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音と血と③

「ああほんと、殺したいほど腹が立つぞ……!」


 口調が変わるほど怒りを露わにした音蛇(おとじゃ)。先ほどの攻撃で確実にダメージは入っているが、決定だとはいかなかったようだ。


「お主のその口調、久しく聞いておらんかった気がする。昔はそんな口調(じゃ)ったのお。なんでわざわざ変えたん蛇?」


「はぁ?そんなの決まってんだろ?華蛇(カダ)様のためよ!ワタシはあの方を支える者になりたい、あの方の言うことならなんでも聞きたい。そのために口調から何まで変えたのに……何で華蛇様が見ているのはいつも……いつもいつもお前なんだ!!」


 口内から血を吹き出すほどの怒りを蛇姫(だっき)に向ける音蛇。まさか積年の恨みをここで吐いているようだ。


「妾は……別に見られたなどおらん。その証拠にこうして裏切られて――


「あーもうほんと、そういう無自覚が一ッ番腹立つ。愛されてるくせにその愛を感じ取れないなんて、そんなものは罪よ、ワタシみたいな奴に対する当て付けよ。――ワタシは絶対に振り向いてもらう。その為に、そこのガキを喰って華蛇様に並ぶの。そうすれば、視界にくらい映るでしょう?」


 そういった音蛇の表情は、最後の一瞬怒りから悲しみに変化したように見えた。


 彼女の話はどこか同情を誘う。俺たちが悪いのではと一瞬思ってしまう。だが、思いはともかくやり方は絶対に間違っている。少なくともこの町を襲ったことは俺たちが容認できるものではない。


「蛇姫、気にするな、とは言わない。元同じ組織で、見た目から察するに多分同族なんだろ?やりづらいとは思う。だけど決断してくれ。そしてもし俺たちと一緒に戦うことを選ぶのなら……俺たちはお前を全力で味方する」


「はぁ、勝手に話進めないでくれよ蓮。――まぁでも、味方をするなら味方になる。当たり前のことだよね」


 ディアスの相変わらずのツンデレ発言には安心させられる。


「お主ら……ふっ、その答えは……すでに答えた蛇ろう?」


 そう言って蛇姫は、俺のが混ざった血を自身の目の前で浮かべた。するとディアスが少しため息をつき――


「……はぁ。そういうことなら仕方ないよね」


 ディアスは浮かべれた血溜まりの真上で自身の指の腹に爪を立て、真下の塊に混ぜ込んだ。


「ほら、かさぶた」


「あ、ああ」


 ディアスの血も混ぜ込んだ蛇姫は、背後からではほとんど見えなかったが、薄らと笑みを浮かべているように見えた。


「――ああほんと、あなたはいろんな人に助けてもらえて幸せもの()ぇ?妬ましいクソメス」


 蛇姫を睨みつけながら、音蛇はあることを考えていた。


「(何で脳無しのガキはあの時のワタシの攻撃を仲間に防御させた?魔法を吸収出来るのなら自分で防げばいい。何だったらワタシの攻撃を吸収しながら近づき、間近で音魔法をぶつける方が確実だったはず。それをしなかった理由は……まさか、魔法の吸収と排出は同時に出来ない?だとすればこれは相当な情報になる)」


 音蛇の脳裏に戦闘以外の選択肢が浮上した。それは逃亡。このまま戦い続けるより、今持っている情報を持って帰る方が役に立つのでは?と考えたのだ。


「いずれにしてももう少しは戦わないといけないか……チッ!永放音銃弾(ガトリングサーナ)!」


「任せろ!断絶されし国交(グラビティ・バレッド)


 音の銃弾を重力の壁で防ぐ。その間に俺は元々立てていた作戦を2人に伝えた。


「――てな訳だけど、その為には蛇姫、お前にあいつの注意を引き付けてもらう必要がある。頼めるか?」


「妾を誰蛇と思っとる?元とは言え敵の幹部蛇ぞ?」


「もしかしてそれお前なりの自虐ネタか?そういうのは笑い辛いから控えるように」


「難しいのぉ。蛇が……その頼みは簡単蛇よ。煽り散らせば良い」


「頼もしいな、よしディアス、奴の注意が逸れたら合図を送る。その時は頼むぜ」


「了解だ。…………引きつけ、頼むぞ」


「やっぱツンデレだなこいつ……んじゃあディアス、蛇姫、俺がこの壁を吸った瞬間から作戦開始だ!準備いいか?」


「「おう!」」


 息のあった返事。根拠らしい根拠はないが、作戦は成功する。そう確信した。


「――異類無礙(アクセプト)!」


 俺が魔法を発動した瞬間、見えない攻撃が俺の体を貫かんとしてきた。幸い魔法発動中なので貫通などはしないが、痛いものは痛い。


混血不切糸(ミキシムストラッド)!」


 蛇姫が持っていた俺たちの血で防御力壁を作りガードする。蛇姫と対面し、攻撃の手を止める音蛇。


「蛇姫……どいてくれるかしら?ワタシはお前も殺したいけど、その前に脳無しのガキに用があるの」


「悪いのぉ、妾で我慢せぇ」


「あまり調子に乗らないでくれない?殺したくなるじゃない――爆手喝砕(はくしゅかっさい)


 音の爆発を防ぎ、今度は蛇姫が攻撃に転じる。壁にしていた糸をほつれさせ、槍の形に変化させる。


血塊の槍ハスタム・サングイーズ。其方の柔な体、この槍であっさり貫いてやろうぞ」


 槍を片手に接近する蛇姫。迎え撃つ音蛇は地団駄を踏む。すると、蛇姫の足元がまるで地雷を踏んだかのように次々爆発していく。


「くっ!視界が最悪蛇の」


地音爆(グランドボム)、さすがにこれでやれるとは思ってないわよ。ワタシの狙いはこれ――」


 砂埃の中から槍を振り上げ現れた蛇姫。それに向かい、分かっていたかのように右手をかざす。


「やっぱり音、馬鹿正直に正面突破。そんなんじゃワタシには……勝てないぞ!――最不協和音ソニートス・フォルティシーマム!!」


 音蛇の狙いはこれだった。最初から地雷で勝てるとは思っていなかった彼女は、その爆発音を右手に集約し、飛び出してくるその瞬間に真正面から最強の一撃を与えるつもりだったのだ。


「(これで終わりだ……この技は音の奔流。飲み込まれれば肉体はおろか精神ごと破壊する。これで)――死ね!」


 放たれた音の一撃が蛇姫の体を突き破り、大きな風穴を空ける。そこには何も存在していなかったかのように綺麗な穴が空いた。


 ――が、勝利を確信したその瞬間、貫いたその体はドロドロに溶け始め、そして複数の薔薇のトゲのように変貌していく。そして自身の足元から声が聞こえる。


「看破されることくらい、看破しとるわ!食らえ、妾達3人の一撃蛇!――血脈の森林図(ジェネル・シルヴァム)薔薇庭園(ローズガーデン)!!」


 貫かれた体、そしてそれが持っていた槍が全て変化し、次々と分裂しながら音蛇の体を貫ぬき吹き飛ばす。


「ぐぁはっ!」


「さらに血を流したのぉ!流血の刃(ブラッド・ビッド)流血の刃(ブラッド・ビッド)!そして屍山血風(しざんけっぷう)!!」


 次々と追い討ちをかけていく蛇姫。音蛇は無音で転がっていく。


上血の(ブラッディ)――」


「もう偽物じゃないでしょ?!最不協和音ソニートス・フォルティシーマム!!」


 吹き飛ばされながら回収した音を右手に集約し、飛び出してきた蛇姫に向かい撃ち放った。今度は偽物ではない彼女は、咄嗟に左手に血を巻きつけ、体をその手で防いだ。しかしバキバキと骨を砕く音を立てながらその手は貫通してしまう。


 だがこの行動が功を奏し、体は吹き飛ばされるにとどまった。


「チッ!完全に貫くつもりだったのに!」


「ぐっ……(何とか防いだ。蛇がそれでも痛いのぉ。蛇がそれでも……妾の役割は煽り蛇ろ?)――何蛇これは?思ったったよりも大したこと無いのぉ。こんな弱くては、華蛇に相手されんでも無理はないわ!」


 そんな言葉に、音蛇はまんまと乗ってしまう。


「なんだと……?貴様!調子に乗るな!!」


 足元や空中で爆発が起こる。見えない攻撃に避けられる時もあれば直撃してしまう瞬間もある。


「ぐぬっ……はっ、散々馬鹿にしとる妾は1人倒せんのか?やはり所詮は名ばかりの右腕蛇のぉ!」


「貴様にだけは……クソ……クソが!!」


 爆発の威力はさらに増していき、まるで怒りと連動しているようだ。蛇姫も少しずつ反撃に転じるが、もはやデタラメな攻撃に付け入る隙が逆にない。


「最後には信じたものに裏切られ、絶望するのがオチ蛇ろうな!」


「それは貴様の話だろ!!」


「――ああ、全部妾の話蛇よ。蛇が、妾の視界はもう広い!盲信するだけのお前や昔の妾せではないの蛇!!」


「よく言った蛇姫!!」


 準備はOK。蛇姫は上手く注意を引きつけ、そして誘導してくれた――上空の血溜まりの上まで!


「ディアス!俺を上に飛ばせ!」


「痛いのは我慢しなよ!地伏し列をなす民衆達(レタ・グラビティ)!」


 ディアスは俺の背中に重力を放ち、大量の血が閉じ込めてある上空へと上昇した。そして音の鳥籠の真上に降り立ち、手を触れた。


「餞別だ蛇姫!1発でかいの……かましてやれ!異類無礙(アクセプト)!」


 血を囲っていた壁は取り払われ、大量の血が真下に流れ落ちた。まずいと判断した音蛇は自身の目の前に壁を張ろうとするが、もう遅い。


「(すまんなレン、ディアス。口ではまだ言えんが……感謝する)――紅き鮮血の奔流に呑まれよ!嘔心瀝血(おうしんれきけつ)!!」


 大量の血を細く圧縮し、それに旋回を加えた一撃が音の壁の間隙を抜い、その先を貫いた。


「ぐぶぁ!!(――馬鹿な……ワタシが……また……負けるのか?数で負け、勝負で負け、あの方からの愛でも負ける……ああ……なんて惨じめなことか)」


 放たれた血ごと後方に吹き飛び、けたたましい爆発音と共に崩れる地面。そしてその後少しして、アリアさん達と分かっていた音の壁が消滅した。それはつまり――


「お疲れさん、蛇姫」


「まぁ、よかったんじゃないか?」


「……ああ、そう蛇――」


 その時、後方から石をどかしたような音がした。それと同時に1人の影が一瞬で飛び出し、とてつもない速さで走り去っていく。


「んなっ!まさかあいつあれで倒せなかったのか!」


「くそっ!追うぞ!」


「……音蛇……」


 全身ボロボロで、すでに左半身がほとんどなくなってしまっているほどのダメージを負っている音蛇。彼女を動かすのはただ一点。華蛇への愛のみだ。


「せめて情報だけでも華蛇様に!惨めなら惨めで、惨めらしい戦いをしてやるわよ!!ははははっ!」


 普段出せないほどのスピードで、どこかネジが外れたように笑いながら走り去る音蛇。俺たちは休む暇もなくそれを追うことになった。

























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