不意の遭遇
なぜエルフの市場に人間の探求者が?
忍び込んだようには見えない。
明らかに許可を得てここにいる。
エルフと人間にはすでに繋がりが出来ていた?
五十年。
地球と異世界が繋がってから五十年近く経っている。
なら、人間とエルフが友好的な関係を築いている可能性は十分にある。
「……」
迂闊だった。
そんな発想すらなかった。
まさかここで探求者と鉢合わせるなんて。
「お前……朽金が戦ったスケルトンだな」
「なぜ、ここにいる」
探求者の数は五人。
その装備からして三人が前衛で、二人が後衛か。
顔はいずれも見たことがない。
朽金からの情報で俺のことを知っていたみたいだ。
だが、この慌てようからして彼らにとってもこの遭遇は想定外のはず。
想定外すぎて、この市場のど真ん中で剣に手を掛けてしまっている。
なんとか戦闘に発展するようなことだけは避けないと。
「なんとか言ったら――」
「――何事だ」
打開策を思案していると、シンシアが俺の前に立つ。
探求者に立ち塞がるように。
「……あなたは?」
「名を問うまえに剣から手を離せ。ここがどこで、己が何をしているか、よく思い出すことだ」
そう言われた探求者たちがはっとした表情をする。
次に周囲へと目をやり、ようやく狭まっていた視野が開ける。
そうして彼らはすぐに得物から手を離した。
「失礼をした。自分は探求者組合、中位探求者、村咲だ」
中位探求者。
その首には朽金と同じ銀のネックレスがある。
「警邏隊隊長、シンシアだ」
「隊長……」
隊長というシンシアの身分に、村咲は反応する。
不可解そうに眉間にしわを寄せていた。
「隊長殿にお聞きする。そのスケルトンがなぜここに」
「この者は精霊様の代弁者だ。我々エルフにとっての重要人物であり、我らの同胞だ」
「どう……ほう?」
わけがわからない。
そんな表情を村咲は浮かべた。
それもそうだろう。
まったく事情を知らない状態でそのようなことを聞かされたら誰だってそうなる。
俺が彼の立場なら、シンシアの正気を疑っただろう。
「つまり……そのスケルトンはエルフに与する者だと?」
「そう言った」
信じられないとでも言いたげだ。
彼はいま自身の耳を疑っていることだろう。
「……率直にいいます」
ころころと表情を変えながらも、村咲は思考を一つに絞る。
「そのスケルトンを我々に引き渡してください」
そう来るか。
「引き渡す? この者が何かしたのか?」
「いまは何も。ですが、今後はわかりません」
「……どういう意味だ」
村咲の視線がこちらを射抜く。
「そのスケルトンには人間の自我があります。それは認めましょう。ですが、それは非常に危ういもの。いつ完全に魔物と化すかわかりません。自我を失い暴走すれば、この大樹とて無事には済みますまい」
「……事実か?」
シンシアがこちらを向く。
その双眸で俺を見つめる。
それを前にして嘘をつくことは出来なかった。
「あぁ、事実だ」
そう答えた途端に周囲のエルフたちがざわついた。
いつ起爆するかも知れない爆弾が目の前にある。
そうわかったからだ。
「でも」
そのざわつきを抑えるように言葉を続ける。
「俺はそうならない術を知っている。精霊から答えを得ている。そのために俺は――」
言葉が先に続かない。
「詭弁だ」
遮られてしまう。
「仮にそのような方法があったとして、自我の消失は今かも知れない。危険を放置する理由にはならない」
「……」
言い返すことは出来なかった。
自我が消失するような兆しを感じたことはないし、人間性が魔物化する兆候もない。
でも、未来のことはわからない。
もしかしたら兆候もなく一瞬にして俺の自我が失われるかも知れない。
魔物に成り果てて、見境なくなにかを襲うようになるかも知れない。
あのトロールのように。
そう考えると反論の言葉が出なかった。
「そなたの言い分は理解した」
シンシアはただ淡々と言葉を紡ぐ。
「では、引き渡していただけますね?」
「――いいや」
否定の言葉を。
「この者を渡すことは出来ない」
そうきっぱりと告げた。
「なっ、なぜです! そのスケルトンがいつ牙を剥くかわからないんですよ!」
「あぁ、たしかにそうだ。この者は危険な存在なのだろう。だが」
ちらりとシンシアが俺を見た。
「エルフは決して同胞を見捨てない」
シンシアは俺を同胞だと言ってくれた。
試練を乗り越え、そう認められたとはいえ俺はスケルトンだ。
人間ですらない魔物。
それも暴走の危険を伴う爆弾だ。
なのに、それでもシンシアは俺を見捨てないでくれた。
「この者が答えを得ているなら、我々はそれを支援する」
「……もし自我が消失し、牙を剥いたら? いま、この場で」
「そうなった場合は我々エルフが慈悲の手でとどめを刺す」
その言葉に強い意志を感じる。
シンシアはすこしも揺らがなかった。
「ですが――」
「結論は出た。これはエルフの総意だ」
シンシアの言葉に異を唱える者はいない。
この場にいるすべてのエルフが、シンシアの言葉に同調し受け入れている。
それは彼らの文化、歴史、風習、意識によって下された選択である証明。
エルフという種族が出した、不変の結論だった。
「長老様も同じことを仰るはずだ。これ以上、取り合うつもりはない」
シンシアは探求者たちに背を向ける。
「心行くまで市場を楽しむがいい。私たちは失礼する」
そのまま歩き出し、俺の腕を掴んで突き進む。
一度として振り返ることなく、俺たちは市場を抜け出した。
「必要な物はあとで届けさせる」
「あ、あぁ」
通路に出てしばらくすると腕は放された。
足が止まり、シンシアは大樹の幹を見つめて腕を組んでいる。
「……よかったのか? あれで」
正直、引き渡されてもしようがないと思っていた。
「人間とエルフの付き合いに不都合が起きるんじゃないのか?」
「……否定はしない。問題は起こるだろう」
やっぱり。
「だが、それは些細なことだ」
「え?」
「そのようなことより、そなたが大切だ」
その言葉を受けて、不覚にも心がときめいた。
セリアと出会っていなければ惚れていたかも知れない。
まぁ、あくまでも、かも知れないだけだけど。
「どうかしたか?」
「い、いや、なんでも」
そう誤魔化して視線を明後日の方へと向けた。
「シンシア様!」
そうしていると一人のエルフが駆けよってくる。
「シンシア様。そしてスケルトン殿。至急、長老の間へとお集まりください。市場の一件のことでお話があると」
「……そうか、すぐに向かう。ご苦労」
「はっ」
用件を伝えたエルフはまたどこかへと走り去って行った。
「やっぱり不味かったんじゃ」
「とにかく長老様の元へいく。ついて来てくれ」
「あぁ」
不安を胸に、長老の間へと向かった。
「――まったく、面倒ごとを起こしてくれましたねぇ。警邏隊隊長殿」
長老の間に俺たちが姿を現すと、いの一番に嫌味を言われた。
眼鏡を掛けた学者風のエルフだ。
「お騒がせして申し訳ない」
シンシアはそういいながら位置につく。
正面の御簾から向かい合って二列に伸びるエルフたち。
彼らの風貌は市場で見かけるようなエルフとは一線を画している。
その中に戦士長の姿もあるあたり、立場ある人間の集まりであることは明白だった。
「シンシア」
「はい」
長老の声が御簾から響く。
「ことの経緯を」
「承知しました」
シンシアは経緯を話した。
俺という存在の危険性と、探求者たちの言い分。
そしてシンシアと市場にいたエルフたちの選択を。
「このたびの事情は理解しました」
長老の優しい声音が響く。
「彼は私たちエルフにとって重要な方です。あなたの選択に間違いはありません。この場にいる誰が立ち会っていたとしても同じ選択をしたでしょう」
「選択は同じでも私ならもっと上手くやれましたがね」
また学者風のエルフが嫌味を言ってくる。
「口を慎まぬか、ボーレン」
「これはこれは失礼を、戦士長殿」
ですが、と彼は続ける。
「三十年もの間、良好だった人間との関係に亀裂が走ったことはたしかです。これを埋めるには大きな労力がいる。そこにいるスケルトン殿にそれだけの価値が本当にあるのか。私は懐疑的にならざるを得ませんね」
「ボーレン」
「言いたいことは理解していますよ、戦士長殿。本当に精霊様の代弁者なら、何を引き替えにしても惜しくない。だが、私は一度たりともスケルトン殿が代弁者らしくしている様子を見たことがない」
ボーレンと呼ばれたエルフの視線が俺を射抜く。
「私はこの目で見たこと以外は信じられない質でしてね。是非とも今この場で精霊様の御言葉をスケルトン殿の口からお聞きしたい」
価値を見定めたいってことか。
「わかりました。構いませんよ」
なにか特別なことをする訳じゃない。
ただ精霊に問いかけて、その答えを聞くだけだ。
「では、私から」
予め用意しておいたかのようにボーレンは告げる。
「最近、大樹様のお身体を巡る水の質がよくない。そのせいか駆除しても駆除しても、寄生虫どもがどこからか湧いて出てきます。スケルトン殿には、この原因を精霊様に伺ってもらいたい」
「わかりました」
この場にいる全員の視線が俺を射抜く。
そのことにすこし緊張しつつ、精霊に問いかける。
「いまの答えを教えてくれ」
「――廃棄された第七貯水槽に寄生虫のコロニーを発見しました。寄生虫が壁を食い破り、ほかの貯水槽にまで侵入しています。水質の低下は破棄された貯水槽から汚水が流れ込んだことが原因です」
「なるほど」
いま聞いたことをそのままボーレンに伝えた。
「第七貯水槽……たしかに随分と大昔に破棄されたものですな。最後に状態を確認したのは、世界がこうなる前のことだとか……私は席を外します。少々お待ちを」
ボーレンはそう言い残して長老の間を後にする。
それからすこしして戻ってきた。
「確認が取れました」
定位置につく。
「廃棄した第七貯水槽を確認させたところ、寄生虫のコロニーを発見したと報告がありました。大樹様が無残にも食い荒らされ、大穴が空いているとのことです」
精霊の言っていた通りのことが起こっていた。
「これは認めざるを得ませぬな」
「そうですわね。疑いの余地はありませんわ」
「かような存在が本当にいようとはのう」
「それもスケルトン、魔物とは」
口々にエルフたちが言葉を紡ぐ。
その様子からして代弁者だと認めてくれたようだ。
「とんだ失礼を、スケルトン殿」
ボーレンが頭を下げる。
そう素直に謝られてしまうと、毒気を抜かれる気分だった。
「すぐに寄生虫どもを殲滅せねばなりません。戦士長殿」
「うむ、戦士を何名か向かわせよう――いや」
自身の言葉を否定した戦士長は、なぜか視線をシンシアに向かわせる。
「適任がここにいたな。シンシア、そなたに一任することにしよう」
なんだか話が妙な方向に。
「それはいい。虫殺しの異名を持つ隊長殿なら、必ずや寄生虫どもを殲滅してくれることでしょう」
シンシアに虫殺しなんて異名がついていたのか?
でも、本人は虫が苦手そうだったが。
もしかしてシンシアが受けたという戦士の試練で、そう言うイメージが定着している?
だとしたら、なんともまぁ。
「やってくれますね? 隊長殿」
シンシアの表情は変わらない。
けれど、ほんのすこしだけ眉間にしわが寄っているのがわかる。
嫌なんだろうな、本当は。
「あ、あの、ちょっといいですか」
見ていられなくなって、思わず口を挟んだ。
「シンシアにはこの後、試練のことについて詳しく聞きたいことがあるので。その、寄生虫退治に向かわれると困るのですが」
「む? あぁ、そうであった、そうであった。忘れておったわ。わっはっは」
またしても戦士長は一人で笑っていた。
肝心なことだから忘れないでいてほしいんだけれどな。
「うむ。では、先に言った通り、戦士を何名か向かわせることにしよう」
それを聞いてシンシアが小さく息を吐く。
表情に変化はあまり見られないが、内心でほっとしているのがわかった。
「話は纏まったようですね」
最後に長老の声が響く。
「では、各自そのように。シンシア、最後まで彼を導いてあげなさい」
「承知しました」
これにてこの場は解散となる。
戦士長やボーレンはいち早く長老の間を後にし、ほかの者もその後に続く。
俺たちはその最後尾として外へと出た。
「先ほどは助かった」
外の空気を吸って早々に、そう言われる。
「いいさ。ちょっとした恩返しだ」
シンシアには世話になっている。
これくらいの助け船は出して然るべきだ。
「そうか」
そう言ったシンシアは、すこし笑っていた。
「では、準備の続きをしよう」
「おう」
ちょっとしたハプニングはあったが、ようやくカーバンクルに挑めそうだ。
もう俺の前に立ちはだかる障害はない。
準備を終えたらすぐにカーバンクルの試練を受けるとしよう。




