124 湖で船遊び
もう秋口に差し掛かるかという季節、あと半年で学院を卒業だ。
夏休みはほぼ毎日、学院の授業が始まってからも暇を見つけてはうちに通ってくるアレンとルーシーちゃん。もうすっかりうちの工房の幹部です。もちろん給料も支払ってるよ。本人たちは固辞したけど、私が無理やり受け取らせている。仕事の対価だからね。
「マリアさん、この前なんか面白いことをしたらしいね?僕も誘ってほしかったな」
「マリアちゃん、私も誘ってほしかったですわ」
ん?面白いこと?あぁ、多分だけど、湖でやった船外機の検証のことかな?
そう言えばアレンの家も三輪自動車を注文して割と早く手に入れたらしい。忖度による順番飛ばしがあったのかどうかは定かではない。リヴァスト侯爵家だからありそうだ。
ルーシーちゃんのところは、さすがに3000万という金額に対してすぐには手が出なかったみたいで、悔しがっていた。製造元がうちだったら贈呈するんだけどね。
「船外機という魔道具を手漕ぎボートに取り付けて、湖の上を走らせたんだよ。高速で走る船は爽快で楽しかったよ」
「くっ、それは面白そうだね。誘ってほしかったな。いや、だったら今度の休みの日にでも、その魔道具を持って湖に行こう」
「私も、私も行きたいですわ。ペリーヌやブレンダも誘って行きませんこと?」
「うーん、そうだね。だったらお兄様やロザリーちゃんも誘ってみようか?全員で7人だから三輪自動車2台に分乗すれば良いね」
うちに三輪自動車は2台あるけど、1台は後部座席が無いんだよな。リヴァスト家のやつを借りるか。
あと、船外機の試作品をあと2台くらい作ってもらわないとな。
すぐにクラレンスさんに相談して船外機の増加試作機を2台作ってもらった。前回の試作機の改良版だ。船への取り付け方法を工夫して、誰でも素早く取り付けられるようにしたらしい。
あ、もちろんその分の臨時報酬も払ってるよ。いわゆるボーナスだね。
外観は鉄製なので錆止めとしての塗料を塗ってるんだけど、1台は赤、もう一台は青にしてもらった。
休みの日の早朝、うちの屋敷前に集合した皆(お兄様、ペリーヌお義姉さま、アレン、ルーシーちゃん、ロザリーちゃん、ブレンダ、私の7人)。お兄様とアレンの二人で2台の船外機を1台の三輪自動車に積み込み、8時くらいに屋敷を出発する。
2台の三輪自動車に分乗して行くんだけど、1台はアレンが乗ってきたリヴァスト家のものだ。こちらに船外機2台を積んでいる。
リヴァスト家の三輪自動車はアレンが運転し、同乗するのは私とブレンダ。うちの三輪自動車を運転するのはお兄様で、同乗するのはペリーヌお義姉さま、ルーシーちゃん、ロザリーちゃんだ。
湖までの道のりは30分程度なので、特に問題もなく到着した。
気の早い屋台の店主が店を組み立て始めている。稼ぎ時はお昼なので、まだ屋台の数は少ない。
駐車場から歩いて貸しボート屋にやってきた私たちだけど、船外機の1台はお兄様とペリーヌお義姉さまの2人で運び、もう一台はアレンとブレンダ、私の3人で運んでいる。ルーシーちゃんとロザリーちゃんは深窓のご令嬢だからね。あれ?私は?
「おはようございまーす。おじさん、いますかー?」
気安く私が店の奥に声をかけると、相変わらず眠そうな店主さんがのそのそ出てきた。
「おう、おはよう。おっとお嬢ちゃんじゃないか。いきなり目が覚めたぜ」
「お久しぶりです、おじさん。今日もボートを二艘貸してください。あと、船外機を取り付けても良いでしょうか?」
「はは、良いぞ、もちろん。俺も乗せてくれるよな」
「もちろんですよ。ボートのお客さんが多くなる昼前までですが、よろしくお願いします」
私たちのほとんどが貴族だってことは、この様子だとばれてないみたいだね。
「しかし、今日はまた結構な大所帯だな」
「ふふ、基礎的な検証実験は前回終わったので、今日はさらなる改良版の検証なんですよ。まぁ、ほとんど遊びみたいなものなんですけどね」
雑談しながらもボートへの取り付けを進めていく。
「それでは注意点ですが、まずかなりのスピードが出ます。他の船とぶつからないように注意してください。それにスピードを出して急旋回すると転覆するおそれがあります。あとは操作しながら慣れていくと思いますので、安全に配慮して楽しみましょう」
私の発言のあと、すぐにお兄様がペリーヌお義姉さまの手を引いて一艘のボートに乗り込んだ。…って素早いな、お兄様。
「じゃあ、まずはおじさんに乗ってもらいましょう。私が同乗しますよ」
貸しボート屋の店主さんと私がもう一艘に乗り込んで湖へ走り出していく。
お兄様のほうもすぐに走り出したので、操作方法に問題は無いみたいだね。
おじさんが操縦しているので私は周囲を見渡す余裕がある。
なぜか少し離れたところでお兄様のボートが停止している。ん?まさかトラブル?よく見ると操縦をペリーヌお義姉さまと交代すべく、二人の座る位置をかわっているみたい。危ないなぁ。まぁ二人の運動神経なら大丈夫か。
しばらくして、ほぼ同時に桟橋に戻ってきた二艘のボート。桟橋への接岸もうまいな。前回も思ったんだけど、接岸するのって割と難しいよね。
私の乗るボートを操縦していたおじさんは十分に堪能したようで嬉しそうだ。お兄様とペリーヌお義姉さまもニコニコしている。
「マリア、これはかなり面白いね。速度も操作性も二重丸だよ」
「私でも簡単に操縦できたわ。本当に楽しいものを作ったのね、マリア」
「お嬢ちゃん、また体験できて良かったよ。このあとは皆で楽しんでくれや。あとやっぱりこいつを売り出してくれよ。100万エントくらいなら買うからさ」
順にお兄様、ペリーヌお義姉さま、貸しボート屋の店主さんの感想ね。
船外機は普通の魔道具よりも外装部分が大きくてその分のコストもかかるけど、それでも製造原価は10万までいかないと思う。
売り出すなら30万から50万くらいかな?おっと、量産体制を支える人員(魔道具職人)がいないから無理だったね。
『買う』の言葉にお兄様の目が光ったのがちょっと怖いな。
このあとアレン、ルーシーちゃん、ロザリーちゃん、ブレンダも順に操縦者や同乗者としてボート遊びを堪能した。
アレンが操縦するときだけはどうしても私を一緒に乗せようとするんだけど、それを見るみんなの顔がニヤニヤしてるのがなんともはや。そういう関係じゃないよ。
とにかく今日は楽しく遊べたし、試作機としてのデータも取れた。なかなか良い休日だったな。