漆黒の刀身
オチュー・スケルトン。
結晶鎧を脱ぎ捨てたその姿には、とにかく目が多い。規則正しく配列された多眼の群れが身体中に開いている。それもそのすべてが目としての機能を備えている。意識を集中させることが条件だが、背中の目から背後を見ることも可能だ。
まぁ、それなりに集中力がいるので、戦闘で生かすにはある程度の慣れが必要になるけれど。
あともう一つ、視力がよくなった気がする。
「さて、試運転といくか」
小規模空間の中心。俺の周囲を取り囲んでいるのは、赤い鱗をした蜥蜴人間。リザードマンの亜種だ。精霊によれば個体の強さは中位相当。オチューから剥がれ落ちた独立個体と同じくらいだ。
性能を確かめるには丁度いい。
「グォオオォオオオォオオッ」
号令が鳴り、四方八方からリザードマンたちが押し寄せる。
それに対して、こちらは左手に毒の魔力を纏わせた。オチューの能力である毒。それは氷の魔力が冷気になるように、毒霧となって黒に染まる。それを撒き散らすように、その場で一回転し、散布した毒霧にリザードマンたちが突っ込んだ。
瞬間。
「グォォォォォ……」
毒霧を吸ったリザードマンが、あっと言う間に昏倒した。
ばたばたと地面に倒れ、どんどん息が浅くなり、最後には絶命にいたる。
これだけで群れの半数が死亡した。
「強烈だな、これは」
大人の吸血鬼は――だいぶ薄まっていたとはいえ、この毒を吸って生きていた。
こうして毒の強さを目の当たりにすると、その生命力の高さを再確認させられる。
俺も吸血鬼に生まれていれば、病気に負けることもなかったのかな。
「おっといけない。集中集中」
いくら楽勝な相手だとはいえ、油断は禁物だ。
いつ何が原因で足元をすくわれるとも知れない。常に気を張っておかないと。
「あとは得物だな」
大量の屍を踏み越えて、リザードマンたちが押し寄せる。
それを見据えながら宝石の魔力で刀を作り、そこへ毒の魔力を流し込む。
どす黒く染まる漆黒刀。それを携えて、リザードマンの群れへと突っ込んだ。
「グォオォオオオォオオオオッ」
咆哮を放ち、リザードマンは刃こぼれした剣を振るう。
その太刀筋を目で追い、見極め、軽く躱して反撃にでる。
一刀を叩き込み、続け様に周囲のリザードマンを斬り捌く。
切れ味は良好で、バターでも切っているようだった。
「――うげ」
しかし、その感想は間違っていた。
斬っていたのではない、溶かしていたのだ。
毒の魔力を込めた一撃が、触れた先から細胞をぐずぐずに壊していた。その壊死は刀傷だけに留まらず、そこから健康な細胞を浸食し、骨の随まで壊し尽くしてしまう。
跡形もなく、溶けてしまうのだ。
これでは骨を回収できない。
「調整が必要だな」
出力を低くして毒を弱くするしかない。
全力でやると対象の骨まで溶かしてしまう。
一撃必殺の強力な能力がゆえに生じる弊害。俺はこれとうまく付き合っていかなくてはならない。俺がスケルトンでなければ――骨を必要としていなければ、気にせずに最大出力を出せていたんだけれど。こればかりは言ってもしようがないか。
「悪いけど、付き合ってもらうぞ」
振り返り、まだ残っているリザードマンへと足を向ける。
漆黒刀に込める魔力をすこしずつ弱めながら斬り裂いて、毒の加減を憶えていく。
強すぎて溶けてしまったり、弱すぎて命を奪えなかったり。毒に藻掻き苦しむ姿を見るのは、ただ命を奪うのとは違って残酷で心苦しいが今度のためだ。
「――これで最後」
振り下ろした漆黒刀がリザードマンを斬り裂いた。
手応えは軽く、傷の深さは致命傷に届かない。けれど、リザードマンは傷口から体内を巡った毒によって命を蝕まれ、地面に倒れ伏す。
毒殺は成功し、そして身体は溶けていない。
「ふー……こんなところか」
数をこなしたお陰で、感覚が掴めてきた。
出力次第で神経毒として使うこともできるみたいだ。掠り傷でも負わせられれば、相手の動きを封じることだって出来る。いろいろと出来ることの幅が増えそうだ。
「これで性能はわかったから……」
性能テストは終了。
次に考えるべきは、どの魔物を狙うかだ。
高位の魔物の能力とその魔力を得たからと言って、まだ俺は高位の入り口にしか立てていない。低位、中位と超えてきて、ようやくたどり着いた高位。この先に人間というゴールが待っている。
逸る気持ちを抑えて、冷静にならなければならない。
相手選びを間違えれば、命を落としかねないのは今も昔も変わらない。
常にギリギリのところで格上に勝ってきていることを、俺は忘れてはいけないんだ。
「……そう言えば」
一度、落ち着いてみると、ふと思い出したことがある。
それは美鈴の師匠が言っていた言葉だ。
高位の探求者が俺を殺しにくる。あれからそれなりに時間も経っている。そろそろ襲ってくる頃合いかも知れない。そちらにも気を張っておかないと。
そう気合いを入れ直した、その時だった。
「――貴様が朽金が言っていたスケルトンか」
不意に声がして、即座にそちらに目を向けた。
視線の先には、一人の探求者が立っている。
「人の心を持つとは難儀な話だ。どうしたって後味が悪い」
彼はそう言いながら、こちらへと足を進める。
「だが、可能性がすこしでもあるのなら俺は迷わない」
その歩みは速くなり、虚空から得物を取り出して駆ける。
「言い訳はしないさ、お前にも自分にも」
振るわれた剣先が弧を描く。
「俺はただ危険かもしれないお前を排除する。それだけだ!」




