豪腕の雪男
「そうだ。あの……なんだっけ? 探求者? は、どうなった?」
「――無事に仲間と合流しました。いまはダンジョンを後にしています」
「そいつはよかった」
サラマンダーの相手をしているうちに逃げられたか。
仲間と合流したってことは、はぐれていたところを襲われたみたいだ。
考えて見れば、それもそうだ。
魔物が跳梁跋扈するダンジョンに、単身で乗り込むなんて自殺行為。
何はともあれ、無事ならそれでいい。
身体を張った甲斐があったというものだ。
「それで、だ」
憂いであった少女の無事を確認して気がかりはなくなった。
これですっきりとした思考で事に当たれる。
だから、考えよう。
サラマンダーをどう倒すかを。
「……まず必須になるのが変異」
コボルト・スケルトンのままではどう抗っても勝算がない。
先ほどの一戦で、それを嫌と言うほど思い知った。
コボルトよりも上位の魔物へと変異しなければならない。
できればサラマンダーから有利を取れる変異が望ましい。
「火に有利なのは……やっぱり水だよな」
火には水。
昔からのお決まりだ。
水に関係する魔物へと変異できれば勝機が見いだせるか?
コボルト・スケルトンに変異して、コボルトの真似事ができるようになった。
なら、水の魔物へと変異すれば、水を操ることができるかも知れない。
火に対して有利な特性を得られる可能性がある。
「水に関係していて、いまの俺でも勝算のある魔物……」
候補を色々と思い浮かべつつ、ふと口から言葉がこぼれる。
「――シーサーペントが該当しました」
それを認識した精霊が、一つの名称を告げる。
「シーサーペント?」
あまり聞き馴染みのない名称だ。
海の蛇。
ウミヘビ?
「――海原に現れ、船を襲う大蛇の魔物です」
「大蛇の魔物か」
俺の予想は大きく外れてはいなかった。
ただ規模が桁違いに大きかっただけ。
船を襲うほど大きな蛇か。
でも、そのシーサーペントがここにいるのか?
「ここダンジョンだけど」
「――ダンジョン内に水没した空間がいくつか存在します」
なるほど、水没エリアがあるのか。
いくつか存在するなら、水生の魔物も種類が多いかもな。
シーサーペントもその一つ。
新鮮な骨格を吸収できれば変異できるかも知れない。
「そのシーサーペントと万全の俺が戦って勝てる確率は?」
「――七パーセントです」
「ひっく!」
七パーセント。
一桁って。
「たしかにゼロじゃないけどさ」
それにしても確率が低すぎる。
この状態で倒しにいくのはあまりにも無謀だ。
サラマンダーを倒すためのシーサーペントを倒すための魔物をまず倒さなければ。
「水……水には……氷かな」
水が凍って氷になれば、水中の生物は動けなくなる。
でも、氷に関係する魔物って見当がつかないな。
いや、氷でなくても電気があるのか。
そう考えていると。
「――ジャックフロストが該当しました」
精霊が魔物の名称を告げた。
「ジャックフロスト……それは聞いたことがあるな」
たしか氷の精霊だったはず。
姿は諸説あって雪だるまだったり、雪男だったりする。
怒らせると氷付けにされて殺されてしまうとか。
「勝てる確率は?」
「――五十二パーセントです」
「五十二……」
二回に一度は負ける。
十回に五回は死ぬ。
命懸けで戦いを挑むには、低すぎる生存率だ。
しかし、そのジャックフロストを倒さないと先に進めない。
厳しい戦いになるだろうが勝算はあるはず。
「……よし」
四の五のと言い訳を並べるのは止めにしよう。
やるか、やらないかの二択。
なら俺はやるほうを選ぶ。
ジャックフロストを倒す。
サラマンダーを倒す、最初の足がかりとして。
「そうと決まれば、まずは魔力の補充からだな」
サラマンダーと戦って、酷く消耗してしまった。
流石にこの状態で挑むのは自殺行為だ。
まずは体長を万全に整えてから挑むとしよう。
「――これで補充は完了かな」
消耗した魔力の補充は魔物狩りによって完了した。
コボルト・スケルトンとしてのレベルが上限に達したからか。
それともサラマンダーとの戦いで要領を掴んだからか。
低位の魔物なら複数体を一度に相手しても、軽くあしらえるようになっていた。
お陰で魔力の補充が短時間で済んだ。
まぁ、ダンジョンに昼も夜もないから、あくまでも体感時間でしかないが。
「そう言えば、俺が目覚めてからどれくらい日にちが経ってるんだ?」
「――七日と十六時間です」
「もうそんなに経っているのか」
自分の感覚では二日三日くらいだと思っていた。
まぁ五十年近く眠っていたんだ。
体内時計に多少の狂いが出てもしようがないか。
「さーてと、それじゃあ行きますか」
準備は万端になった。
あとは腹を括って戦いに向かうだけ。
精霊にジャックフロストの居場所を教えてもらい。
俺はダンジョンを駆け抜けた。
そしてこのダンジョン内で、極めて珍しい鮮やかな白を見た。
「雪……雪が降ってる」
その空間には雪が舞っていた。
そして、なぜだかとても明るい。
「光ってるのか? 雪が」
足下の雪を掌で掬ってみる。
よくよく見てみると、やはり雪が優しく発光していた。
「どういう理屈なんだ?」
「――この空間の天井に六花草の群生を確認しました」
「六花草って?」
「――大気中の魔力を吸収し、雪に酷似した結晶を放出する植物です。六花草によって生み出された結晶には、一定時間の発光現象が生じます」
「へぇー……不思議なもんだな」
骨の身体になって、温度を感じなくなってしまった。
この雪のような結晶が冷たいのか温かいのかはわからない。
けれど、恐らく冷たいのだろう。
「ジャックフロストがここに棲んでいるのも納得だな」
掬った雪を散らして、周囲を見渡した。
見渡す限りの白、白、白。
空間を区切る岩壁も白に染まり、大きな雪のかまくらにいるような気分になる。
そうして美しい雪原を見渡していると、ふと違和感を感じた。
ある一箇所だけが異様に膨らんでいる。盛り上がっている。
警戒をしつつ、そちらへとゆっくり足を進めた。
そして、ある程度の距離にまで近づいた瞬間、それは現れた。
「グォオオオオオオオッ!」
真っ白な体毛で全身を覆う、雪男。
ジャックフロストが、雪の中から飛びだした。
「――っ」
舞い上げられた雪の幕で視界を塞がれた。
このままでは不味いと直感し、雪の地面を大きく蹴る。
跳躍による大きな退避。
それを実行に移した、直後のことだった。
雪の幕から屈強で無骨な握り拳が飛びだし、地面を穿ったのは。
そのたった一撃で、雪の下にあった岩肌が陥没した。
「なんてっ……馬鹿力だっ」
舞い散った雪とともに着地する。
ジャックフロストは、ゆっくりと地面から拳を引き剥がした。
あの腕力、あの剛力はコボルトの比じゃない。
いったい人間の何倍、何十倍あるって言うんだ。
「こいつは……強敵だな」
二回に一回は負ける。
十回に五回は死ぬ。
その確率が現実味を帯びてきた。
だが、二回に一回は勝てるし、十回に五回は生き残れる。
だから、気圧されない。
必ず勝機を掴んでみせる。