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短編?

カカオが暴れるものですから

作者: 稲荷竜

 バレンタインが二ヶ月後にせまっているのでカカオ狩りが始まる。


 私はニット帽とマフラーとカカオ狩り用のナタとスリングショット、そしていざという時には自決するための拳銃を持って自転車を駆った。

 カカオがひんぱんに出没する隣県にたどりつけば、県境にはカカオ狩りを始める人たちがたくさん集まっていた。

 出遅れたらしい。イキのいいカカオを先行して入手したかったのだけれど、さすがにプロのカカオハンターたちにはかなわらない。


「今年のカカオは凶暴です! 必ず五人ひと組であたってください!」


 県職員の注意が響き渡る。上擦った声から察するに、たぶん、注意を守らずに逸ったせいで命を落とした人でもいるのだろう。

 私は冷静になって入れてもらえそうなグループを探した。

 するとベテラン臭をただよわせるマダム四人組に入れてもらえた。


「市販品は楽だけれど、自分で仕留めたカカオは香りが違うのよね」


 年季の入ったナタを器用に扱う主婦の言葉には、おだやかな迫力がある。

 私は今年が初めてのカカオ狩りだ。彼女らベテランに従うのがよさそうだ。


 ようやくカカオ狩りが始まると、県境に集まっていた人たちがいっせいに走り出した。

 みな、イキのいいカカオを狩ろうと必死なのだ。この県はほかにも蓮根やらメロンやら干し芋なんかも出没するので、県職員は大変だなと思う。


 私はママチャリをかっとばすマダムたちにマウンテンバイクで必死においすがりながら、車道横の深い森から今にもカカオが飛び出してくる恐怖におびえていた。


 チョコレート作りはこわい。カカオは、ラグビーボールほどの大きさで、鋼のように硬くて、そして時速二百キロで宙を舞う。

 私に狩れるだろうか。ただの高校生の私なんかに……時間がたつにつれ不安が大きくなって、私はいよいよカカオ狩りに来たことを後悔し始めていた。


「渡したい男の子がいるんでしょう? 彼氏?」


 マダムの一人が緊張をやわらげるためか、話しかけてくれる。


 私はなんだか恥ずかしくなってしまって、うつむきながらムニャムニャと言い訳めいたことをたくさん言った。言って、もううめくための言葉さえ思いつかなくなったころ、ようやくうなずいた。「はい」


 はいではない。

 彼氏ではないのだった。ぜんぜん、まだまだ、そこまでいたっていないのだった。むしろそこにいたるためのステップというか、きっかけというか、これがご縁でお付き合いなど始めさせていただけれっていうか……


 しどろもどろに語る。自転車を漕ぎ続ける足はパンパンで、全身が熱くなってきていて、そのくせ真冬の夜風は冷たく激しく、目を開けるのも困難なありさまだった。


「じゃあ、がんばろうね。あなたのカカオは、あなたがとるしかないんだから」


 マダムの一人に言われて、私はうなずく。


 そんな時だ。空から私めがけて弾丸のようなものが降ってきた!


 それは私をかすめて舗装された車道にめりこむ。

 なにがなんだかわからなかった。私は頬をかすめられたおどろきでブレーキを握ってしまい、止まりきれずに自転車を一回転させながら派手に転ぶ。

 びっくりするほど痛い。思わず体をささえた掌は擦り切れて、なにかがかすめた頬からは血が流れていた。


「カカオよ!」


 マダムが叫ぶ。

 そうか、あれが……私の見ている前で、カカオはゆったりと道路から浮き上がり、その凶悪な顔をこちらに向けた。


 マダムたちが四人でカカオを取り囲んで、ナタをふるう。


 しかしカカオはびゅんびゅん飛び回って、マダムたちの攻撃をかわしていく。


 私はおそろしくなった。あれがカカオ……

 コンビニで何気なく買う板チョコなんかも、あれが材料なのだ。そう考えるとたしかに栄養価が高そうだなと納得できた。


 マダムたちは時速二百キロで飛び回るカカオに翻弄されながらも、その体に次々とナタを突き立てていく。


 次第に弱ったカカオの速度が落ちてきて、マダムたちがいっせいにナタを振り下ろして、ついにそいつを地面に押し付けることに成功した。


「とどめを!」


 マダムたちに叫ばれて、私はハッとした。

 腰のケースからまだなにもあやめていないピカピカのナタを抜き、走り寄って、動きを縫い止められたカカオに思い切り振り下ろした。


「ガーナアアアア!」


 カカオの断末魔が響き渡り、それきりそいつは動かなくなった。


 私はたった一撃振り下ろしただけだというのに疲れ切ってしまって、その場にぺたんと尻餅をついた。


「やったわね。大物よ」

「おめでとう、あなたのカカオよ」


 マダムたちがゆずってくれる。

 私はわけもわからずカカオを受け取った。

 手渡されたカカオはずっしり重くて、まだ温かい。


「い、いいんですか?」

「若者の恋路は応援しなきゃね」


 マダムは魅惑的にウィンクをした。


 その時の嬉しさと達成感のおかげか、私はこの恋がきっと叶う気がした。


 白い息が真っ暗な冬空へのぼっていく。


 私はチョコレートの調理法と、それからホワイトデーのお返しのことを考えながら、自転車を漕いで家に帰った。

 カカオはずっしり重くって、カゴのあるママチャリにすればよかったと思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホワイトデーにも同じような闘争が起こってるに違いない……
[良い点] 何もかもぶっ飛んでやがる…
[一言] きっとカカオの本場、アフリカは魔境。 音速越えはたしなみ。
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