暗闇の目玉
「明かりをつけるか」
宝石の魔力で宝玉を作り、宙に浮かべて火の魔力を注ぐ。
赤に染まったそれは極小の太陽のように光を撒き散らし、洞窟内の闇を払う。
「わー! まぶしい! なにそれ!」
「ちょっとした魔法だよ」
以前にリーゼたちの発明を見て、なにか再現できないかと考えていたものだ。
結果はそれなりに良好。ごく少量の魔力で持続時間の長い光源を連れて歩けるようになった。本当は魔法じゃないけれど、便宜上そういうことにしておこう。
「まほー? 騎士様、魔法使いなの?」
「まぁ、一応は」
魔法の基礎は美鈴から学んでいる。
目指すところはネクロマンサーだが、魔法使いと名乗っても問題ないはずだ。
「すごい! 魔法騎士様だ!」
底抜けに明るい声が洞窟内を反響する。
率直な意見は嬉しいけれど、その声で魔物がよってくるのではと、こちらは気が気じゃない。
「しー。静かに、な」
口元で人差し指を立てる。
「あっ……はーい」
両手で口元を押さえて、メイは声を小さくした。
素直でいいことだ。これくらい言うことを聞いて、大人しく家に帰ってもらいたいところだけれど。もはや口には出すまい。
「ふん、ふん、ふーん」
鼻歌交じりにメイは光源を突く。
静かにと言ったばかりだが、鼻歌くらいは目を瞑ろう。
「ん?」
しばらく進んでいると、土の地面に異物を見る。
「メイ、後ろに」
メイを下がらせて光源を先行させる。照らしてみると、それは先ほどメイに殴り飛ばされた魔物だった。
息もなく地面に転がっている。
洞窟に入ってそれなりの距離を歩いたけれど、こんなところまで吹き飛んでいたのか。
吸血鬼の怪力、恐るべし。ジャックフロストとどちらが力持ちなのだろうか? この魔物の姿を見るに、試そうとは思わないけれど。
「どうしたの?」
ひょっこりと後ろからメイが顔を見せる。
「いや、メイが殴り飛ばした魔物が転がってるだけだった」
「魔物? いないよ? どこにも」
「え? そんなはず」
メイから視線を前に向けてみると、たしかにない。
死体がなくなっている。
「どういうことだ?」
光源の位置を動かした憶えはない。照らし出す範囲も変えていないし、俺たちは立ち止まってから一歩も動いていない。なのに、前方に転がっているはずの魔物の死体が消えている。
「見間違い……いや」
死体はないが、血だまりは残っている。
それも闇に引き寄せられるように、引きずられたように伸びていた。
「なにかが持っていったのか」
なにか。恐らく、ほかの魔物。
気になるのは、俺やメイに気取られることなく、持ち去ったことだ。
いくら視線を外していたとはいえ、傍まで魔物がくれば気がつけるはずだけれど。
「メイ。俺から離れるなよ」
「う、うん」
なにかが可笑しい。違和を感じながら、ゆっくりと足をまえに進めていく。
引きずられた血の跡を光源で照らし、死体の尻尾を捕らえる。すぐにその先に明かりを向けると、そこには魔物の死体を丸呑みにしている大きな口が――口だけが、そこにあった。
「なんだ……こいつ」
一見して蛇のようにも見えるが、それに目や鼻といった機能はない。
触手の先に口だけが備え付けられているような、奇妙な魔物が死体を食っている。
「あぅ……ああぅ……」
奇怪な声を発して死体を丸呑みにしたその触手は、次にこちらへと牙を向ける。
「キィィィィィイィイイイィィイイィイィイィイイイイイイイイッ!」
耳を覆いたくなるようなおぞましい声音の咆哮。それに呼応するように周囲の闇から無数の目玉が開く。洞窟を縁取るように、びっしりと。
「メイ……この声、知ってる。悪い魔物の声」
耳を塞ぎながら、メイはそう訴える。
なら、こいつがオチュー。
「複数体いるってことか? それとも……」
「――オチューが有する末端器官の一部です。本体は奥深くに潜み、エサとなる魔物の探知と捕食を担います」
「なるほど……」
こいつらをいくつ潰しても、オチュー本体は殺せない。
とはいえ。
「キィィィィイイィィィィイイイッ」
牙を剥いて飛びかかってくる触手どもの相手をしないわけにもいかない。
紫紺刀を構築し、返り討ちにするように触手を断つ。
「ミミミ……」
捕食器官を有する触手が宙を舞い、ぼとりと落ちた。
しかし、触手の断面からはすぐさま新たな捕食器官が再生される。
斬ってもあまり意味はなさそうだ。しかも、いつのまにか数が増えている。
「気持ち悪い!」
後方で、メイも触手相手に戦っていた。
赤黒い魔力を纏い、繰り出す一撃は刃物のように鋭く、何本もの触手を一度に断つ。
しかし、やはりというべきか、触手は再生する。
「しようがない」
斬撃の効果が薄いなら、別の手段を打つしかない。
「メイ、ちょっと熱くなるぞ」
「え?」
結晶鎧の内部で形態変化。サラマンダー・シェルとなり、大きく息を吸う。
攻撃の手を休めた俺へと何本もの触手が迫るが、それに向けて灼熱の火炎を吹き付けた。
「ギィィイイィィィィイイイイイイッ!?」
サラマンダーの吐息は、さぞかし熱いだろう。
奇怪な悲鳴を上げた触手たちは、身を焦がしながら地中へともぐり、逃げていく。
「伏せてろ!」
前方の処理が終わり、次に周囲の壁や天井に向けて火炎を吐く。
うねる灼熱が目玉と触手を焼き潰し、びっしりと貼り付いていたオチューの一部は、瞬く間に退散した。これで本体を殺せたことにはならないが、とりあえず末端のあしらい方は発見できたわけだ。
「ふぅー」
兜のスリッドから漏れる火の吐息。それを払い、危機を脱したことと、メイの無事に安堵する。
「火がばーって! すごい、すごい! もう一回やって!」
「ダメだ。火遊びはまだ早い」
「えー! いーでしょー! もう一回だけ!」
敵に囲まれた後だというのに、メイは元気いっぱいだった。
もうすこし安全を噛み締めてもらいたいものだが、子供の好奇心にそれを期待するのも土台無理な話か。俺も子供時代は――入院する前は、こんな子供だったのかも知れない。
「やってー、やってよー」
「あぁ、わかった、わかった。もう一回だけな」
「わーい!」
せがまれたのでもう一度だけ、火を吹いて見せる。
紅蓮の炎が闇を払い、天井を焦がして掻き消える。
「わー……」
メイはそれを満足そうに見つめていた。
「さぁ、先に進むぞ」
「うん! ありがとう、騎士様!」
光源を引き連れて、俺たちは洞窟の最奥を目指す。
道中、必ずまたオチューの末端触手が現れるはず。依然、警戒を怠ることなく、メイの安全を最優先にして歩いて行こう。




