怨恨の槍骨
このダンジョン内で最弱のスケルトンに変異してしまった。
また人間として生きるには、ネクロマンサーになって復活するしかない。
明確な目標を持ち、そのために行動するため。
俺は魔物の遺骨を漁っていた。
「これは?」
骨を拾い上げる。
「――ゴブリンの左上腕骨です」
「んー、いらね」
骨を投げ捨てた。
「いい場所かと思ったんだけどな」
ダンジョンを彷徨い歩いていたら、貝塚を発見した。
厳密には貝なんてないが、代わりに大量の骨が捨ててあったのだ。
お陰で当分は骨には困らない。
ありすぎて、逆に選別作業が大変なくらいだ。
けれど、問題はその選別作業で有用なものが少しも見つからないことだ。
「どれもこれもスケルトン並の骨ばっかりだ」
選別作業に疲れ、骨の山に倒れ込む。
骨を見るのが嫌になった。
だから、骨が一つもない天井を眺める。
「なんでこんなに偏ってるわけ?」
「――ここはコボルトが造った貝塚です。コボルト以上に強力な魔物の骨は、彼らの防具や武器になります。よって、この貝塚には低位の魔物の骨がかなりの割合を占めています」
「そういう理屈か」
まぁ、そうだよな。
コボルトは人型の魔物だ。
それなりの知能があって、武器や防具を使う。
強い魔物を狩ったら、その骨を使って装備を造る。
捨てるのは、喰えなくなった魔物の骨だけだ。
「って、待てよ?」
ふと、不吉な予感がした。
「なら、ここはコボルトの縄張り……」
急いでここを離れなければ。
そう思考が働いた直後のことだった。
この貝塚がある空間に、一匹のコボルトが現れたのは。
「――」
視界にそれが映った瞬間、俺は完全に停止した。
ぴくりとも動くことなく、貝塚の一部となった。
大丈夫。バレない。
俺はスケルトンだ。
呼吸をしない、瞬きをしない、心臓が脈打たない。
そもそもそれらを担うための構造がない。
じっとしていれば、ただの骨だ。
戦おうだなんて、隙を突いて逃げようだなんて、すこしも考えるな。
戦闘になったら、それで終わりだ。
いまの俺ではコボルトには敵わない。
「……グルルル」
コボルトは、低く唸った。
しきりに鼻を動かし、周囲の匂いを嗅いでいる。
いつもと違う匂いがしていることを怪しんでいるみたいだ。
そうして、ついに腰の剣を抜き払う。
あれを一太刀でも浴びれば、この骨の身体は砕け散ってしまう。
「ルルル……」
ゆっくりと空間の中央へとコボルトは向かう。
そして、匂いの元である俺のほうへと近づいてきた。
大丈夫。大丈夫だ。
匂いで特定されても動かなければやり過ごせる。
ここには死体しかない。
いまの俺なら死体になりきれているはず。
「……」
そう必死に祈る中、とうとう目の前にやってくる。
訝しげに俺の匂いを嗅ぎ、そして。
「グルルルルァァァアアアッ!」
剣を振り上げた。
「――くっそがっ!」
振り下ろされる剣に対し、こちらも奥の手を出す。
左腕が獣の魔力を纏い、獣爪となった。
交わる剣と爪。
それらは互いに破壊し合い、そして弾き合った。
「――ぐっ」
コボルトの左腕が、衝撃に耐えかねて砕け散る。
唯一の対抗手段を、失ってしまった。
その引き替えに与えた損害は、剣の一振り。
それも切れ味を完全に失わせたくらい。
あれはまだ鈍器としての役割を持っている。
「冗談きついぜ……」
左腕は人間の骨として蘇る。
コボルトの左腕が身代わりになってくれた。
だが、これっきりだ。
次ぎに攻撃をまともに受けたら、完全に砕け散ってしまう。
「グルルルル……」
コボルトは低く唸りながら、出口への進路を塞ぐように動く。
逃がしてくれる気は、すこしもないらしい。
コボルトの足は獣と同等か、それ以上だ。
まず走って逃げることは叶わない。
となれば、本当に戦うしかなくなるのか。
この丸腰で。
「――」
どうする。
どうすれば生き残れる。
「グルァアアアアっ!」
考える時間も与えてはくれない。
勢いよく振るわれた剣を、なんとか躱して距離を取る。
その最中、剣は貝塚を破壊して、数多の遺骨が宙を舞う。
そのうちの一つを、俺は掴み取った。
「――ゴブリンの指骨を入手しました」
「なにか戦える力をっ!」
そう願いを込め、特性である混淆を発動する。
骨はこの身に吸収され、その特性を宿す。
魔力によって顕現するのは、一つの小さな刃だった。
「短剣――ないよりましか」
魔力の短剣。
半透明なそれには質量があり硬度がある。
求めていたものとは違っていたが、あるだけありがたい。
「グルル……ァアアアッ!」
貝塚から剣を引き抜いたコボルトが、再び狙いを付けた。
そうして一直線に迫りくる。
「やられて堪るかっ」
コボルトの動きは直線的。
剣の振り方も大雑把だ。
一時的にでもコボルトの特性を宿していた俺には、その動きがすこしだけ読める。
それを頼りに、こちらも動く。
自らコボルトに肉薄し、攻撃を誘発させる。
誘いに乗ったコボルトは、その剣を大きく薙ぎ払う。
それを屈んで躱し、隙を突くように懐へと潜り込む。
そして。
「これで――」
短剣を振るい、その脇腹を斬り裂いた。
「グルァ!?」
「よし!」
分厚い毛皮を切り裂いて、毛束が舞い、鮮血が散る。
たしかに負傷を与えた。
この調子でいけば勝てるかも知れない。
そう希望を見いだした直後のことだった。
「――グルァアアアアアアアッ!」
咆吼。
ともにこの身に激しい衝撃が遅う。
横からの衝撃に為す術がなく、貝塚へと叩き付けられた。
痛みはない、臓器がないから視界も眩まない。
骨に多少のひびが入っただけだ。
だか、魂は混乱している。
「なにが……どうなった?」
状況が飲み込めないでいた。
俺は、なにをされたんだ?
「――コボルトに殴り飛ばされました」
「なぐっ!?」
あの状況から、俺を横殴りに吹き飛ばしたって言うのか。
それにたった一撃だ。
ただ殴られただけで、骨の身体にひびが走っている。
なんて出鱈目な身体能力。
いったい人間の何倍くらい筋力があるって言うんだ。
「グルル……」
コボルトは、脇腹の出血を確認しているようだった。
けれど、それもごく一瞬のこと。
次ぎの瞬間にはこちらに意識を向けていた。
「くそっ、もうなんだって構わないっ!」
コボルトが剣を構えて迫る。
「お前らの敵を討ってやる! だから力を寄越せっ!」
身を埋めた貝塚に手を当て、特性を発動した。
直後、夥しい量の情報が、魂に流れ込んでくる。
敵を討て、と訴えてくる。
「――」
繋ぐ。繋ぐ。
貝塚に打ち捨てられた骨と骨を魔力で繋いで支配する。
組み立て、束ね、重ねて編んで、魔力で包む。
造り上げるのは、骨の槍。
「グルァアアアアアっ!」
コボルトが剣の間合いに入る前に。
右腕と同化した槍骨を、渾身の力を込めて振るう。
虚空を貫いて馳せた槍骨は、振り下ろされた剣とぶつかり合う。
質量ではこちらが上。腕力ではコボルトが上。
二つは拮抗し、互いを削り合う。
だが、その拮抗もすぐに崩れた。
「グゥッ!」
コボルトの剣は、すでに切れ味を失っている。
最初の一撃で左腕と引き替えに、奪い去ったからだ。
その時の損傷が、この土壇場で致命的なものとなる。
刻まれた微細な傷がひびとなり、亀裂となり、破損に至る。
剣は砕け、槍骨を阻むものはなくなった。
「貫けっ!」
踏み込み、押し出し、突き放つ。
槍骨の穂先はコボルトの胴をとらえて貫いた。
毛皮が裂け、肉が千切れ、内臓が潰れる。
それは致命傷となり、コボルトの命までもを貫いた。
「グゥ……アアァ……」
か細い断末魔を上げて、コボルトは倒れた。
天井を仰ぎ、血の池の中で絶命にいたる。
それを目視し、勝利を確信した。
「よかっ……た」
その結果に安堵したのも束の間。
槍骨は崩れ落ち、激しい虚脱感に襲われた。
立っていることも出来ないほどそれは酷く、地面に倒れ伏す。
「――潜在魔力の著しい低下を確認。早急に魔力補給を行うことを推奨します」
「ちょっと……魔力を、使い過ぎた……か」
ああするしかなかったとはいえ、大量の骨と繋がるのは無茶だった。
なけなしの魔力をすべて振り絞った一撃。
それを打った後にどうなるかなんて、わかり切ったことだった。
「魔力が出てくるのを……待ってる時間は……ないか」
必死に骨の身体を動かし、コボルトの死体へと向かう。
何度も意識を失いそうになるが、気力を振り絞ってたどり着く。
そうして傷口から手を入れ、その骨格に触れる。
「直接……喰ってやる」
特性の発動。
コボルトの魔力ごと骨格を吸収した。
これで危機は脱したはず。
けれど。
「なっ、なんだっ!? 身体がっ!?」
瞬間、スケルトンの身体に変化が生じる。
魔力が全身を駆け巡り、骨の一つ一つが軋んでいく。
この身に生じた異変。
そのすべてが終わると共に、ようやく事の真相を知る。
「――コボルト・スケルトンへの変異を確認しました」