独立の人型
「分かれ道か……」
オチューの触手を焼き払い、撤退に追い込んでからしばらく歩いていると、分岐点に差し掛かる。右か左か、先は当然ながら闇で満たされていて、手元の光源だけでは照らせない。
「さて、どっちに行こうか」
こういう時は精霊に尋ねるのが一番だけれど――
「こっち! こっちだよ、騎士様!」
自信満々と言った様子で、メイは左のほうを指差した。
「どうしてそっち?」
「そんな気がする!」
「気がするのかー……」
勘。身体が大人になった子供の勘と言えば信憑性は皆無だが、メイは子供でも吸血鬼だ。人間より五感に優れたヴァンパイアの勘なら、意外と信憑性があるのかも。
「ふーむ」
そう呟きつつ、左手のジャックフロストに変換。
足元に小さな魔氷を生やす。
「これなに? わー! つめたーい」
メイが魔氷に気を取られている隙に、精霊へと言葉を投げる。
「正解のルートを教えてくれ」
メイに聞こえないように小さな声で。
「――左であっています」
「本当にあってたのか」
いや、でもたまたまって可能性も。
「騎士様? どうかした?」
「いや、なんでも」
取り繕い、爪先を左側へと向ける。
「さぁ、行こう。メイが言う通り、左に」
「うん! 分かれ道があったらメイに任せて!」
メイの勘を頼りにして、洞窟内を進んで行く。
「えーっとねぇ……こっち!」
分岐点に差し掛かるたびに、メイは勘を働かせた。
「次はぁ……こっち!」
分岐が三つ四つになっても勘は鈍らず。
「すごいな……」
すべての分岐路において、メイは正しい道を選んでいた。
逐一、精霊に確認をしたから間違いない。
深く考える様子もなく、混じりっけの無い直感で、正解を引き当てている。
人間の五感では拾いきれない情報を無意識かで処理し、勘という形で現れている。そういうことでいいのだろうか? もしそうなら、恐るべし吸血鬼。
「ふんふんふーん……あっ」
鼻歌を歌い、大手を振っていたメイがぴたりと止まる。
それに釣られて俺も足を止めた。
「どうしたんだ?」
「……いる」
「――オチューか」
しばらく出てこないと思っていたら仕掛けてきたか。
「いっぱいいる。こっちに来てる。前からも、後ろからも」
「挟み打ちか」
俺にも気配が感じ取れた。
闇の先で蠢く無数の気配。これらすべてがオチューの触手。想像するだけでおぞましい。それに数が多すぎる。焼き払うにも時間を取られる。挟み打ちとなると、焼けるのは片方だけだな。
「見えた」
光源に照らされて、無数の触手が現れる。
それぞれが牙を剥き、奇声を発しながらうねる。
ミミズの集合体かのような動きには怖気が走った。
「後ろは塞いでおこう」
左手を後方に向けて翳し、魔氷の壁を迫り上げる。
洞窟の形に合わせて遮断し、侵攻を防ぐ。
同時に前方に向けて火の息吹を吹き付けた。
「ギィィイイィィイィイイイイイッ」
不気味な悲鳴が響き、触手たちは焼き爛れる。
しかし、やはり数が多い。しかも、今度はオチューも引いてくれない。
完全に焼却しなければ。
「騎士様! にゅるにゅるが生えてる!」
にゅるにゅる? と、一瞬、思考が鈍ったが、すぐに触手のことだと理解する。
目を向ければ足元から、左右の壁から、天井から、新しく触手が伸びようとしていた。
後方の触手たちが魔氷を迂回してきているのか? ともかく――
「作戦変更っ」
「わっ」
火の息を止め、メイを抱き抱える。
そして、全身をジャックフロスト・ボディに変換。
全方位に向けて冷気を放ち、地面も壁も天井も、焼け爛れた触手たちも、すべてを一瞬にして凍てつかせる。炎で追い払えないのなら、氷で止めてしまうのが一番だ。
「こんなこともできちゃうんだ……」
氷漬けの世界を見て、メイはぽかんと口を開けていた。
まぁ、こんな景色を見る機会なんて、そうそうないだろうしな。
「ほら、下ろすぞ」
「あ、はーい」
ゆっくりとメイを下ろす。
「ひゃー、つめたいっ」
魔氷の上に立ち、メイははしゃいでいた。
「しかし、どうしたもんか」
洞窟内ならどこからでも攻撃を仕掛けられるというのは厄介だ。
オチューは俺たちの居場所を正確に感知しているようだし、末端をいくら削ったところで本体を殺すことはできない。長期戦になると消耗が激しくなるのはこちらのほうだ。
出来れば早期に決着を付けたいところだけれど。
「――」
不意に硝子を撃ち砕いたかのような音が鳴る。
伏せていた視線を持ち上げて正面に向けると、触手の氷像が粉々に打ち砕かれていた。
撃ち砕いたのはメイではない。氷像の向こう側にいた何者か。
そう、その誰かは人型をしていた。
「キィイイィィィイイイィィヤァアァアアアァアアアア!」
四腕に得物を携え、二つ頭が交互に叫ぶ。その身体は爛れたように赤黒く、顔と呼べるほど上等な面相はない。溶けきっていて大小不揃いな牙の並びが露出しているのみだ。全身を覆う皮膚からは血が滲み、歩くたびに耳障りな水音が鳴る。
その登場はさながらホラーゲームのようだった。
「な、なにあれっ、こわい」
活発なメイもあの魔物には怖じ気づくようで、身を隠すように俺の背後へと回る。
無理もない。俺だってあんな奴の相手はしたくない。
「いったいなんなんだ、あれは」
「――オチューの捕食器官の一種です。本体と完全に独立し、エサとなる得物を仕留めて本体に回帰します。戦闘能力は中位相当です」
「もはや、なんでもありだな」
どういう進化の過程を経ればそうなるのか。
いや、今更か。
「騎士様?」
不安そうな声が後ろから届く。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
「うん……」
背後は魔氷で封じてある。目の前のあの人型を通さなければ、メイは一先ず安心だ。
「さて、どう戦ったもんかな」
白銀刀を構築し、構えをとる。有効な属性は火と氷が確定、ほかにもあるだろうか。
オチューから――その末端や独立個体から受ける印象は、ひたすらに不気味だということ。得体が知れず、気味が悪い。次になにをしでかしてくるか、正直見当がつかない。
それでも人型が俺の前に立ち塞がるなら、斬り伏せて押し通るしかない。
力尽くになろうとも、道を開けてもらおう。




