廻る色
とある朝、この日もいつものようにギルドは賑わっていた。十脳がいるとはいえ、一般レベルにはそこまでの影響が出ていない。そのことからギルドへの依頼はさして減少の色を見せなかった。冒険者たちはクエストに勤んだり、酒を飲んで下品に語り合っている。
「ーーギルドに活気があるのはいいことですが、あまりに緊張感がないのもいかがなものなのでしょうね?」
受付のマルロはそんなギルドの様子を見ながらそっと呟いた。隣にいた同じく受付の者は、肘をつきながらその様子見ている。
「ま、いいんじゃないっすか?どうせ俺らにできることなんてないっすよ。まぁマルロさんは強いからアレだけど、俺なんて多分冒険者だったらDランクとかっすよ。んなもん気にしたって意味ないですって」
「……まぁ、そうですね。クエストをこなさなければ生きてもいけませんし、仕方ないのかもしれません。このまま何事もなく終われば一番いいんですがーーん?」
その時、ギルドの入り口からローブを着た緑色の髪をした男が現れる。皆は一斉に視線を向けるが、その後何事もなかったように会話を再開した。
「(黒のローブ?それにあの髪色……見たことがありませんね。新規の登録者でしょうか?)」
マルロが疑問の目を向けていると、その男は入り口付近でマルロのいる受付に語りかけた。
「なぁ、ギルドマスターって今いるか?いるんなら通して欲しいんだが」
にっこりといい笑顔でそう告げたその男。それにより、先ほどまで話し込んだり酒を飲んでいた冒険者たちが大笑いをしだした。
「……ははっ、はははっ!なんだあいつ?!いきなりマスターに会いたいだとよ!バカだろ!」
「田舎者なんだろ、聞き逃して……ふっ!……やれよ!」
「そうだぜお前らぁ、可哀想だろ!」
ローブの男はその様子に肩を落とし、ためいきを漏らす。
「はぁ……そんな言わなくてもいいだろ?もっと熱烈に歓迎してくれよーーん?」
ローブの男の前に、3人の冒険者が嘲笑を浮かべながら立ち尽くした。そしてそのうちの大柄の男が肩に手を置く。
「ここはお前みたいな田舎もんがくる場所じゃねぇよ!そうだな、20年くらいしたら来てもいいぜ!ははははっ!」
「そりゃいいな!でも20年もすりゃ、マスター死んじまってんじゃね?」
「それある!」
ゲラゲラと笑い声を上げる3人の冒険者。それに釣られるように周囲の者も笑い始めた。
「……今すぐその手を離してくれんなら、許してやってもいいぜ」
「はっ?お前何いってーー」
ーー瞬間、ローブの男に触れていた冒険者の体が凍りつき、そして崩れ去った。
「……え?」
「おいおい……こりゃなんの冗談……」
近くにいた2人の冒険者は、目の前で起きたことが理解できず、呆然と立ち尽くすしかなかった。それは周囲の者も同様で、先ほどまでアレほど騒がしかったギルドは閑散としている。
「ーーだからホムラがいったでしょう?今すぐ離せば許したと。それをしなかったコレが悪い」
コレ、と言いながら先ほどまで生きていた冒険者の男を指さすローブの男。マルロはこの男の言動に思わず声を漏らす。
「なんだ……あの人は……口調まで変わってーー」
「ーーああ、ワタクシ達のせいで、未来ある若者の命がまた一つ失われてしまった……どれもこれもこの若者が弱いせい……ああ、嘆かわしい嘆かわしい。ーー神よ、なぜコレほどまでに彼を弱く産んだのですか?可哀想です!今から死せる彼らは、何のために生まれたのでしょう?」
両手を広げ、天を仰ぐローブの男。また再び口調が変わっている。そしてその時、マルロは男の指先から滴る黒い水を見た。それと同時に、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「ーーッ!みなさんっ!防御をーー」
「あぁあぁ、水が如く流れに身を任せるワタクシには止められないーー忍冬ァ」
ローブの男の体から水で構成された蔓草のようなものが伸び、フラフラと体を回転させ、机、椅子、床、そしてーーそこにいた冒険者達までも切り裂いた。
「ぐぁ!」「ぎゃー!!」「やめろ!殺さないーーでわっ!」「嫌だ来るな来るな来るーー」
断末魔を上げながら死んでいく冒険者達。中には胴体を切られているものの死ねずにいる者もいた。
「回って死んで回って死んで、あぁ止まらない、命の終わりが止まらない!神よ、何故彼らは死ぬのですか?ーー弱いから?あぁあそうですかァ、強くなるため研鑽を重ねなかった罰だと……であれば仕方ありません、罰の流れに逆らわず、流されるまま三途を渡れぇ……!」
目に涙を浮かべながら笑顔で人を殺していくローブの男。マルロは受付の者を自身の魔法で守ったが、冒険者達は今の攻撃でほとんど死んでしまった。生きている者もどこかしら損傷しているか、完全に戦意を失っている。
「ーーああぁ神、コレほどまでに未来ある若者たちを殺したワタクシは死罪でしょうかァ?それとも弱すぎるという罪を犯した大罪人たちの処刑としていただけますか?いかかーー別にいいっしょそんなこと考えなくて!生き物はいつか死ぬんだ!それがたまたまミナモの手で死んだってだけさ!偶然!たまたまさ!」
「なっ……また性格が変わった……!(今まで性格が変わるごとに魔法の属性が変わっていた。ということはつまり……まさかまた魔法が変わるのか?)」
焦りから額に汗を滲ませるマルロ。背後にいる受付の者達はガクガクと体を震わせ怯えることしかできないでいる。とここで、ローブの男はマルロの方に頭を向けた。
「やぁ、オレの名はラン。よければギルドマスターの居場所教えちゃくれねえか?そうすれば……そうだな、殺さないでやるかもしれない。どうするかは、その時のオレの気分次第だ!ほらっ、助かる道を教えてやったんだから、さっさとそっちも教えろって!」
「……みなさん、このことをマスターに伝えてきてください。ここは、私が食い止めます!」
マルロは両腕を鉄に変化させ、上空に飛び上がる。そして、敵に向かい何度も撃ち放った。
「くらいなさいーー鉄の嵐!!」
1秒間に10発もの速度で放たれる攻撃に対し、ローブの男は目の前に風を展開する。
「早いな、S級か?」
「元、ですがね!墜鉄隕!!」
両手を合わせ叩きつけた一撃に、男は後方へと下がる。そしてうっすらと笑みを浮かべると、マルロよりもさらに高く上空へと飛び上がり、右手に風を集中させ、旋回し始めた。それは先ほど切りつけられた机などの木材を巻き込み、まるでブラックホールのように粉々に圧縮する。
「早くマスターに会いたいんでな!悪いがここで終幕にしてくれ!狂風・高嶺颪!!」
右手に集中させた高密度の風を、マルロに向かい叩きつけるように撃ち放つ。その一撃は鉄を削り、マルロの体を地面へと叩きつける。
「がはぁ!」
「あ……マルロさん!」
未だ震えからかその場で動けずにいる彼らを、男は薄気味悪い笑顔で捉える。
「そこ、動かないでくれよ!なんかお前らマスターの場所知ってるっぽいしな!超特急で殺すからちょっと待っててーー」
「ーー鉄拳・阿修羅ーー 鉄神の超砲撃弾!!」
「んあ?まだ動けたんーーヅァ?!」
土煙の中から飛び出したマルロは、背中を鉄に変え、その鉄を10本もの手に変換、そして一斉に殴りつけた。
「ーー君たち!早く行け!」
「マルロ……さん……!……くっ!はい!」
マルロの言葉を受け、ようやくマスターの元へと動き出した彼ら。それと同時に、拳が段々と凍てつき、12の手全てが吹き荒れる突風によって粉々に打ち砕かれた。
「ぐっ!……腕が……くそ」
「ーーランが油断した。以後、貴様には油断をしないことを誓おう。そして、カレが貴様を殺す。ーー光栄に思いなさい、罪人よ」
再び雰囲気が変わる。その瞬間、ギルド内で激しい爆発が起こった。
「ーー大丈夫かな、マルロさん」
「当たり前だろ?あの人は元Sランクだぞ!あんなのに分けるわけない!」
「で、でももしあいつが例の敵幹部だったら……ひっ!」
「何でもいい!今は早く、一刻も早くマスターの元へ!」
大急ぎでマスターの部屋へと向かう彼ら。そしてようやく部屋の前へと到着し、扉に手をかけた。
「マスター!敵がーー」
「ーー案内ご苦労、名もなきゴミどもよ」
「あ、いやーー」
声が聞こえた瞬間、そこにいた人間4名は、ほとんど声を発することすらできず、1人の男から放たれた氷山によってーー絶命した。
その氷は赤く染まり、ドアノブに取り残された片腕が凄惨さを増している。
「ここにギルドマスターが……さて、因縁を果たしにーー行ってみようか!!」
男は満面の笑みを浮かべながら扉に向かい、業火を放つ。燃え盛る一室で待ち構えるは1人の老人。
「久しぶりだな、ギルドマスター。いや、オレ自身は会ったことはない、かな?」
「……誰じゃい貴様。火遊びも大概にせんとーーお仕置きじゃぞい」