未開の水底
「無事に……変異できたか」
ジャックフロスト・スケルトン。
コボルト・スケルトンから更に変異を遂げた。
これで魔氷を操ることができる。
「試しに……」
魔力を操作して、足下から魔氷を迫り上げる。
自分の身長と同じくらいのものだ。
その表面は鏡のように光を反射し、姿見の役割を果たす。
「結構……太くなったな」
変異して骨格が屈強になった。
この太い骨がジャックフロストの剛力を支える要。
視線を魔氷から手元に移し、身体に魔力を纏わせてみる。
凍てつくような冷気の魔力が骨格を包み、ジャックフロストを象った。
「――ジャックフロスト・ボディを会得しました」
冷気の魔力。
これが剛力となり、魔氷となる。
「切り替えは……」
以前、コボルトの腕を吸収した際に、人間の骨に戻すことができた。
なら、ジャックフロストからコボルトに戻すことも可能かも知れない。
そう考えて実行に移してみる。
すると、やはりと言うべきか。
「おぉ……」
冷気の魔力は獣のそれとなり、コボルトを象る。
その逆も可能で、再びジャックフロストとなることもできた。
自分の意思で魔力を切り替えられるらしい。
必要に応じて使い分けることができるのは嬉しい誤算だ。
これで戦術の幅も広がる。
「また一歩、前進だな」
魔氷の鏡を眺めながら、自身の変異を実感する。
この調子でシーサーペントを倒し、サラマンダーに挑む。
そこで終わりではないが、いまはひたすらにそれだけを目指そう。
「――ん?」
決意を新たにしていると、魔氷の鏡に異物が映り込む。
煌めくなにか。
その飛来を察知して首を傾けた。
瞬間、側を掠めたそれが魔氷に突き刺さる。
鋭く尖った氷柱。
それは遅れて砕け散った。
「仲間がいたのか」
ゆっくりと振り返る。
視界に映るのは複数体のジャックフロスト。
仲間の危機に間に合わなかったみたいだ。
横たわる仲間の死体を見て、敵討ちをするつもりなんだろう。
悪いが、こちらも討たれる訳にはいかない。
「ちょうどいい」
右手に魔力を集め、白銀刀を構築する。
「試運転だ」
ジャックフロストたちへと斬り掛かった。
「グォオオオオオオオオオッ!」
咆吼。
それに伴い、ジャックフロストの魔氷が雪原から突き上がった。
枝分かれして天に伸びるそれは、まるで樹氷の森。
魔氷の木々で視野を奪いにきた。
見渡す限り魔氷だらけ。
それが邪魔でジャックフロストの動向が見えづらい。
「――そこかっ」
背後からの奇襲を読み取り、白銀刀を薙ぐ。
白銀の刀身は、突き放たれた拳を斬り裂いて胴体へといたる。
勢いは止まらず、そのまま心臓まで刃は届いてそれを両断した。
「次っ」
一体目を処理し終え、二体目の気配をたどって視線は動く。
その先で今まさに跳びかからんとする二体目を捕捉した。
ジャックフロストが地面を蹴ると同時に、俺は拳を地面に叩き付ける。
陥没する地面。舞い上がる雪の幕。
位置をズラし、視界を奪う。
雪の幕を越えて放たれる拳は、てんで見当違い。
無意味に居場所と隙を晒す。
それを見逃さず、赤に染まった白銀刀を急所に向けて突き放った。
研ぎ澄まされた鋒は、鍛え上げられた肉体を貫いて突き破る。
腹部から背中へと刀身は突き抜け、刀身に貼り付いた赤はより濃さを増す。
「グ……ォオオオオオオッ!」
しかし、ジャックフロストはただでは死なない。
自身の命が尽きる寸前に、ありったけの冷気の魔力を放出した。
先のジャックフロストも使っていた手。
魔氷による拘束。
間合いのすべてが魔氷で埋め立てられた。
だが、いまの俺にはもはや通用しない。
「そこだ」
貫いた胴体から刀身を引き抜くと同時に反転。
魔氷に侵入していた新たなジャックフロストを斬り捨てる。
魔氷の中で動けるのは、こちらも同じだ。
奇襲を返り討ちとし、魔氷を脱して次ぎに備える。
「行ける……わかるぞ」
剣術なんて習った憶えはない。
生前は竹刀すら握る機会がなかったほどだ。
けれど、いまの俺は白銀刀を十全に扱えている。
それは恐らく、俺の魂に流れ込んできた情報のせいだ。
数多の魔物の経験が統合され、武器の扱いが感覚的に理解できる。
なにをどうすれば敵を斬ることが叶うのか。
考えなくても身体が動き、考えて動けばその刃は命に届く。
次々にジャックフロストを斬り捨て、最後の一体の首を刎ねる。
「ふー……」
苦戦を強いられたジャックフロストも、変異してからは簡単に倒せた。
身体能力の上昇。潜在魔力の増加。魔氷の無効化。
そして、一番の功績は白銀刀だ。
扱い方を感覚的に理解できるため、戦闘力において以前の俺と一線を画している。
爪よりも鋭い刃が、強力な一撃となって敵を斬る。
早期決着を見込めるようになった。
「――これでよしっと」
倒したジャックフロストたちの骨格を一つ残らず吸収する。
そうするたびに潜在魔力が更に増加した。
最後の一体を吸収したところで丁度良く上限にいたる。
「――ジャックフロスト・スケルトンの上限値に達しました」
「意外と早かったな。けど、これでようやく次に行ける」
シーサーペント。
海の大蛇。
かの魔物を倒すために水没エリアへと向かった。
「――ここか?」
精霊の案内に従ってダンジョンを歩いていると、浸水した通路を発見する。
緩やかな坂道になっていて、水底は仄暗くてここからは見えない。
「ちょっと不気味だけど……いくか」
ゆっくりと坂道を下って水底を目指す。
頭の先までどっぷり浸かってみると、その水質の良さに気がつく。
仄暗くて視野は狭いが、濁りがなくて透き通っている。
生きていたなら飲めそうなくらいだ。
「……あれ?」
そうして水底を目指していると奇妙なことが起こる。
「明るい?」
地上から見た水底はあれほど仄暗いものだったのに。
いざ近づいてみると仄かに明るい。
明かりのほうへと向かってみると、発光物の正体に行き着く。
「珊瑚……か? これ」
珊瑚礁。
その群れが光っている。
「――誘魚珊瑚。自らが光を発することで小型の魔物を集め、天敵である寄生性の魔物を捕食させる習性を有しています」
「へぇー」
チョウチンアンコウと同じだけど、目的が違う。
食べるためと食べさせるため。
防衛本能の神秘だな。
というか、寄生性の魔物なんているのか。
寄生されたらと考えただけでもぞっとするな。
まぁ、スケルトンだから気にすることでもないが。
寄生性の魔物も、骨は御免だろう。
「ここからなら遠くを見渡せるな」
明かりがあるお陰で、いまは視野が広い。
誘魚珊瑚も各所に生えているようで、エリア全体が照らされている。
真昼とまでは行かないが、早朝くらいの明るさは確保されていた。
そして、この水没エリアは大きな広い空間のようで隔たりがない。
大きな岩や地面の起伏といった障害物はあるものの。
泳げばどこにでも行けそうだった。
「んー……でも、見当たらないな。シーサーペントは」
船を襲うほど大きな蛇。
一目見ればわかるはずだが、ここにはいないみたいだ。
見えるのは魚のような小型の魔物くらいだ。
「――ん?」
そうして周囲を見渡していると、一つの影をみた。
人影を見た。
水中に何かがいる。
「あれって」
もっとよく見ようと意識を集中させたところ。
その人型から、なにかが放たれるのが見えた。
鋭い矢のような一筋。
それは猛スピードでこちらに飛来し、俺の足下を穿った。
「二度目はありません」
声が聞こえる。
そのころになって、ようやく人型の姿をきちんと目視できた。
矢を射ったのは、半身が魚の人間。
「ここから立ち去りなさい」
人魚だった。




