泥濘の海原
石翼を羽ばたいて、ガーゴイルは突進する。
人間のように錫杖を振りかぶり、先端に施された歪な装飾が風を纏いながら振るわれる。迫りくる一撃に、こちらも羽ばたいて回避し、錫杖が足元を過ぎていく。
突風のような風圧を浴びながら、形態をオチューからサラマンダーへと切り替える。
浴びた風で火炎を盛らせ、紅蓮の息吹をガーゴイルに見舞う。
「ロロロロロロロ」
ガーゴイルは全身が赤く熱され、表層が微かに溶け始めるほどの高温に晒された。
しかし、それでも動きは鈍らず、再び振り回された錫杖によって火炎は打ち払われてしまう。
「チッ」
炎翼を羽ばたいて熱風を散らし、三度振るわれた錫杖を回避し、ガーゴイルから距離を取る。
サラマンダーの火炎は、表層とはいえガーゴイルを溶かすことができた。だが、それを火傷にするには少なくとも数十秒、全力の火炎を浴びせなければならない。
戦闘の最中であることを考えれば、とても現実的とは言えない秒数だ。
劫火でも炙り殺すのには時間が掛かるだろう。それまでの間、ガーゴイルが微動だにせず、俺の魔力が持てば倒せるが、実現不可能なことは誰でもわかる。
「なら、次だ」
形態をサラマンダーからシーサーペントに変換。
水翼を羽ばたいて滞空し、水の魔力で弓矢を作る。
引き絞り、放つのは超高圧の水ブレス。かつてサラマンダーを貫いた一矢が、ガーゴイルに向かって馳せた。
「ロロロロロロロロ」
だが、今度は届きもしない。一矢は錫杖によって受け止められ――受け止め切られ、最後には弾かれてしまう。水の一矢は錫杖を浅く削るに終わり、その破損も地面から巻き上げられた砂で修復されてしまう。
「くっ、ガーゴイルどうこうよりも、まずは砂をどうにかしないとダメか」
いくら溶かしても、削っても、砂で再生されてしまう。
まずはこのガーゴイルに有利過ぎる舞台をどうにかしなくては。
「――耕太ッ! 二人を連れて通路に出てろ!」
振り回される錫杖を躱しながら、下にいる耕太に向けて叫ぶ。
それを受けた耕太は、返事をすることもなく二人を連れて通路へと向かう。
その姿が見えなくなるまでガーゴイルの攻撃をしのぎ、そして群青刀に氷の魔力を流し込んだ。
「絶氷!」
すらりと伸びた刀身に群青と白銀の二色が浮かぶ。
それより放たれるのは、水と冷気の二重螺旋。それが向かう先はガーゴイル――ではなく、真下にある地面だ。
砂の地面に水が満ち、冷気がすべてを凍てつかせる。砂丘は一瞬にして氷山となり、砂のすべてを絶氷の中に閉じ込めた。
「これで厄介な再生能力は封じられたはずだ」
魔力の消費が激しいが、これで戦況を覆せるなら安いものだ。
あとはじっくりと岩の肌を剥がしていけばいい。
「――ロロロロロロロロ」
砂の地面を封じられたガーゴイルは不気味な声を上げて大きく口を開く。
これまでの戦いで幾度となく見てきた予備動作。次に奴はブレスを撃ってくる。恐らくは砂か岩を含んだもの。触れた先から木っ端微塵に撃ち砕かれるような高威力のものに違いない。
それを理解し、直ぐさま上空へと飛翔した。下から上には狙いが付けづらいはずだと思ったからだ。
けれど、なぜだかガーゴイルは俺を追ってこない。
「なん、だ?」
視線を下げ、見ているのは凍てついた地面のほうだ。
毛ほどもこちらを気にしてはいない。
「――ブレスで地面を」
割ろうとしているのか? だが、無駄だ。
絶氷は砂漠のすべてを呑んで閉じ込めている。いくら割った所で砂は出てこない。粉々にしても一粒一粒まで絶氷にコーティングされている。
目論見は空振りに終わるはず。
そう確信して群青刀に魔力を込めて振りかぶる。
それと時を同じくして、ガーゴイルが凍てついた地面に向けてブレスを放った。
視界が真っ白になるほど熱い、水のブレスを。
「――なっ!?」
何も見えない。それゆえに何が起こったのかすぐには理解が出来なかった。
数秒か、十数秒か、時間が経って我に返り、すぐに形態をシーサーペントからヒポグリフに変換し、風翼の羽ばたきで視界の湯気を吹き飛ばした。
そうして露わになるのは、激しく波打つ泥の海だった。
「どう……して」
眼下のガーゴイルは泥の海を巻き上げ、それから砂と水を分離させていた。
まるで砂と水、相反する属性を完全に使いこなしているように。
「いったいなにが――そうか」
ガーゴイルの本来の用途は雨樋。雨を――水を排出すること。
その石の体に気を取られて気がつかなかったが、ガーゴイルは水の魔力を持っている。
だから凍てついた地面を溶かし、泥の海から水と砂を分離できるんだ。
「くそっ」
自分の力で敵を倒せるようにと、なるべく精霊に頼らないようにしていたのが仇になった。
まさか二属性の魔力を持っていたなんて。
「なら、もう一度――」
いや、ダメだ。いくら凍らせたところでまた溶かされる。
魔力の無駄だ。
「どうすれば……」
思考を巡らせる最中、疎かになった注意の隙間を縫って、地上から伸びた砂の一束が俺の片足を絡め取る。
「しまっ――」
気がついた時にはもう遅い。縄で締め付けられたかのような圧迫感と共に、空中から地上へと引きずり下ろされ、そのまま泥の海に叩き付けられる。
「がっ――」
凄まじい衝撃を叩き込まれ、意識が揺れる。そのまま泥に呑まれ、冷たいような熱いような酷く重い海底に連れ去られていく。
「どう……にか、して……脱出、しないとっ」
今にガーゴイルの追撃がくる。




