月夜の少女
かしゃり、かしゃりと硬いものが擦れた音がする。
行き交う人々は俺をちらりと見て、すぐに別のものへと興味を移す。
取るに足らないと言うには目立ち過ぎるが、特別興味をそそられるようなものでもない。
ダンジョンの一角にある大規模空間。夜光石の明かりによって満月の夜のように照らされた、大きな遺跡のような神秘的な街。
その往来を大胆不敵に、身を隠すことも人目を憚ることもなく、歩く。
カーバンクルの結晶を鎧に見立てて装備しながら。
「意外とバレないもんだな」
次の標的――高位の魔物を求めて、この夜の街を訪れた。
もう何度目かになる異種族が住む街への訪問だ。流石に、このスケルトンの見た目への対策の一つや二つはする。そこで編み出したのが、この結晶鎧を着込むという技だ。
見た目は完全にフルプレートアーマー。この街にもちらほらと見かけるありふれた格好だ。鎧を隠れ蓑にして人々の間に紛れ込む作戦は、今のところ成功している。
「しかし……」
行き交う人々の姿は、人間とほぼほぼ変わらない見た目をしている。
人魚のように半身が魚でもなく、エルフのような神秘もなく、ドワーフのように男女の特徴もない。ただただ普通の人間のように、外見上は見えている。
その中身は、かけ離れているものだとしても。
「吸血鬼……」
ヴァンパイア。ヴァンピール。ドラキュラ。ノスフェラトゥ。
呼び名は様々あり、もっとも有名なモンスターの一角だった存在。この夜の街に相応しい夜の住人たち。彼らは月光のような夜光石の明かりを浴びて、日々を謳歌している。
「まぁ、気楽なもんだな。ほかと比べると」
強襲される訳でも、捕縛される訳でもない。街に入って悲鳴を上げられる訳もだ。
それに正体がバレたとしても、俺に吸われるような血は流れていない。まぁ、面倒なことにはなるのだけれど、幾分かは気楽でいられる。
このまま標的を探すとしよう。
「ごほっ、ごほっ」
「やぁねぇ。あなたもなの?」
「バッカ。ただの風邪だっての。そんな大袈裟なもんかよ」
「わかんないわよ? 流行病は怖いんだから。あなたと同じことを言ってた知り合いは、三日後には寝込んでたんだから」
「脅かすなよ。けどまぁ、用心に越したことはないか」
趣のある喫茶店を通り掛かったところで聞こえてきた会話。
実は似たような会話を、もう何度か街を歩いていて聞いている。
どうやらこの夜の街では、流行病が充満しつつあるらしい。
どこもかしこも、その話で持ちきりだ。
「……でも、そんなに深刻そうには見えないんだよな」
吸血鬼と言えば不死身の代名詞とも言える。
その生命力の高さゆえなのか、流行病を深く気にしている様子もない。
聞こえてきた会話にしても茶化すようなもので話の種にしているようだった。
「まぁ、いいか」
そんな心配を俺がしても何にもならない。
病気に罹るような身体でも、なくなっていることだしな。
ふと、そんなことを考えながら、人気のない場所を探して彷徨い歩く。
そうしていると――
「聞いて! 流行病は魔物のせいなの!」
まだ幼い子供の、大きな声が聞こえてきた。
それに釣られる形で、足を止めて視線をそちらへと送る。
見れば道の隅っこのあたりで、ボロボロの衣服を着た少女がいた。
「地面の下に魔物がいるの! その魔物が悪さをしているの!」
その様子は真に迫るものがあり、必死さが見てとれた。
しかし。
「まーたはじまったよ」
「あー、はいはい。魔物ね、魔物」
街の人々はそんな少女と取り合おうとはしない。
どんな言葉を、どれだけ投げかけても、受け取ってもらえない。
いたずらや嘘だと思っているみたいだ。
「まぁ、そうなるよな」
子供の言うことを真に受ける大人はそんなにいない。
「それが本当のことでも」
俺は知っている。精霊から情報を得ている。
この夜の街に蔓延る病が、とある魔物の仕業であると。
その名はオチュー。醜悪な見た目をした、毒を孕む高位の魔物。地下に潜むオチューの毒が、この街を緩やかに腐らせている。この状況が長く続けば、いくら不死身の吸血鬼でも、病床に伏していずれは地上に這い上がってくるオチューのエサとなり果てるだろう。
「お願い! 話を聞いて!」
悲痛な叫びをあげても、まともには受け取られない。
「ほら、これをあげるから、もうおやめ」
見かねた一人の通行人が、慈悲を施すように少女に食べ物を与える。
けれど、少女はそれを受け取ろうとはしなかった。
「ちがうの。そうじゃないの……そんなことのために言ってるんじゃ……」
「いいから」
通行人はすこし強引にではあるが、食べ物を手渡して去って行く。
「……ちがうのに……本当のことなのに……」
食べ物を強く握り締め、少女は俯いて震える。悔しそうに、悲しそうに。
「……嫌なもの見ちゃったな」
思わず視線を逸らして、天井の星空をみる。
言っていることは本当だと少女に味方してあげたいのは山々だが、なにぶんこんな姿だ。目立って正体がバレたらとても厄介なことになる。それに俺一人が味方したところで、どうなることでもない。
俺に出来ることは何もない。
強いて言えば、オチューを殺して少女を毒から遠ざけることくらいか。
「そのためにも――」
オチュー討伐を急ごうと足を進めようとした、そのときだった。
右足に、なにかが絡みついたのは。
「騎士様!」
足に絡みついていたのは、先ほどの少女だった。
「き、騎士様?」
いや、まぁ、たしかに、このフルプレートの格好はそう見えるかも知れないが。
「メイの話をちゃんと聞いてくれたのは、騎士様がはじめて!」
「ちゃんと聞いたって……」
「ずっとここで立っててくれた! 見ていてくれた!」
「それは……そうだけど、それだけで?」
「うん! それだけ! ほかのみんなは誰も止まってくれなかった……でも、騎士様は止まってくれた!」
子供らしい単純な理由ではあるけれど、根拠はあったみたいだ。
「メイ。騎士様、好き!」
「あははー……それはどうも」
懐かれてしまった。ただ立ち止まっていただけなのに。
「あのね、地面の下に魔物がいるの。このままだとみんな死んじゃうかも知れない! だから騎士様お願い! 悪い魔物をやっつけて!」
メイという少女が、どこでオチューの存在を知ったのかはわからない。もしかしたら根拠もなく核心をついたのかも。でも、その瞳に偽りはなく、本心から出た言葉だとわかる。
嘘や悪戯ではなく、ある程度の確信を持っていることは伝わった。
「あぁ、わかった。俺がやっつけるよ」
「ほんと!」
「あぁ、だから家に帰って大人しく――」
「こっち! こっちだよ! 騎士様!」
「おおっと」
メイに手を引かれて歩き出す。
一桁台の少女の姿をしているとはいえ、中身は吸血鬼だ。見た目に不釣り合いな怪力で思わず体勢を崩しそうになった。
「メイが案内してあげる!」
とても嬉しそうに言うメイに、だから家に帰れとは言えなかった。
オチューは地下にいる。なら、どこかに地下へと続く道があるはず。一先ず、そこまで案内してもらうことにしよう。その後で言い聞かせて家に帰せばいい。
そうして強く握られた手に引かれて、俺たちは地下の入り口へと足を進めたのだった。




