温粘VSアリア・レヴィ①
アマルとカミラが十神経である硬竜と闘っている最中、同じく十神経である温粘にアリア、そしてレヴィが対していた。
「レヴィ、一緒に戦うのは久しぶりだな!ちゃんとついてこれる?」
アリアのその言葉に、レヴィは一歩足を踏み出した。
「こういう気持ちです!」
その様子を見ていた温粘は面倒臭そうに頭を掻く。
「――はぁ、ボクは頼まれたからついてきただけなのに、何であのアリアと戦わなきゃいけないんだろ?あっちのSランクの人の方が良かったなぁ、そしたら楽だったのに。羨ましいな硬竜」
「奴が負けるとは思わないのか?意外と信頼しているんだな」
「信頼?そんな溶けそうな暑苦しいこと言わないでよ。ボクはただ事実を述べてるだけさ、あいつがあんな人に負けるとは思えない。強いて言うなら油断しやすいからそこをつかれたら負けるだろうね」
淡々と語る温粘。まるで時間を稼いでいるように長い。
「悪いが、あいつを舐めない方がいい。あれでもSランクの中で最速でな、速さのみなら勝てるものはいない。それにあっちにはカミラもいる。あの子は意外と根性ある子だからね、もしかするかもよ」
「そうよ!あの人は知らないけどカミラは強い。力もそうだけど、何よりあの子、諦め悪いの。応用も効くしね。少なくとも簡単に勝てはしないわよ」
そんな2人のプッシュに、面倒臭そうにため息をつく温粘。
「はぁ、いいよもうどっちが強かろうと弱かろうと……硬竜が勝ってさえいれば――ね」
言葉尻とともに、アリア、そしてレヴィの背後から薄青い粘液が、まるで波が人を飲み込むように出現する。
「飲み込め――粘波襲覆」
2人を飲み込まんとする粘液、しかしアリアは分かっていたと言わんばかりに大きく口角を上げ、背後を振り返る。
「初撃は止められてしまったからな、お返しだ!―全てを裂く雷魔の鉤爪!」
巨大な雷で形作られた鉤爪が粘液を4等分する。それと同時に切り裂いた衝撃で発生した風が裂かれた粘液を彼方へと弾き飛ばす。
「レヴィ!今だよ!」
「はい!――地より裁く堕天使の光!」
レヴィは足元より高濃度の光を流し込み、温粘の真下より天に昇るかの如き一撃を撃ち放つ。
「あっ、やばい――粘壁」
自身の足元に粘液を排出し攻撃を防ごうと試みる温粘。しかしそのはるか早く断罪の光が襲い掛かった。
「ぐっ、早――ぐぶぁ!」
地より放たれた光が温粘を飲み込んだ。レヴィは用心のため、その影が消滅するまで永遠と流し続けた。そして1分後、ようやく光に映る黒い影は消滅したことにより、魔法を解除した。もうそこには何もいない。
「なんだ、意外と簡単に倒せたな。もしかして十脳が強いだけなのか?」
「ははっ、まぁあの不意打ちを看破してたアリアさんがいたから油断してくれたってだけだと思いますけどね。私1人だけだったら多分勝てないと思いますよ」
とその時、レヴィの足元に何やらひんやりとしたものが触れた。
「――ひぃっ!……えっ?何今の?どこから――」
足元を見る。するとそこには中心に不思議な赤い円形のものが混在している先ほどの粘液が転がっていた。
「これは――ッ!レヴィ逃げろ!!」
「えっ?」
アリアが気づいた時にはすでに遅い。足元に転がる粘液は一瞬にしてその形を人形へと変え、レヴィの体に抱きついた。
「なっ?!あんたなんで――」
「悪いね、キミなら行けると思ったよ」
抱きつく温粘の体が真っ赤に染まっていく。そしてその体は次第に熱を帯びていく。
「熱っつ!!くそっ、離れない……!」
初めのうちは人の形を保っていた温粘だったが、次第に全身を覆うように、薄く全身に張り付いた。
「だめだめ、逃さないよ」
「ッ!ア"あ"ッ!(痛い……熱い……苦しい……早く……剥がさないと……!)」
レヴィは掌に光を集中させ、自身を覆う粘液を吹き飛ばそうと技を放った。
「くっ……慈愛の……掌!」
無理やり両の手を開き、粘液を吹き飛ばした。四散したそれらは再びうねうねと移動し一つの塊へと変わっていく。
「あらら、意外と抜けられるもんだね」
体、頭、目、腕、耳、それぞれが次第に形成されていき、最終的には元の温粘の姿へと戻った。
「でもまぁ、そこのキミはもう戦えないかな?」
視線をレヴィに向ける温粘。アリアも眉間にシワを寄せながらその姿を視界に映す。体は全身が焼けており、特に最初から抱きつかれていた部分は赤を通り越し、黒く滲んでいた。
「……レヴィ、もう無理するな。こいつは私がやる。お前はゆっくり――」
「大丈夫です!いけます!!」
膝をつきながらも顔はずっと敵を見据えているレヴィ。その瞳からは闘志が消えていない。
「……分かった。ただ無理だけはするな、いいね?」
「はい、わかってます」
アリアはその覚悟に根負けし、参戦を認める。その後目の前の相手にある答えを求めた。
「おいお前、お前のその粘液は魔法か?いや違うな。一瞬見えた赤い円形、あれはコアだ。そして粘液に囲まれコアが破壊されない限り死なないモンスターがいる。お前――スライムだろ?」
――スライム。それは体が粘液で出来ており、体の中心にあるコアが破壊されない限り死ぬことはないモンスター。生命力はずば抜けているが、強さとしては全然だ。よく初心者冒険者の第一歩として討伐されることが多い。
「スラ……イム?いやでもあの時体の中心ごと技を食らっていたはずなのに……一体何で?」
「ああそれ?そんなの簡単だよ、あの時キミの倒したボクはボクが作った人形。人間になったボクは特別でね、体の粘液を自由自在に操ることができる。例えば、こんな風にね」
温粘は自身の右腕をちぎり、その腕を分裂させ自身の分身を3体作り出した。
「それに、こんなことも――」
「――御託はそこまでだ。消えろ――旋回する雷槍の一撃!」
アリアは語っている温粘を無視し、雷の弓を作り出し、旋回を加えた一撃を今語っている本体の中心向かって撃ち放った。
放たれた矢は作り出された人形体を無視し、本体の中心に突き刺さった。アリアはこれも中身がない人形という線も考えたが、先ほど人型に戻るときにコアがそいつに入っているのを確認している。その為躊躇なく攻撃をし、結果それによりその体は貫通する。
風穴が開き薄皮一枚で体の形が保たれているようなもの。温粘は後方へと倒れ込み、勝負は決した。はずである。本来であればこれで終わりだ。しかし奴は違った。
倒れた死体はなくなった部分を自身で補うように修復を始め、その風穴からはすでに足元が見えなくなっている。
ため息を吐きながら服に着いた汚れを払う温粘。確かに中心のコアを砕いたはずと確信していたアリアは、その常識外れのモンスターに困惑している。
「はぁ、だから教えてあげようとしたのに。ボクはコアの位置を自由自在に動かすことが出来るんだよ、だから定説としてよく言われてる体の中心にコアってのはことボクに限っては通用しない」
さらに続けて温粘は、今まで知り得なかったことを話した。
「ボク達獣人は、人間になる前に弱ければ弱いほど元のモンスターとしての性質が残る。その点ボクは弱くてね、同属にすらいじめられるほどだったよ」
この話を聞き、レヴィは1人納得する。昔相対した蛇姫の弟はモンスターとしての雰囲気が多く残っていたにも関わらず、その兄の華蛇はほとんど元の性質が残っていない。蛇姫より毒が少ないといっていたのも納得できる。
「それにしてもコアの位置を移動できるとは……まさかその人形たちも」
「そう、コアの囮。ボク、人形たち、もしくはこの空間のどこかにボクのコアは存在する。それを見つけない限り――ボクは不死身だよ」
そういった温粘の顔は、少し不気味な笑顔を浮かべていた。