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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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高位の脅威


 大胆不敵にして余裕綽々。おそらくは前例のない、人の心をもったスケルトンを前に、美鈴の師匠はソファーにかけるように促した。


「……お話とは?」


 拭いきれない警戒心が、腰を下ろすことを拒絶する。

 けれど、すぐに美鈴が腰掛けたのを見て、しぶしぶその隣にかけた。


「なに、私はこれでも高位探求者だ。摩訶不思議なスケルトンの話を聞かされちゃ、たしかめずにはいられないものでね。それも目に入れても痛くない可愛い可愛い弟子が足繁く会いにいっているとくれば、尚更ね」

「師匠……」


 隣で消え入りそうなか細い声がする。

 顔は真っ赤で、今にも火を吹き出しそうだった。


「だから、私はキミを見定めにきた。キミが本当に美鈴が言うようなスケルトン――人の心を持っているのか。実は騙されていて、良いように利用されてやしないか。師匠としては気がかりでしようがないんだ」

「師匠。私は――」

「美鈴は黙ってな」


 ぴしゃりと、美鈴の言葉は遮断された。

 聞きたいのは美鈴の話ではないのだと、そう言っていた。


「俺は……」


 人の心を持っているのか。その証明をこの場で完全にすることは不可能だ。

 結局のところ、これは美鈴の師匠を納得させることが出来るか否かなのだから。

 だから、俺はただ思うがままを口にした。


「俺は今でも人間のつもりですよ」


 まず、これだけは言っておかなければならない。


「身体は魔物でも、心は人間です。生き長らえるために魔物を殺しますが、人間を手にかけたことはありません」

「人間を手にかけなければ人の心を持っていると?」


 肘掛けに頬杖をつき、試すように美鈴の師匠は言う。


「キミはこれまで何千何百と魔物を虐殺してきただろう。でなければ、そこまでの出力をスケルトンが出せるはずもない。キミはなんらかの方法で殺した魔物の特性を奪っている」

「……それは、そうですが」

「キミ。たくさんの生物を自分の都合で虐殺している奴を見てどう思う?」

「……」

「そいつに人の心なんてものがあると思えるのか? 加えて言えば、いつかその虐殺が人間にまで及ぶのでは? こう考えるのが自然だろう」

「ま――待ってください!」


 なにも言えずにいると、言葉を制されていた美鈴が割って入る。


「それは私たち探求者も同じではずです。自分の都合で魔物を……虐殺しています」

「ふむ。たしかにそうだ。だが、美鈴。忘れてやいないかい? 元探求者の犯罪率がほかと比べて突出していることを」

「――ッ」


 探求者を引退したものが、犯罪者となる。

 中にはそういう人もいるかも知れない。けれど、美鈴の狼狽えぶりを見るに、恐らく――


「殺しが日常になるとね、基準が曖昧になるんだよ。探求者として、人間として、どの程度のことまでが許されるのか。自分の行いに対する免罪符はなんなのか、それが揺らいでくるんだ」


 それを語る美鈴の師匠の目はどこか悲しげだった。


「私たち探求者は常にその線引きを明確にしなければならない。すこしでも揺らげば外道に落ちる。戦いの日々って言うのは、そういう過酷なものだ」


 過酷。

 俺がこれまで辿ってきた日々も、また過酷だった。


「私たちの世代は激動の時代を生き抜いている。大きくうねる時代の波に呑まれて、線引きを曖昧にしちまった奴や、踏み越えちまった奴なんて数え切れないほどいる。私はこの目で何人も見てきたんだ」


 瞳が、俺を射抜く。


「キミがそうならない保証はどこにもない」


 更に、と続ける。


「キミの場合はキミだけの問題に留まらない。これまで奪ってきた魔物の特性が制御を失い暴れ出すかも知れない。あらゆる魔物の大行進さ。もしそんなスタンピードが起こったら、万年人手不足の探求者だけで事態を収拾できるか定かじゃない。だから、みんなキミを殺そうと躍起になるのさ」


 俺が命を狙われる理由は将来の危険を早期に摘むため。

 俺が俺でなくなったら、多くの人が犠牲になるかも知れない。


「それでもキミは人の心を持っていると言えるかい? その心という曖昧なものが、今後もずっと残っていると、そう言えるかい?」


 ずっと――考えないようにしていたことがある。

 はじめて魔物を――肉のある魔物を殺したとき、俺の心にはたしかに暗い感情があった。後悔、懺悔、逃避、罪悪。俺はそれを死闘の中に紛れさせ、覆い隠し、ずっと見ないようにしてきた。

 けれど、それともとうとう向き合う日がきた。

 目を背けることはもう許されない。


「……とどのつまり、一線を越えなければいい、という話でしょう」


 切り出した言葉を続けて話す。


「たしかな自分を持ちながら、線引きを明確にし、今後それを失わないようにする」

「言葉で言うのは簡単だ」

「たしかにそうです。でも、俺はこれまで一度だって、人の道を踏み外したことはない」


 美鈴の師匠は虐殺という言葉を使ったが、それは違う。

 生きている以上、糧が必要だ。どれだけ綺麗事を並べたって、人はほかの命なくしては生きられない。ただそれを――殺すという手段を己の手で行っているか、否かでしかないんだ。

 これまで殺してきた魔物達に対して罪悪を感じている。懺悔の気持ちもある。

 でも、シーサーペントやサラマンダー、サンダーバード――これまで魔物を殺してきたことに後悔はない。後悔してしまえば、人魚や美鈴たち、ドワーフたちを助けたことが、誤りになってしまう。

 殺さなかったほうが――助けなかったほうがよかった、なんてことは絶対にあり得ない。


「それはこれからも同じです。誰に命を狙われようと、どれだけ死闘を演じようと、俺は道を踏み外さない。魔物に堕ちたりしない」


 人の心を持ち続ける。


「……なるほどね」


 美鈴の師匠は思考を巡らせながら足を組む。


「結局のところ、ただの精神論。キミが堕ちない保証は依然としてないわけだ」


 ばっさりと、斬り捨てられてしまった。


「だが、キミが人を殺さないことは先の剣戟と、この精神論で確信を得たよ。はるか格上であり勝ち目がなかったはずなのに、私を殺せる唯一無二の機会をキミは見逃した。自分が殺されるかも知れないってときにね」


 頬杖を止めて、姿勢を正す。


「すくなからず、キミには実績がある。その実績に賭けるとしよう。愛弟子と同じようにね」


 美鈴の師匠から紡がれる声音が、途端に柔らかくなった。


「なぁ、少年。でもな、少年。悪いが美鈴とはもう会わせられないんだ」

「え? ――し、師匠っ、それはどういう」

「近々、本格的に高位探求者たちが動き出す。少年を仕留めにだ」


 高位探求者。彼女と同格の探求者たちが、明確な殺意を抱いて俺を殺しにやってくる。

 彼女一人だけでも手も足もでなかった。それと同格の人間と近々、戦わなければならない。相手を殺さないように配慮しながら。

 とても濃い絶望の感情が心を染めていく。


「まぁ、私ほどではないにしろ、手練れたちだ。人手不足がゆえの過密スケジュールの合間を縫って、空いた時間や休日を返上して少年を殺しにくる」

「……からかってます?」

「事実さ。だから、私みたいにじっくりゆっくり話なんて聞いてくれないよ、ってことさ」


 説得の余地はなく、出会ったが最後、戦闘は避けられない。


「これからは探求者との接触が多くなる。その子らに美鈴の姿を見せるわけにはいかない。処罰されてしまうからね。前例はないが、魔物に内部事情をバラしたり、魔法を教えたりしたんだ。十中八九、重罪になる。だから、もう少年とは会わせられない」

「し、師匠っ!」

「こればっかりは許可できないよ。私は少年より美鈴のほうが大事なんだ。これも明確な線引きって奴さ」

「でも……私はまだ彼に魔法を」

「でももなにもない」


 ぴしゃり、とまた遮られた。


「基礎はもう終わっているんだろう? なら、そこから先は少年自身でどうにか出来るはずだ。魔法は想像力の産物。思い描く力が強ければ強いほど強力になる。基礎から先は少年次第。それはわかっているはずだよ」

「……はい」


 振り絞るように美鈴は言う。


「でも、やっぱり……私は最後まで……教えたかったです。師匠……」


 悔しそうに、唇を噛む。

 その様を見ていたたまれなくなって、言葉が口をついてでる。


「大丈夫だよ、美鈴。俺は五十年以上もずっと、理想の自分を思い描いてきたんだ。ここから先は自分でどうにかできる。心配しなくても大丈夫だよ」

「音無さん……はい」


 俺に向き直り、視線が合う。

 俺に目玉なんてないが、合った気がした。


「応援しています」

「あぁ、励みになる」


 本当に。


「まぁ、念話くらいなら別にしたって構わないけどね。姿を見られる訳じゃないし」

「えっ?」

「えぇ……」


 感動の別れが台無しになってしまった。


「じゃ、そういうことだ。いくよ、美鈴」

「あ、はい。じゃあ、私はここで」


 ぺこりと頭を下げ、師匠のもとへと美鈴は走る。


「美鈴」

「はい?」

「次に会うときは人間だ」

「――はい!」


 最後に微笑みを見せてくれて、美鈴はこの小規模空間を後にした。


「さて、と」


 立ち上がると、ソファーが霧散する。証拠隠滅に余念がない。


「ついに挑戦するときが来たかな」


 すこし視線を持ち上げる。

 そこにいるとは限らないが、そういう風なものだと俺は思う。


「高位の魔物に――」


 そして、真実を司る精霊に問いかけた。

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