104 魔道具開発⑤
新しい魔道具を発表する前に量産体制を整えて、ある程度の数を作っておかなければならない。
問題は魔法陣をできるだけ秘密にしなければならないことだ。クラレンスさんが知ってるのは仕方ないけど、あまり知ってる人が増えるのはよろしくない。
量産における一番のネックは台座に魔法陣を描く(下描き)ことと、そこにミスリル液を付けること。
どちらも魔法陣を目にすることになる。
多くの職人を養成して、これらをまかせたいんだけど秘密保持を考えると難しい。
どうすれば良いかな?
私はお手上げだったんだけど、その解決策をクラレンスさん本人が考え出した。
まず厚みのある銅製の板を用意し、そこに魔法陣を彫刻刀で彫り込む。剥離剤を塗った後、溝部分にゆっくりとミスリル液を流し込み、固まりかけたときに台座を押し付ける。
これで台座にミスリル液がくっつくってわけだ。まぁ、要するに版画みたいな感じかな。
これでクラレンスさん一人で量産できるよ。魔法陣以外の部分はそこまで複雑じゃないから、生産台数はだいたい日産10台ってところかな。
月に20日労働で月産200台。なかなかの数だね。あ、一か月は30日なんだけど、ブラックな職場じゃないから実働20日間ね。
そろそろ製品の数も揃ったころ、販売ルートを開拓するために、お兄様がうちの出入り業者を屋敷に呼び出した。
魔道具店の店主さんだ。小さいころに無理を言って魔力計を特注させてもらった相手だね。
この店主さん自身は魔道具職人じゃなくて、複数の工房から仕入れて小売りしているだけらしい。
「シュミット様、お久しぶりでございます。今回はどういったご用件でしょうか」
「わざわざ来てもらってすみません。この魔道具をうちで作ったのでちょっと見てもらえますか」
ちなみに、この場には私とクラレンスさんも同席している。開発責任者と製造責任者だからね。お兄様が照明の魔道具の完成品を1台店主さんに手渡した。
「ほほう。照明の魔道具ですな。使ってみてもよろしいですか?」
「どうぞ。ここがスイッチで、こちらは光量調整のつまみになっています」
店主さんはスイッチを入れて、光量調整つまみを回して感心している。
「なるほど、これは良いですなぁ。光量を絞ると魔石の魔力消費も抑えられるのですか?」
「ええ、その通りです。ただ、最大光量でも連続稼働時間100時間は達成していますが」
店主さんが驚いているけど、実際に100時間点けっぱなしでテストしたから実測値だよ。
「これはぜひうちの店で取り扱いさせてください。仕入れ値として1台あたり60万エントでいかがでしょうか?うちはこれを小売りで80万エントで売り出したいと思いますので」
「ああ、いや1台あたり10万エントで出荷しますよ。できれば売値は20万エントくらいにしてもらって、一般庶民が買えるくらいにしていただければと考えています」
「いやいや、ご冗談を。既存の魔道具が1台50万エントなのに、より高性能なものが20万エントではマーケットが混乱します。価格破壊です」
うーん、そう言われるとつらいな。でも60万で出荷なんて暴利過ぎるよ。ぼったくりだよ。
お兄様と店主さんが価格交渉を行っているが、なかなか妥協点が見つからない。
普通は売主はできるだけ高く売りたい、買主はできるだけ安く買いたい…のはずなんだけど、この二人、お兄様はできるだけ安く売りたいし、店主さんはできるだけ高く買いたいという面白い状況になっている。どんな交渉だよ。
「うーん、この魔道具の開発者であるこちらのクラレンス氏が庶民向けに安く提供したいという意向なのですよ。どうです?クラレンスさんのご意見は?」
お兄様がクラレンスさんの意見を求める。なお、私の関与は秘密にすることに皆で決めたので、開発者も製作者もクラレンスさんということにしている。クラレンスさん本人は抵抗があったみたいだけど、私が押し切った。目立ちたくないんだよ。
「そうだな。俺の信念には反するが、市場を混乱させるのも本意じゃない。こちらから30万で出荷、小売りは60万ってところでどうだ?」
「そうですか。うーん、それでも性能からすると安すぎますけど、仕方ありませんね。利益率50%というのはうちの店としては取りすぎなんですが…」
できるだけ安く仕入れて、(製作者の意図に反して)勝手に高く売るってことをしない店主さん、商売人の鑑です。
なんとか、妥協点が見つかって良かった。でもこの価格ではやはり既存品の売り上げは落ちるだろうな。