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変異の上限


「コボルト……スケルトン」


 スケルトンから、更に別の存在になった。

 身体を構成する骨の太さが、頑丈さが、無骨さが、増している。

 走っていたひび割れも治っていた。


「これはいったい……」

「――豊富な魔力を蓄えた鮮度のよい遺骨と混淆したことで、変異が促されました」


 豊富な魔力と鮮度。


「骨にも鮮度があるのか……」


 考えて見れば、それもそうだ。

 時間の経過と共に、骨は風化していく。

 生きている間に培っていたものが、すこしずつ失われる。

 コボルトの左腕も、ゴブリンの指骨も、風化していたものだった。

 俺は今まで魔物の残滓を取り込んでいたに過ぎない。

 けれど、今回は違う。


「コボルトの新鮮な遺骨だったから変異が起こった」


 この変異がもたらしたものは大きい。

 潜在魔力が大幅に引き上げられ、骨格の強度も増した。

 それに加えて、コボルトの魔力を奪い取っている。


「……こう、か?」


 以前にコボルトの左腕をそうしたように魔力を纏う。

 すると、やはりと言うべきか。

 左腕のときと同様に、全身が獣の魔力に包み込まれる。

 それは形をなし、今は亡きコボルトを象った。


「――コボルト・ファーを会得しました」


 コボルト・ファー。

 毛皮か。

 毛皮を被っているように、見えるかも知れないな。

 スケスケだけど。


「んー……」


 ふと、貝塚が目に映る。

 すこし離れた位置にあるそれに向けて、右手を振るってみる。

 すると獣爪が虚空を引き裂いて馳せ、同時に魔力の刃が発生した。

 魔刃は爪を離れて飛び、貝塚に命中する。

 派手な音を立てて、細かな骨の数々が宙を舞った。


「なるほど……」


 以前よりも獣爪の威力が上がっている。

 おまけに飛び道具までついてきた。

 扱い方は魂に流れ込んできた情報で、感覚的に知ることができる。

 これは目標に、ネクロマンサーに、大きく近づけたんじゃないか?


「なぁ、今の俺ってどれくらい強いんだ?」

「――コボルト・スケルトンに変異したことにより、コボルトの魔力が加算されています。従来のコボルトより、スケルトンの分だけ強力であると思われます」

「ほんのちょっとだけコボルトより強いってことね」


 それでも大躍進だ。

 もうスケルトンやゴブリンは相手にならない。

 あれだけ苦戦したコボルトと同等以上になれた。

 ネクロマンサーも夢じゃない。

 朧気な目標が、微かに輪郭を帯びてきた。


「してみるか、試運転」


 コボルト・ファーを身に纏い、貝塚の空間を出る。

 通路に出ると、そのまま地面を蹴って掛けだした。


「うわっ、とととっ!?」


 初速から予想外に加速してしまい、慌てて速度を落とす。

 落ち着いて、ゆっくりと、自身の速さに魂を馴染ませていく。

 身体と魂のすり合わせはすぐに完了し、俺はそこから加速した。


「こいつはすごいっ!」


 まるで風にでもなったみたいだ。

 全身で風を切り、ダンジョン内を駆け巡る。

 この機動力、俊敏性は、スケルトンにはなかったものだ。

 骨だけだから疲れないし、息切れもしない。

 いつまでも走っていられそうだ。


「これなら――」


 ふと、進行方向に魔物の群れを見る。

 朽ちた武器と防具を装備したスケルトン。

 そこへ奇襲を掛けるように急襲し、両の獣爪を振るう。

 一振りすれば砕け散る。

 武器や防具なんて関係ない。

 剣は折れて、防具は引き裂かれ、意味をなさない。

 数的不利をものともせず、あっと言う間に群れを殲滅した。


「いける。いけるぞ、これならっ!」


 実際に戦ってみて、自分の戦闘力が実感できた。

 これだけ強くなれたのなら、効率的に狩りができる。

 魔力を喰って、潜在魔力を増やせる。


「もっと、もっとだっ!」


 粉砕した骨から魔力が溢れ、一つの魔力の塊となる。

 それを喰らい、潜在魔力を増やし、次の獲物を探しにいく。

 ゴブリンやスケルトンは、もはやただのエサだ。

 コボルトも奇襲を成功させればさほど苦戦しない。


「これで三十九匹目っ!」


 下方から突き放った獣爪が、コボルトの腹部を貫いた。

 抜き払うとともに、命尽きたコボルトは崩れ落ちる。

 そして、魔力が溢れ出すまえに、その骨格を吸収した。


「うーん? やっぱり、増えなくなってるな」


 コボルトの新鮮な骨格を吸収するのは、これで十度目だ。

 だが、七度目以降から潜在魔力の上限が増えていない。

 成長が、そこで止まってしまっている。


「これってどういうことなんだ?」

「――コボルト・スケルトンにおける潜在魔力の限界値に達しました。これ以上の成長は見込めません」

「限界値……潜在魔力は無尽蔵に増えるものじゃない?」


 たとえば、これがゲームだったなら。

 コボルト・スケルトンは経験値を得て、レベルが上限に達した状態ということ。

 レベルキャップに引っかかり、これ以降の経験値は無駄になってしまう。

 このレベルキャップの開放は、コボルト・スケルトンのままでは叶わない。

 より上位の存在にならなければならない。

 ここがコボルト・スケルトンの限界。


「……ひたすらザコ狩りをしてレベル100までって訳にはいかないのか」


 ネクロマンサーを目指すには、ここから更に変異する必要がある。

 コボルトよりも強い魔物を倒し、その鮮度のいい骨格を吸収しなければならない。

 つまるところ、これ以降の戦いは。


「常に格上と……戦わなくちゃいけないのか」


 自身より上位の存在を倒して吸収する。

 言うは易く行うは難し、だ。

 けれど、俺はそれを実行するしかない。

 人間として復活するためなら、どんな苦難だって乗り越えてみせる。


「よし、そうとなればやることは一つだ」


 自分よりも強い魔物を見つけて倒す。

 レベリングはもう終わっている。

 これ以上は、どう足掻いても強くはならない。

 なら、ジタバタしてもしようがない。

 腹を括って、覚悟を決めて、格上に戦いを挑もう。

 ここからは下克上の繰り返しだ。

 最弱のスケルトンが、最底辺からすべてをぶち抜いてやる。


「なぁ、いまの俺にも勝算がある上位の魔物っているか?」

「――該当する魔物は二種類ほど存在します。一つは――」


 そう精霊が告げようとした時、それを掻き消すような悲鳴が轟いた。

 決して魔物の物ではない、うら若き少女のような声がした。


「人間……人間がいるのか?」

「――現在地より三百メートル先に、ダンジョン攻略を目的とした探求者一名を捕捉しました」


 スケルトンとして目覚めてから、はじめて人の声を聞いた。

 どうする? いまの悲鳴はただ事じゃない。

 助けに向かうべきか?

 いや、まて。

 よく考えろ。

 いまの俺は魔物であって人間じゃない。

 下手をすれば、声の主と敵対することだってあり得る。


「――危機的状況に陥っています」


 それを聞いて、思考が一つになる。


「あぁ、もうっ!」


 この足はすでに動き出していた。

 地面を蹴り、高速で駆け抜けていた。

 誰とも知れない、赤の他人だ。

 助ける義理なんてこれっぽちもない。

 でも、五十年後のこの世界で、はじめて出会う人間だ。

 この仄暗いダンジョンの中で、俺は魔物ばかりを目にしてきた。

 人間なんて本当に生き残っているのかと、そう考えたこともある。

 けれど、今この先にいる。

 人間が、たしかに存在している。

 その事実に俺は救われたような気持ちになれた。

 人間に復活できた後に、帰るべき場所がまだあるような気がした。

 だから助ける。

 その誰かは、ただそこにいるだけで俺の希望となってくれたから。

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