紫色の閃光
真正面から肉薄し、互いに攻撃が届く間合いへと踏み込む。
先手を打つのは機械獣。
駆ける勢いをそのままに鋼鉄の爪が抉るように虚空を裂く。
身に迫る一撃は、しかし俺を捉えることはない。
「――」
ヒポグリフ・フェザーの脚力はコボルトのそれすら上回る。
どれだけ鋭い一撃であろうと、この俊敏性を持ってすれば回避はたやすい。
なにより戦い慣れた地上だ。
足は止めない。
身を低くして前のめりに駆け抜け、機械獣の先手を躱す。
頭上スレスレを爪が過ぎ、前傾姿勢のまま這うように攻撃をかいくぐる。
目指すのは右の後ろ脚。
石畳の地面を踏み締めて一息に加速し、ヒポグリフ・フェザーから操雷ダガーを取り出した。
「二つッ」
紫の一閃が馳せ、深々と機械獣の後ろ脚に突き刺さる。
刀身の根元まで突き刺さり、これで合計は二つ。
五分の二。
四十パーセント。
だが、喜んではいられない。
「――なっ」
操雷ダガーから手を離した瞬間、日の光が遮られる。
影に呑まれ、咄嗟に見上げた空には身をよじって跳んだ機械獣の姿があった。
奴はあの巨体で曲芸じみた跳躍をやってのけたのだ。
背中のブレードの一本は、すでに地面へと伸びていた。
その鋒は石畳の地面に傷跡を刻みながら弧を描いてこちらへと迫る。
「ぐっ――」
掬い上げられるかのような太刀筋がこの身に跳び込んでくる。
しようなく透明刀で下方からの斬撃を受けた。
生じるのは凄まじい衝撃と、得物同士が奏でる戦闘音。
硝子をそれで破壊できるのではないかと思うほどの甲高い音波が響く。
当然、まともに受け止められるはずもなく。
勢いに攫われた身体が地面を滑る。
「なんて――奴だっ」
身を攫われながら、両の足でどうにか踏ん張って勢いを殺す。
踏み止まり、再び目視した機械獣はすでに地上に降りていた。
数多の銃口を向けて。
そこには容赦も慈悲もない。
ただ敵を排除するという目的のためだけに機械獣は無数の火を噴いた。
押し寄せる波の如く、鉛の弾幕が放たれる。
魔法も、結晶壁も、魔法や特性を用いない物理的な攻撃を防ぐのに向かない。
打ち続けられればたやすく壊れてしまう。
だから――
「これならっ」
即座に自身の左手を地面につき、腕ごとジャックフロスト・ボディに変換する。
石畳の上を走るのは氷の魔力。
触れす者すべてを凍結させる冷気の波は、氷の壁となって迫り上がった。
堅牢で分厚い魔氷の防壁。
掃射された鉛の群れは、氷壁に埋まりはすれど突き抜けることはない。
ことごとくが半ばほどで停止し、こちらにまではやって来られない。
魔法にも、特性にも、向き不向きがある。
実弾が相手なら、こちらのほうが対処しやすい。
「とはいえ……」
宝石の得物と違って、魔氷は消費する魔力が多い。
多いというか、魔力補充が容易ではない現状では効率が悪い。
出来れば多用したくないものだが、ケチって時間を掛けていては本末転倒。
悩ましいところだが、多少の出費は必要経費として割り切ったほうが良さそうだ。
「――」
ばらまいた鉛玉に意味はないと悟ったのか。
けたたましい銃声がぴたりと止む。
代わりにとばかりに物騒な駆動音と振動が地面を伝う。
総重量何トンにもなろう鉄の獣が石畳を踏み締めて駆ける。
颯爽と駆ける様は野生生物を彷彿とさせ、銀色の装甲が本当に風に靡いているようにも見える。
駆け抜けた銀の一閃は魔氷へと爪を伸ばし、一撃のもとに斬り崩す。
破れた氷壁を越えて機械獣がこちら側へと足を踏み入れた。
だが、俺もただそれを黙ってみていたわけじゃない。
「――?」
魔氷はジャックフロストの行動を阻害しない。
魔氷と一体化したジャックフロストは、たとえ相手が機械でも身を隠し通せる。
鋼鉄の爪が魔氷を斬り崩すのを、俺はほかならぬ魔氷の中で眺めていた。
そうとは知らず、気がつきもしない機械獣は俺に後ろ姿を晒している。
そして、この絶好の機会を逃すほど俺も抜けてない。
「三つ!」
氷壁から抜け出して不意を打つ。
まったく予想外の方向からの奇襲に機械獣は対処することも叶わない。
ジャックフロスト・ボディから操雷ダガーを抜き、左の後ろ脚に刀身を突き立てた。
「――」
根元まで突き刺さる紫の刀身をもって、機械獣はようやく俺の居場所を知る。
即座に身をひねり、反転し、右の前脚を振り下ろす。
機械による強力な馬力によって放たれた一撃はとても脅威的だ。
しかし――
「力比べだっ」
全身をジャックフロスト・ボディに変えた今の俺は、その怪力をフルに引き出せる。
頭上から降る一撃をジャックフロストの怪力をもって受け止めた。
瞬間、多大な負荷が全身に刻まれる。
骨格の節々が軋み、痛みが生じ、背骨が潰れそうになる。
踏み締めた石畳は発泡スチロールのごとく砕け散り、周囲に亀裂を走らせた。
けれど、それでも受け止めきる。
「これ……で……」
シーサーペント・スケルトンになった際に、俺の腰からは骨の尾が生えている。
全身をジャックフロスト・ボディにしても、その尾がなくなることはない。
氷の魔力で覆われた尾。
その先端へとしまっていた操雷ダガーを送り、巻き取るように掴む。
「四つッ」
伸びた尾は鋼鉄の爪を迂回するようにして伸び、右の前脚に紫色の刀身を突き立てた。
操雷からほとばしる紫電が回路を侵食し、機械獣に僅かな隙が生じる。
それを見逃すことなく、ジャックフロストの怪力をもって前脚を押し返した。
「あと一つ!」
四肢に一つずつ。
五分の四。
最後の一本を奴の背中に突き立てれば、奴を強制的に停止させられる。
一息に勝負を決めようと、全身をヒポグリフ・フェザーへと変換し、その脚力で地面を駆けようとした。
「――」
しかし、機械獣はそれを待っていたかのように砲門から弾頭を撃ち放つ。
俺に向かってではない。
自身の足下に、だ。
「なっ――」
弾頭は即座に着弾して爆ぜた。
爆炎、爆風が無差別に周囲を襲う。
その煽りを受けて、この身体も吹き飛んでしまった。
自身をも厭わない近距離爆破。
肉を斬らせてでも骨を護る。
自身を爆炎に晒しながらも機械獣は俺を遠ざけた。
「くそっ! 仕切り直しか」
爆発の勢いを両翼で相殺して体勢を立て直す。
地に足をつけて正面に捉えた機械獣は装甲が煤けていたが、ダメージを受けている様子はない。
損傷した電磁バリアが瞬く間に修復されていくのを見るに、あれは計算でやったのだろう。
「あと一つが遠いな」
機械獣は背にブレードを三枚ほど背負っている。
それが邪魔でしようがない。
奴の背中に操雷ダガーを突き立てるには、まず邪魔なブレードをどうにかしないとだが。
壊すわけにもいかない以上、機械獣自身に使ってもらうしかない。
三本のブレードが使用された直後にのみ、銀色の背中はがら空きになる。
「さて、どうしたもんか……」
紫紺刀を握り直し、睨み合いながら思考を巡らせる。
そうしていると機械獣のほうから先に動いてくれた。
弾頭も鉛玉も爪も牙も効果的ではないと学習した機械獣が打つ、次なる一手。
それは必然的だった。
機械獣にはもうそれしか打つ手が残されていない。
背負ったブレードが駆動する。
翼を広げるように二枚のブレードが左右に展開され、中央の一枚が突きの構えを取る。
その一連の動作はすべて背中とブレードを繋ぐ、多関節の強靱なアームによってなされていた。
「最後は肉弾戦ってわけか」
ブレードを使ってくれるなら、それは望むところだ。
これで背中に操雷ダガーを突き立てやすくなった。
同時にブレードという脅威が現れたが、それはどうにかしよう。
「――」
機械獣が吼える。
同時に、凜とした風切り音を纏いながら駆けだした。
こちらもそれに合わせて駆け抜ける。
真正面から接触し、一瞬にして間合いが埋まる。
先手を打つのは、やはり機械獣。
中央に構えられたブレードが駆動し、鋭い突きが放たれる。
視界を縦に割るその一突きを右方向へと跳んで躱し、ブレードの剣先が浅く地面を抉って跳ねる。
初手の突きを躱したところで、まだ安心はできない。
機械獣は足を止めず、俺も進み続けている。
俺の視界は直ぐさま横に割られてしまう。
翼のごとく展開された第二のブレードが迫ってきているからだ。
このまま愚直に進めば胴体が真っ二つになる。
当然、そうなるつもりは欠片もない。
かと言って前進を止めるわけでもない。
行動を起こすのはブレードと接触する数歩手前。
駆ける勢いをそのままに軽く跳び、滑るように着地する。
限りなく低くなった体勢の上をブレードが過ぎる。
剣閃の軌道をかいくぐり、初手に続く二撃目も躱してみせた。
「――」
しかし、そこまで織り込み済みとばかりに機械獣は更に攻撃を畳み掛けてくる。
ブレードをくぐった先で待ち受けるのは、鞭のような鋼鉄の尾だ。
その先端に取り付けられた鉄球が、俺を打ち砕こうと振るわれる。
「ええい、忙しいっ!」
息つく暇もない。
しなる鉄球の尾を回避するため、左足で強く地面を蹴る。
尋常ならざる脚力をもって、敷き詰められた石材を踏み砕く。
自分の身体を舞い上がらせ、向かう先は駆け抜ける機械獣の頭上。
ここからなら、がら空きになった背中が狙える。
そう確信し、最後の操雷ダガーに手を掛けた。
瞬間――視界の端に鈍色が光る。
「な――」
それは届くはずのない一撃。
上空にいる俺に目がけて薙ぎ払われるブレードの一刀。
初手の突きに使われたものが、軌道を修正してここまで追ってきた。
多関節のアームは、翼を有した俺のもとまで銀色の刃を届かせた。
「――くそ」
完全に意識の範囲外からの攻撃だった。
もはやヒポグリフの能力をもってしても回避は間に合わない。
俺に出来たのは、ブレードがこの身に届くまえに特性を変換すること。
数ある特性の中で最も堅牢なサラマンダー・シェル。
赤熱の鎧がブレードの刃を阻み――しかし勢いまでは殺せない。
バッドで打ち返されたかのごとく、俺は地面に叩き付けられる。
生憎と、野球ボールのように跳ねも弾みもしなかったが。
「あ……ぐ……」
衝撃で揺れる視界。低く響く鈍痛。明確な太刀傷が刻まれたサラマンダー・シェル。
陥没した地面の中心で身を埋めながら、状況把握は進んで行く。
けれど、その完了を機械獣は待ってくれない。
「――」
現れるのは、影。
人工太陽の日光を遮ったのは、全体重がかかっているであろう右の前脚だ。
そのまま斬り裂かれるように鋼鉄の爪が振り下ろされ、踏み潰すように前脚が落ちる。
それを何とかサラマンダー・シェルの両腕で受け止めた。
「ぐ、が……」
サラマンダー・シェルにジャックフロスト・ボディのような怪力はない。
かといってジャックフロスト・ボディにすれば鋼鉄の爪に斬り裂かれてしまう。
押し返すことも叶わず、ただ鋼鉄の爪が赤熱の鎧に食い込んでいく。
一瞬でも気を緩めれば、たちまちスクラップになるのは明白だった。
身動きが、とれない。
爪の隙間から垣間見える機械獣の顔は、心なしか勝利を確信しているようにも見えた。
「――あれ、は」
機械獣の重量に押し潰されて、地中へと沈んでいく最中。
ふと視界の片隅で、なにかが輝いたのを見る。
そして――俺も勝利を確信した。
「……よう……聞きたいことが……あるんだけどさ」
そう話しかけながら、自身の頭部をサラマンダーからカーバンクルへと変換する。
「機械のお前でも……あれを見抜けたか?」
額の宝石に魔力を集めて閃光を放つ。
放つ先は機械獣ではない。
視界の片隅で輝いた、なにかに向かってだ。
それは俺が以前に楔として打ち込んだもの。
方向転換のために石畳の地面に突き刺した、紫紺刀。
紫紺刀は宝石の魔力で造られたもの。
宝石の性質を有しているのなら、カーバンクルの閃光を意図した方向へ跳ね返せる。
それも刀身に蓄えた雷の魔力を上乗せして。
閃光は紫色に染まることで雷の属性を有し、跳ね返った先にある機械獣の電磁バリアを撃ち抜いた。
横っ腹にデカい一発を叩き込み、その威力は機械獣の巨躯を揺るがした。
「見抜けなかったみたいだな!」
体勢が崩れたことで前脚にかかる負荷も軽減された。
これでサラマンダー・シェルの力でも十分に押し返せる。
全身全霊を込めて鋼鉄の爪を払い退け、機械獣による拘束から離脱する。
そして――
「これで終わりにするっ」
今一度、操雷ダガーに手を掛けて引き抜く。
同時に全身をヒポグリフ・フェザーに変換。
上空へと舞い上がり、すぐさま急下降する。
「――」
雨の一滴がごとく落ちる俺に向けて、機械獣は三本のブレードを天に差し向けた。
串刺しにせんと迫りくる剣先は、しかしもはや脅威ですらない。
連なる三撃の突きをすべて紙一重で躱しきり、落ちる。
機械獣の背はすでに間合いの中、ためらうことなく最後の操雷を機械獣の背に突き立てた。
「――ッ――!? ――!! ――」
合計五つの操雷を突き立てられた機械獣は、その機能が強制的に停止していく。
操雷を突き立てた順に動かなくなり、それでも背に乗った俺を振り落とそうともがく。
その動作に抗うことなく地上に降りると、四肢の自由が利かなくなり、地面に這い蹲る。
そうして最後までこちらを見据えながら、その双眸は光を失う。
機械獣は完全に沈黙した。
「手間……かけさせやがって……」
すこし大きめの溜息をはく。
本当に息を吐いているわけではないが、気分的にそうしたかった。
相手に大きなダメージを与えずに無力化する。
そのことの大変さが身に沁みて理解できた。
二度は御免だ。
「けど……まぁ……とにかくだ」
機械獣は沈黙した。
俺は役目をまっとうできた。
そう確信を抱き、通信機を手に取る。
「リーゼ。こっちは片が付いた」
「――待ちかねたわ! その言葉! 待ってて! すぐに行くから!」
溌剌としたリーゼの声が聞こえて通信が切れる。
通信機ごしでも声音が弾んでいるのが聞き取れた。
大事な作戦のまっただ中だというのに、肝が据わっている。
まぁ、これだけいい反応を返されると、頑張った甲斐があるというものだ。
「ちょっとだけ……休もう」
機械獣の上に腰掛け、一息を入れる。
空を見上げたりして、あちらこちらから鳴り響く戦闘音に耳を傾けた。
まだ戦いは続いている。
けれど、それもあとすこしで終息するだろう。
この機械獣を味方に付けることによって。
こいつが暴れ狂う姿を見るのが楽しみだ。




