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白銀の残光


「グォオオオオオオッ!」


 咆吼を放ち、ジャックフロストは砕けた地面を蹴った。

 その拳で見据えた敵を打ち砕こうと駆ける。

 対して、俺はそれに合わせない。


「近づかせるかよっ!」


 そう吐き捨てて、回り込むように走り出す。

 あんな剛力を見たあとだ。

 迂闊に接近戦は挑めない。

 挑むなら、すこしでも情報を集めてからだ。

 まずはジャックフロストの出方を見る。

 そのためには一定の距離を取り続けるべきだ。


「はっ! 足は遅いみたいだな」


 緩やかな曲線を描いて走る俺に、ジャックフロストは追いつけていない。

 腕力では敵わないが、脚力ではこちらが勝っている。

 追いかけっこじゃ負ける気がしない。

 さぁ、ここからどう出てくる。


「グォオオオオオオッ!」


 咆吼とともに、ジャックフロストは行動に出た。

 その場で身を屈め、片腕を雪原に突っ込んだ。

 そして、引っ掻くように腕を振るう。

 どういう意図か、ジャックフロストは雪を撒き散らした。


「――」


 その瞬間、異様なものを見る。

 撒き散らされた雪が、強い光を放って煌めいたのだ。

 まるで蛍の群れ。

 その煌めきの正体は、単なる雪の発光現象だけではなかった。


氷柱つらら……」


 雪を濃縮した氷柱の弾幕。

 密度を増した発光は煌めきとなって一軍を率いた。

 それはさながら流星群のごとく、この身に次々と飛来する。


「どいつもこいつもっ」


 誰も彼も散弾を当たり前のように攻撃手段に用いてくる。

 それが理にかなっているだからだ。

 広範囲に逃げ場なく攻撃を放ち、獲物や外敵を確実に仕留める。

 実に優秀な攻撃法だ。

 ただし、それは自身よりも弱い魔物が相手だった場合の話だ。


「なめんなよっ!」


 迎え打つように向き直り、獣爪で虚空を掻く。

 爪先から魔刃を放ち、氷柱の群れを正面から食い破る。

 そして魔刃はその先にいるジャックフロストを急襲した。


「チッ、当たりはしないか」


 わかっていたことだが掠りもしない。

 真正面から一直線に向かう魔刃を、避けられない道理はない。

 氷柱を打ち破ったものの本体までは届かなった。


「グゥォオオオオオオオオオッ!」


 躱した先の地点にて。

 ジャックフロストは怒る。

 怒号を上げ、無闇矢鱈と雪を掻いた。

 無数に散る雪と、生成される数多の氷柱。

 それは乱れ打ちとなって怒濤のごとく迫りくる。


「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってか」


 氷柱の乱れ打ちに、こちらも魔刃を持って対応に当たる。

 繰り出す魔刃は氷柱のことごとく打ち破る。

 だが、それだけだ。

 魔刃はジャックフロストに掠りもしない。

 氷柱はこの身に届きはしないが、こちらの魔刃もジャックフロストに届かない。

 戦況は拮抗し、ただただ魔力だけが消費されていく。


「埒があかないな」


 消耗戦は望むところじゃあない。

 なら、俺がすべきことは決まっている。


「――このまま突っ切るっ!」


 両の獣爪を大きく振るい、大きな魔刃を放つ。

 それは攻撃のためではない、身を守るための盾だ。

 魔刃を先行させることで氷柱から身を守りつつ接近を試みる。


「いけるはず……」


 先の攻防でジャックフロストの情報が、すこしではあるが読み取れた。

 攻撃はどれも直線的で、怒ると何度も同じことを繰り返す直情型。

 接近戦でも、恐らくその傾向は変わらない。

 攻撃を見切ることは出来るはず。


「グォオオオオオオオオオッ!」


 接近する魔刃に、ジャックフロストは回避行動をとった。

 それを見据えてこちらも攻撃を仕掛けるため魔刃の盾から身を晒す。

 互いに互いの間合いの中。

 どちらの攻撃も届く距離において、先手を打ったのはジャックフロストだった。

 固く握り締められた拳が一直線に突き放たれる。

 はやく、鋭い一撃。

 だが、軌道が読めていれば躱すのはたやすい。


「これで――」


 ジャックフロストの渾身の一撃を躱し、無防備となった胴を見据える。

 攻撃の直後、反撃はない。

 完璧なタイミングで反撃を打つ。

 獣爪に魔力を注ぎ、一点集中の一突きを放つ。


「――」


 けれど、その刹那に俺は垣間見た。

 絶体絶命の危機に陥っていたはずのジャックフロストが笑っていたのだ。

 まるで何もかもが、うまくいった。

 そんな風にでも言っているように。


「――しまっ」


 誘い込まれた。

 そう気がついて、即座に身を引く。

 だが、そのころにはもう遅い。


「グォオオオオオオオオオッ!」


 咆吼とともに押し寄せたのは魔力の冷気だった。

 その瞬間、間合いのすべてが氷で埋まる。

 発光のない、正真正銘の魔氷。

 俺はその中で氷付けにされてしまった。


「ぐっ、このっ!」


 身動きがまったく取れない。

 雪を使った氷柱とは硬度の質がまるで違う。

 まるでコンクリートの中にいるみたいだ。


「だが、これでどうしようって言うんだっ!」


 俺は分厚い氷に捕らわれただけだ。

 コボルト・ファーのお陰でダメージはほとんどない。

 それにこの氷が鎧となって、ジャックフロストは手出しができないはず。

 餓死や凍死を待とうって魂胆か?


「――いや、待てよ」


 ジャックフロストはどうして自分ごと氷付けにした?

 至近距離にいた俺が分厚い氷に捕らわれているんだ。

 コボルトよりも遅いジャックフロストが範囲外に逃げられるとは思えない。

 最初から自爆目的だった?

 怒りに身を任せて自分の身も厭わなかった?

 いや、違う。

 あんな笑みを浮かべたジャックフロストが、そんなに間抜けな訳がない。


「――」


 奇しくも、その推測は当たっていた。

 ジャックフロストは氷の精霊だ。

 自身が造り出した魔氷に阻まれることはない。

 この魔氷はジャックフロストの行動を阻害しない。


「氷の……中をっ……」


 透明度の低い魔氷の中に蠢くものを見る。

 近づいてくるのは、この魔氷を造った張本人。

 ジャックフロストは俺を眺めて笑っていた。

 愉悦でも感じているのだろうか。


「くそっ」


 自分だけが身動きできない中、ジャックフロストは右の拳を振りかぶる。

 その表情には容赦も慈悲もなく、寧ろ楽しんでいるように見えた。

 そして、その拳は突き放たれる。

 迫りくる形を成した死。

 けれど、俺は諦めなかった。


「――っ」


 拳が身に迫った瞬間、コボルト・ファーを解除した。

 魔力の毛皮を脱ぎ捨て、魔氷の中に回避に足るだけのスペースを造る。

 そして、ジャックフロストの渾身の一撃を紙一重で避け切った。


「勝ったって、思っただろ?」


 右腕に魔力を集中させ、部分的にコボルト・ファーを纏う。


「残念だったな」


 魔力の濃度を高め、より強力な魔刃を生成する。

 それは固い魔氷を斬り裂いて、ジャックフロスト引き裂いた。


「グゥォオオオオアアアアアアッ!?」


 まさかの反撃に、ジャックフロストは動転した。

 即座にその場から退避し、魔氷から抜け出て距離をとる。

 制作者がいなくなった魔氷を、俺は遠慮なく斬り崩す。

 そうして改めてコボルト・ファーを身に纏い、魔氷から脱出した。


「よう。随分とバランスが悪くなったみたいだな」


 雪原に降り立って据えたジャックフロストは、左右が非対称になっていた。

 魔氷の中で振るった魔刃が、右腕を奪い取ったからだ。

 その右腕は、いま俺の手の内に握られている。


「返してほしいか?」


 奪った右腕を高々と掲げる。


「嫌なこった」


 特性を発動し、右腕の骨を吸収した。

 コボルト・ファーの一部が変化し、ジャックフロストのように変わる。

 それに伴い、支えを失った右腕はゴムのように萎えた。

 これにもう用はない。

 捨てるように、その辺に投げた。


「グゥゥゥウゥウウウウッ……」


 ジャックフロストは、それを見て俺を睨む。

 血走った瞳に殺意をこもらせる。

 対して、俺はそれを気にも止めずに思考した。

 サラマンダー。

 魔氷の硬度は、あの赤熱の鱗より格下だ。

 腹部の硬度の低い鱗にも及ばない。

 魔力の集中で魔氷は切れたが、これではサラマンダーに通用しない。

 もっと鋭く、もっと硬く、爪よりも優れた武器がほしい。


「――」


 思考は巡る。

 叫び声を上げて迫りくるジャックフロストを意識の外に追いやるほどに。

 そして、その旅路の果てに一つの解を得る。


「――ゴブリンの特性」


 魔力の武器化。


「――コボルトの特性」


 魔刃の構築。


「――ジャックフロストの特性」


 魔氷の生成。


「――これを」


 これらを混淆させて鍛え上げる。

 輪郭を帯びて形を成すのは、一振りの氷刀。

 白銀に染まる刀身は、濡れたように刃を浮かべていた。

 それを携えて構えをとり、先を見据える。


「グォオオオオオオオオオっ!」


 眼前に聳えるは、ジャックフロストの巨躯。

 左腕は振りかぶられ、幾ばくもしないうちに突き放たれる。

 だから、その前に。

 一刀は白銀の残光を引いた。

 一縷の光を伴い振り抜けた一閃は、ジャックフロストの肉体を裂く。

 同時に構築された魔刃が放たれ、完全にその巨躯を断ち斬った。


「グゥ……ァア……」


 一刀は過程にあるすべてを斬って馳せた。

 停止した刀身は、白銀から血の赤に染まる。

 飛沫一つ散らないそれは、すでに凍結して貼り付いていた。


「これなら……斬れる」


 かのサラマンダーの鱗を断てる。

 いまの一刀で、そう確信した。

 そして。


「これで……」


 二つに断ちきったジャックフロストの死体に触れた。

 スケルトンの特性、混淆によってその新鮮な骨格を残らず吸収する。

 右腕だけでなく、すべての骨格を吸収した。


「う……ぐぅ……っ!」


 始まりを告げる変異の兆候。

 骨の一つ一つが軋み、潜在魔力が膨れあがる。

 魔力が全身を駆け巡り、ようやく平穏が訪れた。

 それより変異は完了する。


「――ジャックフロスト・スケルトンに変異しました」


 新たに氷の特性を手に入れた。

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新作を始めました。こちらからどうぞ。魔法学園の隠れスピードスターを生徒たちは誰も知らない
― 新着の感想 ―
[気になる点] 生前は喧嘩もしたことがなかったズブの素人が、ここまで戦い慣れているのに違和感を感じます。 コボルトの骨を吸収してからのスケルトン、ゴブリンは鎧袖一触、コボルトも奇襲されなければ苦戦しな…
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