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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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紫色の剣閃


 サンダーバード・ウィングからなる紫電がいくつもの雷撃となって仮面の彼を襲う。その閃光が秒にも満たない刹那を駆け、彼が周囲に張り巡らせた不可視の障壁と衝突する。

 紫色の閃光が弾け、不可視の障壁に亀裂が走った。しかし、壊れるまでにはいたらない。


「これでも――」


 まだ破壊にはいたらない。まだ彼に届かない。

 あの障壁が完全な詠唱のもとに顕現したなら、その強度はもはや俺の尺度では測れない。かつてカーバンクルの結晶盾に渾身の一撃を阻まれたときのような、そんな絶望を味わうくことになる。

 あの時はただ、気性が荒くなっていたカーバンクルの自滅を待つほかに打つ手がなかった。けれど、今は違う。


「なら――」


 なら、詠唱させなければいい。

 広げた雷翼で羽ばたいて、雷撃と同じ速さで駆ける。

 その速度はもはや人間のまともな感覚では追いつけない領域だ。俺自身、五感を駆使しても、どれくらいの速度で動いているか、正確にはわからない。

 しかし、どうするべきかはサンダーバードの本能が教えてくれる。魂に流れ込んだ情報に基づいて、赴くままに動けば行動は――攻撃は成立する。


「――」


 あっと言う間の至近距離。

 亀裂で可視化された透明の障壁に紫紺刀を叩き込む。金槌で窓硝子を叩いたような音が響いて障壁は崩れ落ちた。

 これで彼の身を護る魔法はなくなった。次の魔法を――無詠唱すら顕現させる暇など与えない。

 地面を踏み締め、蹴りつけ、すでに後方へと身を引いていた仮面の彼に肉薄する。間合いに踏み込み、紫色の一閃が遡る雷の如く這い上がった。


「――本当に」


 自分でも満点に近い動きだったはずだ。

 この上なく、相手を追い詰められた一撃だった。

 そのはずなのに――


「なんで止められるんだよっ!」


 一撃は一振りの剣に受け止められていた。人間の神経伝達速度では反応すら許さない速度で繰り出した一刀だったのに――威力だって剣一本くらいならたやすく断ち切れてしまうはずなのに――仮面の彼は平気な顔をして受け止めきった。


「――」


 轟く雷鳴のごとく攻め立てる。一撃一撃が稲妻のように駆け、それでも仮面の彼はそれを捌き、いなし、あまつさえ反撃すら繰り返してくる。

 一進一退の剣戟の嵐。

 風のように馳せる剣撃と、雷のように駆ける一刀。秒針が時を一つ刻む狭間に、無数の刃の閃きが弾けて消える。

 永遠とも思える一瞬に、数え切れないほどの剣撃を重ね――その終わりは唐突に訪れた。


「――警告。魔力残量が急激に減少しています」


 精霊の警告。魔力の減少。魔力は命の残量に等しい。底を尽きればスケルトンとしての活動が停止する。

 サンダーバード・ウィングによる雷化を利用した高速移動。

 その代償として消費する魔力はほかの形態よりもはるかに多い。物凄くはやく動ける代わりに大飯食らいだ。

 サンダーバードが大規模空間の魔物を狩り尽くすほどに食糧を求めた理由は、これだった。とどのつまり、とてつもなく燃費が悪い。


「くそっ――」


 このまま打ち合っていても勝機は見いだせない。攻めきれず、魔力が尽きてしまう。

 否応なく退避を余儀なくされ――仮面の彼が繰り出した剣撃を潜り、後方へと跳びのいた。


「まずい……な」


 この形態の速度に対応されてしまうのなら、残された手段は限られている。

 絶氷または劫火で耐久戦に持ち込むか、あるいは周囲を囲っている黒い光の壁を破って逃げるか。出来れば前者はやりたくない。加減を間違えれば互いに死にかねない。かと言って、黒い光の壁を破るのもまた難しい。

 考えが纏まらないまま――思考は強制的に停止させられる。


「――其は棚引く――」


 魔法の詠唱。距離を取った俺を見て、隙と判断した結果だ。

 その後に顕現する魔法がどんなものであれ、俺はそれを阻止しなければならない。考えている余裕などなく、だからこそ今一度、仮面の彼の懐へと踏み込んだ。

 無策の突貫。下策も下策。それでも完全な形の魔法を許すよりははるかにマシ。

 刹那の時を費やして至近距離から紫紺刀を振るう。紫電の軌跡が弧を描き、鋒は真っ直ぐに仮面の彼へと落ちた。

 その刹那。


「――」


 仮面の彼は対抗する意思を見せなかった。

 彼はただ剣を投げ捨て、両手を広げてみせた。

 攻撃の瞬間、サンダーバードの本能に身を任せていた刹那に垣間見た、無抵抗。

 それを認識してすぐ紫紺色の刀身は、そして純白の仮面を割った。


「はぁ……はぁ……」


 刃はその向こう側まで届かなかった。届かせなかった。

 寸前のところで、人殺しになる未来を拒絶した。

 からりと割れた仮面が落ちる。


「はっはははっ――あははははははははははははっ」


 笑いに笑う。

 仮面の彼――いや、仮面が落ちたことによるものか、澄んだ声となった彼女は――大いに笑った。可笑しそうに、愉快そうに。


「いやー、なんだいなんだい。言っていた通りじゃあないか」

「な、なんなんだ……いったい」


 大笑いする彼女から二三歩後退りして距離を取る。

 得体が知れなくて怖い。


「あぁ、悪いねぇ。話の真偽って奴を、どうしても確かめておきたくってね」

「は、はぁ……?」


 話がどうにも見えない。

 さっきまであれほど凄まじい剣戟を繰り広げていたって言うのに、どうしてこんなにも彼女は親しげなんだ? 頭の中に疑問符ばかりが浮かんでくる。

 そうしていると――


「し、師匠!?」


 その疑問符を解消してくれる人物がこの小規模空間に現れた。


「とても驚きました。予想外すぎます」

「はっはー、ちょっと遅かったんじゃないかい? 美鈴」


 ぱちんと指が鳴らされ、黒い光の壁が消滅する。

 背後に振り向くと、ちょうどフードを脱いでいた美鈴がいた。


「師匠って……」

「はい。私が魔法剣士として、そして探求者として、師と仰いでいる人です」


 美鈴はこちらに駆け寄り、そう説明してくれた。


「でも、師匠がどうしてここに」

「いや、なに。この後、すこし家を空けることになるから、その前にたしかめておこうと思ってね」

「たしかめるとは?」


 小首を傾げた美鈴に、師匠は告げる。


「あんたが随分と入れ込んでるスケルトンってのがどんな奴なのか、だよ」

「い、入れ込むなんて」

「だってそうだろう。物置の奥にしまっておいたロストシリーズの貴重品を勝手に持ち出すくらいなんだ。入れ込んでない、は無理がある」


 美鈴を――ロストシリーズを指差して、師匠は愉快そうに笑みを浮かべている。


「こ、これは……その」


 色々とバレては不味いことがバレてしまったようで、美鈴は途端に歯切れが悪くなった。


「はっはー。まぁ、いいさ。そいつは仲間とすら連携が取りづらくなる装備だ。団体行動に向かない以上、ソロ以外では役に立たない無用の長物さ。好きなだけ使うといいさ」

「あ、ありがとう……ござます」

「うむ。で、だ」


 視線が美鈴からこちらへと移される。


「すこしお話をしよう、スケルトンくん。なに、剣で語らった仲だ。遠慮はいらないよ」


 そう言って師匠はなにかを二つ、自分と俺たちの前に放り投げる。

 地面に転がったのはビー玉のような小さな球体。それは直後に風船のように膨らんで、ソファーのような物体へと姿を変える。向かい合うそれらの片方に師匠は腰掛け――


「さぁ、かけなよ」


 不敵な笑みを浮かべていた。

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