終戦の祝宴
「はぁー……」
氷の中で長い息を吐いて、戦闘の終わりを実感する。
サンダーバードは息絶えた。もう紫電を迸らせることもない。
周囲の魔氷を魔力に還し、重力に引かれてサンダーバードの死体とともに落ちた。
「トオルくん……終わったの?」
術式を解いたリーゼが恐る恐るといった風に言葉を紡ぐ。
「あぁ、終わったよ」
そう言ってやると、リーゼの表情から畏怖が掻き消えた。
「夢……みたい。本当に……終わったんだ」
崩れ落ちたリーゼは辛うじて槍を杖代わりに持ちこたえる。
「はぁー……よかったぁ……」
心からの安堵が声に乗って溢れ出す。
魔氷の名残で息が白く色付いて融けていく。
「さて、と」
リーゼからサンダーバードの死体へと目を向ける。
まだ大事な用が残っている。
この遺体から遺骨を吸収しなければ。
「よし」
断ち斬った首から骨に手をあてて混淆を発動する。
瞬間、指先からサンダーバードの骨格が流れ込んでくる。
「うっ……ぐう……」
変異の兆候である苦痛が全身を駆け巡り、骨格が軋んでより無骨に変貌した。
とくに翼はより強固なものとなり、身に纏う魔力も紫色に染め上がる。
変異は無事に滞りなく終了し、俺は新たな力を獲得した。
「――サンダーバード・スケルトンに変異しました」
精霊の確認もとれ、この身に雷の魔力が宿った。
背の両翼が紫電を帯び、全身へと迸る。
軽く跳んで具合を確かめるために飛翔する。
空中を二度三度と急旋回し、変異の実感を得た。
空中機動のキレが増している。これなら不慣れだった空中戦もさほど苦もなくこなせるはずだ。
それに――
「あれを……」
目を向けたのは共に落ちてきた遺物たち。
サンダーバードの支配下から脱したそれらは、次の命令を待つように沈黙している。
ただそこにいて、立っているだけ。電源は入っているが、スリープモードと変わらない。
俺はそれへと手の平を伸ばし、雷の魔力で紫電を放つ。
虚空を貫いて遺物にまで届き、紫電が内部に入り込む。それにより遺物たちは命令を得て、動き出した。
「それっ!? サンダーバードの……能力」
「サンダーバードから奪い取ったんだ」
「……つくづく、予想の斜め上を行くわね。トオルくんって」
あはは、とリーゼは笑う。
「おーい!」
そうしていると遠くから野太い声が聞こえてくる。
そちらを見てみれば壊れ果てた出入り口から、ドワーフたちが現れていた。
傷を負っている者や、仲間に肩を借りている者もいるが人数に欠けはない。
全員、生き残ってそこにいた。
「倒したんですね、サンダーバードを!」
「聞くまでもねぇ! 急に遺物が大人しくなったんだ! それが何よりの証拠だろ!」
「やったぜ! これで食料難にならずに済む! 気兼ねなく肉が食えるぞ!」
うるさいほどの歓声が上がり、ドワーフたちは喜びを分かち合う。
その様子からして、クローンのほうは片が付いているみたいだ。
まぁ、この近くにいる個体に限られるだろうけれど。
「じゃあ、みんなのために肉をとってこないとな。リーゼ、一緒に来てくれるか?」
「クローン施設を止めにいくのね? いいわ。でも、一番いいお肉は私がもらうわよ」
「ははっ、わかった。それでいい」
ドワーフたちの元に向かい、ここで待つよう指示してからリーゼとともにクローン施設へと向かう。
道中、やはりと言うべきか大量のクローン体が立ち塞がった。
だが、新しい力を得た今の俺なら処理はたやすい。
「ぴりっとするぞ」
雷の魔力で紫紺刀を構築し、一閃を描いて雷刃を放つ。
進路にいたすべてのクローンを斬り裂きながらそれは馳せ、通路上に死体の山を築き上げる。
しかし、それだけにとどまらない。
雷刃が消えてもなお影響力は残り、死体を乗り越えようとした者を感電させる。
あとは痺れて動けないクローン体にゆっくりと近づき、一刀のもとに斬り伏せていく。
「改めてみると、強力な能力よね」
感電して動けなくなった魔物に、槍が突き放たれる。
穂先は魔物を貫いて、一撃のもとに息の根を止めた。
「だな。我ながらよく勝てたもんだ」
倒した魔物たちからの遺骨回収も忘れず、適度に行いながら返事をする。
久々の魔力供給はありがたみを感じずにはいられない。スケルトンの特性は便利なものなのだと気づかされた。魔力のやりくりに苦心することがなくなると思うと、心の底から安心する。
まったく遺物たちには苦労させられた。
「なんだか夢を見ているみたいだわ」
「夢を叶えたんだろ?」
「あははっ、そうだったわね」
押し寄せるクローン体を薙ぎ倒し、俺たちはクローン施設に舞い戻る。
数多の水槽には、割れて機能しなくなったものが幾つかある。しかし、割れていない水槽ではすでに新しく造られたと思しきクローンの子供が浮かんでいた。
あとすこしもすれば、彼らも成体となって解き放たれることになる。
「とりあえず、一度、停止させようと思うんだけど」
前方へ紫電を流し、クローン体を感電させながらリーゼに意見を求める。
「そうね。暴走しているみたいだし、そうするしかないかも」
「よし。なら、流すぞ」
合図して大きめの出力で紫電を施設に流し込む。
紫電が施設内を駆け巡り、次々に機能を停止させていく。
こういうやり方は故障を招くからよくないのだろうけれど、ほかに代案もないことだし致し方なしだ。
そうして施設は全機能を停止し、真っ暗闇に包まれた。
「これでとりあえずクローンの問題は解決だな」
もうクローンが手に負えないほど製造されることはない。
再起動させない限りは、だけれど。
「おつかれさま。さ、みんなのところへ戻りましょう」
戻る道すがら見かけた遺物に紫電を流し、再起動させておく。こうすることで製造所の各地に散らばっているであろうクローン体を、遺物たちが自動で狩ってくれるはずだ。
この施設群をドワーフが使うためにも、後始末はきちんとしておかないとな。
いや、しかし、電気って素晴らしい。
それから精鋭部隊と再度合流し、俺たちは製造所をあとにした。
勝利の凱旋である。
イーエスへと戻ると、割れんばかりの大喝采で俺たちは迎えられたのだった。
「よく! よくやってくれた! うおおおおおおおおっ!」
男泣きするラシルドの逞しい腕に抱き寄せられる。
「ちょっ、ちょっとぉ!」
「く、くるしい」
今度はどちらも逃げられなかった。
「――今日は街の連中より一足早く宴をするぞ! みんな頑張ったんだから、これくらい罰も当たらねぇさ!」
「おおおおおおおおおおっ!」
大きな木箱の上でラシルドは宴の宣言をし、ドワーフたちはそれに同調する。
終戦したことによって余った物資をすべて開けてしまい、今日という日を祝うために消費する。それは帰り道のことをきちんと考えているのだろうか? と心配をしてしまうほどの豪快さだった。
果てにはどこから取り出してきたのやら、秘蔵の酒だとか、隠しておいた熟成肉だとか、色んなものが次々に出てくる始末だった。
明らかに物資の中に入っていなかった嗜好品がどっさり出てくる。
「いいのか? あれ」
普通なら咎められそうなものだが――というか、本当にみんな何かしらを隠して持ってきているように見える。
「いいの。私たちはそういうのが当たり前だから。かくいう私も、持ってきちゃいけないものを二つ三つ、持ってきちゃってるから」
「もう正式に許可すればいいんじゃないか? この規模になると」
常習化というか、暗黙の了解というか。
「わかってないわねぇ。こういうのは隠れて持ってくるからいいんじゃない。ほら、トオルくんにも分けてあげる」
そう言ってリーゼは吊されたハムを差し出してくれた。
薄く切られたものじゃなくて塊そのものを持ってきていたのか。
見つかったら取り合いになりそうなものを、よくもこの時まで隠していられたものだ。
「それじゃあ、ありがたく」
ハムを受け取った。
「細やかだけど宴は始まったばかりよ。楽しみましょう」
踊ったり、歌ったり、食べたり、飲んだり。それが出来ればどこだって宴はできる。
そう言わんばかりにドワーフたちの快活な声がイーエスの廃墟に息吹のように響き渡る。
その様子には活気が溢れ、見たこともないのに、ありし日のイーエスが目に浮かぶようだった。




