じもかみ「神様にお願い」
「ていうかさ、昨日すごいお願い事来たよ。」「何々、どんなのよ。」
ここは地元のみぞ知る矢鳥神社の社務所内。年代物の炬燵には二人の少女が入っている。お下げ髪の少女が会話を続ける。「26歳会社員グリーンハイツ404号室のー「ちょっとちょっと個人情報すごいな」と、もうひとりの少女が遮った。こちらはセミロングに顔周りの一房ずつを赤いリボンで結んでいる。「今みんなすごいよ。神社でお願いするときは名前年齢職業住所まで言うと良いってテレビでやってたんだって。」「ふうん。」
「んでね、その男の人が片思いしてる同じ会社の後輩の子に振り向いて欲しいんだって。その子が彼女になりますようにって。」
「恋バナだー!どうなの?叶いそう?」「全然。彼女の方は彼氏いるし。あれは赤い糸出てるな〜」「なーんだ。今世絶対無理な奴じゃん。なにそれNTR?NTR属性なの?」とセミロングの少女はウンザリした顔をしたと思えば興味津々に目を輝かせた。「でも彼は恋人5年は居ないんだよー。」と、お下げ髪の少女が答える。「それで急にNTRるの?ハードル高くない?」「最近仲良くしてる女の子の友達も居ないしさー。新しく縁を増やすんだったら全然イケるのね」「そんな奴に?」セミロングの少女が眉間にしわを寄せる。「いや、スペック悪くないんだよね。」お下げ髪の少女は炬燵の上にあったみかんを手に取り真ん中から半分に割るとその半分をセミロングの少女に手渡した。受け取ったセミロングの少女が静かに目を閉じると風もないのに赤いリボンがフワリと揺れた。再び目を開けると「本当だ。仕事もプライペートも安定。寧ろ逆に狙われてる縁多くない?」と答えた。「そうなんだよ。逆にいっぱいあるの」お下げ髪の少女はみかんの筋を丁寧に取り除きながら「気になるのが、片思いにしてはオーラが濁ってるんだよね。どっちかっていうと勝祈願に近いっていうか」と呟く。「とすると他人の幸せが許せない感じ?」セミロングの少女はみかんの房を一つ取ると筋もとらずに口に放り込んだ。
「そっちかー。何十秒間じゃあんまりわかんなかったけど」
「どうすんの。」
「ていうか恋愛成就にしては添い遂げる気なさそうじゃない?」
「受け止める気無さそうー」とセミロングの少女は両手を広げると自らを抱きしめてみせる。「無いかー。」「無いでしょー。」「後ろから腕組んで睨みつけてるだけ。」「それじゃ手も握れないじゃん」
示し合わせたかのような沈黙のあと2人のため息が揃った。「一応、女の子が彼に興味持って一回だけ振り向く、かな。」とお下げ髪の少女は視線を宙に泳がせながら歯切れ悪く答えた。
セミロングの少女はコホンと咳払いをすると少し背筋を伸ばし「では、叶えますか?」と尋ねた。お下げ髪の少女は「仕事だし」と答えた。
「「せーのっ」」の掛け声で二人揃って柏手を打つと手から光が溢れ出し部屋中が色もわからなくなる程の輝きに満ちるとその光は静かに消えた。
「ふいー、完了〜」と、セミロングの少女が寝転がる。「じゃあ確かに願い事叶えましたーっと」お下げ髪の少女もみかんの筋取りを再開するとつるりと橙色一色になった一房を満足そうに眺め、口へと放り込んだ。
そう、彼女達は迷える地元民参拝者の願いを叶える地元信仰のローカル系神様。通称:「じもかみ」なのである。