害は一切ない。
ここまでは理想の展開で進んでいるね。
あと、焦土戦術が辺境伯様から提案されたらしいけど、それを聞いた私はやめるように進言した。
井戸などに毒を投げ込んだり、食物を全て焼き払ったりする戦術ね。
敵の補給に負担をかけることができるけど、どうせ戦略級魔法で殲滅するんだから無駄なことだ。
そうして準備完了から二週間後、ついに8万人の大部隊が川の対岸に姿を現した。
あらかじめ切れ込みを入れておいた橋の支柱部分をロープで引っ張って崩壊させる。帝国軍は目の前で橋が崩れ去ったのを見たわけだが、予想通りだったのか動揺は見られない。
おそらく渡河資材は準備してきたのだろう。舟艇や仮設橋建設資材などだね。
川のこちら側に布陣する辺境伯軍1個旅団と王都からの援軍1個師団。定員は充足していないけど、それでも1万人以上の大部隊だ。
敵もそれを無視して渡河するわけにもいかず、最初に魔法攻撃や弓矢による攻撃をかけてくるだろう。
そうした遠距離攻撃部隊が対岸に集結した段階で、辺境伯様が拡声の魔道具を使って帝国軍に降伏勧告を行った。戦力比を考えると逆だけどね。
「帝国軍に告ぐ。速やかに我が軍に降伏したまえ。この勧告を受け入れない場合の貴軍の損害については補償できない。これは人道的見地からの降伏勧告である」
対岸は大爆笑だよ。そりゃ退却に次ぐ退却でひたすら逃げ続けた部隊から降伏を勧告されるとは思わなかっただろうからね。
敵軍からも拡声の魔道具で返答があった。わざわざ返事してくれるとは律儀だな。
「王国軍に告ぐ。それはこちらのセリフだ。降伏するなら受け入れるし、捕虜としての待遇を約束しよう。速やかに降伏したほうがお互いのためだと心より忠告するものである」
「では仕方ない。降伏の意思なきものと認め、攻撃を開始する。ただし、降伏したくなったらいつでも白旗を掲げてくれ」
辺境伯様の手が上から下へ振り下ろされた。攻撃開始の合図だ。
トーチカの中ではすでにアレン、ルーシーちゃん、私の3人が輪になってストーンキャノンの発動準備態勢に入っている。
のぞき窓から見える対岸の部隊の少し後ろのほうに向けて、私がストーンキャノンを発動して50ミリ砲弾を撃ち出した。
砲弾の直撃した兵士がその場に倒れこむ。次の瞬間、その場で大爆発が発生、周囲の人間が爆圧でさらに吹き飛んだ。
むー、人間相手に初めて撃ったけど、かなりえぐいな。100人くらいは倒れているだろうか?
さらに続けて広範囲に数発を撃ち出していく。
5回発動したけど、帝国軍の状況は大混乱状態だ。何が起こっているのか把握できないのだろう。一部は後方へ向かって走り出し、味方とぶつかって渋滞を起こしている。一部は川へ飛び込んで対岸へ泳ごうとするけど鎧の重みでそのまま水の中へ沈んでいく。転んで倒れたあと味方に踏み潰されるものもいるようだ。
いったん攻撃を中止する。これは辺境伯様との打ち合わせ通りだ。
「帝国軍に告ぐ。降伏するかね?降伏の意思を示す場合は白旗を掲げた軍使をこちらへ派遣するように」
帝国軍からの返答はない。
「仕方ない。攻撃を継続する」
それを聞いた帝国軍の兵士たちの顔が絶望に染まる。
「待て!待ってくれ!少し事態を把握するための時間をもらえないだろうか?」
帝国軍は馬鹿なのか?立ち直る時間を敵に与えるわけないだろうに。
「攻撃を継続する」
辺境伯様は無慈悲に宣告した。
今度はアレンが5発のストーンキャノンを撃ち出した。私のときとは違って、大部隊の後方を狙っている。
敵は最前線だけでなく、後方の司令部までが攻撃対象であることに慌てていることだろう。遠くて見えないけど。
さらに次はルーシーちゃんが5発を左右に散らす感じで撃ち出した。安全地帯が存在しないことを分からせるためだ。
まだまだ魔力量には余裕があるけど、これ以上は単なる虐殺だね。
ここでまた攻撃を中止する。
そしてついに後方の司令部らしき個所から白旗が上がった。賢明な判断だね。
急ぎ足で白旗を掲げた軍使が川のそばまでやってきて、渡河作戦用の舟艇に乗り込みこちら側へと渡ってきた。
後方へ逃げ出そうとする部隊を見つけたので、そこへ1発撃ちこむと連鎖的に逃げようとしていた兵士たちはその場に固まった。逃がさないよ。