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遺骨の特性


「とりあえず、服だな」


 俺が骨だけになる過程で、身に纏っていた衣服もぐずぐずだ。

 切れ端が残っているくらいで、服としては機能しない。

 人間として――人間を目指すにあたって、服の有無は大事だ。

 骨だからと言って、羞恥心を忘れないようにしよう。


「んーっと……おっ」


 周囲をよく見渡してみると、近くに衣装ロッカーを発見した。

 かなり歪んでいるが、原形は保っている。

 衣服がありますようにと祈りながら、ロッカーをこじ開けてみる。


「あったっ!」


 ロッカーの中には、上下の衣服が入っていた。

 茶色く変色していてボロボロだが、きちんと衣服として着られるものだ。

 約五十年前のものと考えると原形を保っているだけ上等である。


「上はコートか。フードがついてるし、暗いところなら人に見えるかも」


 五十年ぶりの着替えを行い、人らしい身形になる。

 服の朽ち具合から怪しいローブのように見えるが、贅沢は言わない。

 やはり、全裸より衣服を着ていたほうがいいな。

 気分的にとても落ち着ける。


「さて、それじゃあ」


 視線はこの空洞の先へと向かう。


「行くか。ダンジョンとやらに」


 骨の足で地面を歩き、先へと進んでいく。

 この身体はとても軽い。

 肉と内臓、血液がない分、体重が軽くなっている。

 強風でも吹けば、飛んで行ってしまいそうなくらいだ。

 けれど、だからこそ動きやすい。


「骨だけで動けているのは、潜在魔力って奴のお陰なのか」


 筋肉もなしに動けるのは、そういう理屈なのだろう。

 骨同士が魔力で繋がっている。


「心臓もないし、肺もない。声帯もない、はずだけど」


 なぜかきちんと発声できている。


「それに……」


 右手を握り、自分の頭蓋骨をかるく叩く。


「あ、ダメだわ。スカスカだわ」


 頭の中で空洞音がした。

 どうやら脳もないらしい。

 脳がないのにどうやって思考しているんだか。

 理解不能だな、魔物って奴は。


「――テキトーに歩いてみたけど……」


 このダンジョンは、かなり入り組んでいるみたいだ。

 まるで蟻の巣にでも、迷い込んだ気分がする。

 どこに目を向けてみても、似たような景色ばかりが続く。

 このまま進めば、装置のある空間まで戻れなくなりそうだ。


「ん? いや――戻らなくてもいいのか、べつに」


 あの場所で目覚めたというだけで、あそこに固執する理由もない。

 拠点という訳でもないし、特に戻らなければならない訳じゃない。


「なんだ、そう考えるとちょっと気楽に――」


 そんな独り言を呟きながら、角を曲がる。


「――」


 瞬間、視界いっぱいに髑髏が広がった。


「――ぁぁぁあああああっ!」


 思わず、奇怪な声が出る。

 そして、即座にその場から飛び退いた。

 軽い身体は飛距離を大きく稼ぎ、十分な距離が取れた。


「びっくりしたっ!」


 生前なら、心臓が止まっていたかも知れない。

 そう思わせる程度には、衝撃的な出来事だった。

 髑髏。そう、髑髏である。

 飛び退いた先で視線を正面まで持ち上げることで、再度その姿を目視する。

 ゆらりと、その骨の身体は揺れ動いていた。


「スケルトン……」


 俺と同じ種類の魔物。

 俺と同じように、人から魔物に変異したのだろうか。

 どうだろうと、まずは確認すべきことがある。


「おい、あんた……俺の言葉がわかるか?」


 目の前のスケルトンに、言葉を投げる。

 もし人としての自我があるなら、なにかしらの反応を示すはず。

 俺と同じ境遇にあるなら、協力し合えるかも知れない。

 そんな淡い希望を持っていた。

 しかし。


「ケタケタケタケタ」


 そんな望みの薄い期待は、見事に打ち砕かれる。

 スケルトンはその歯をカチカチと打ち鳴らし、手に持った刀を振り上げた。


「くそっ――」


 迫るスケルトンから、俺は一目散に逃げ出した。

 相手は武器を持っている。

 裸一貫の俺が勝てる道理がない。

 それに、今更になって思い出したけれど。


「俺っ、喧嘩したこともないんだったっ!」


 そもそも戦い方を知らない。

 人の殴り方を知らない。

 そんな俺がほかの魔物を倒すなんて、土台無理な話だった。


「――無理無理無理無理無理っ!」


 走る、走る、走る。

 当てもなく、逃げ惑う。

 けれど、どこまで行っても、スケルトンは追いかけてくる。

 諦めてはくれない。


「どうすればっ、どうすればいいっ!」


 脳のないスカスカの頭蓋骨で考える。

 この窮地をどう乗り越えるべきか。

 逃げ切るのは現実的じゃない。

 なら、戦うか? どうやって?

 向こうは武器を持っているのに。

 考えれば考えるほど、打開策が浮かばない。

 行き止まりの袋小路。

 それは思考だけに留まらず。


「――うそ、だろ」


 現実にも同様のことが起こる。

 俺はダンジョンの末端に行き着いてしまった。

 ここより先に逃げ道はなく、唯一の道からはスケルトンが来ている。

 逃げ場は、もはやない。


「……こうなったら」


 やるしかない。

 戦うしかない。

 追い詰められて、土壇場に来て、ようやく覚悟が決まる。

 意を決して、スケルトンへと向き直った。

 けれど、その頃にはもうすべてが遅すぎた。


「――」


 握り締めた拳が飛ぶ。

 宙を舞う。


「え?」


 刀は振り下ろされていた。

 俺の左腕だったものが刎ねられる。

 からんと、乾いた音が響いてそれは地に落ちた。


「あ……あぁ……」


 左腕を刎ねられた。

 その現実に、痛みもないのに腰を抜かす。

 立っていられなくなり、尻餅をついた。


「ケタケタケタケタ」


 スケルトンは笑う、追い詰めたと。


「くそっ」


 なんとか逃れようと後ずさる。

 それを嘲笑うかのように、スケルトンは緩慢な動きで刀を振り上げた。


「もう――」


 もうダメか。

 そう諦め掛けた、その時だった。

 短くなった左腕の先が、地面に埋まっていた何かに当たる。

 そして。


「――コボルトの遺骨を入手しました」


 精霊の声が木霊する。


「――魔力による接続を開始、生態情報の書き換えに成功、支配が完了しました」


 失った左腕が、蘇る。


「――その腕は、あなたのものです」


 その瞬間、俺は直感で理解をした。

 このコボルトの腕を、どう扱えばいいのか。

 その情報が骨と魔力を介して伝わってくる。


「まだだっ!」


 振り下ろされる刀に対して、立ち上がり様に左腕を薙ぐ。

 それはコボルトの生前を思わせる魔力を帯び、獣爪となって馳せる。

 刀など、もはや脅威ではない。

 得物を弾き飛ばした獣爪は、スケルトン本体に届く。

 切り裂き、打ち砕く。

 鈍い音を立てて骨の身体は粉々になって散乱した。


「やった、のか?」


 獣の魔力が掻き消える。


「――敵性スケルトンの討伐を確認しました」


 再び、精霊の声が響く。

 どうやら、倒せたみたいだ。


「た、助かった……」


 ほっと、安堵の息を吐く。

 肺もないのに。


「にしても、今のはいったい」


 魔力が獣を象って攻撃した?


「――スケルトンの特性、混淆こんこうが発動しました」

「こんこう?」

「――遺骨と自身を接続することで、他者の特性を得られます」

「なるほど……」


 あの獣の魔力は、元々はコボルトのもの。

 それをスケルトンの特性である混淆によって得た。

 コボルトは犬の顔を持つ人型のモンスター。

 筋は通っている。


「ってことは、スケルトンって結構強いのか?」


 魔物の死体なら、探せばいくらでもある。

 ここはダンジョンなのだから、遺骨には困らない。

 なら、スケルトンはいくらでも強化できるのではないか。

 そう考えるのが妥当だ。


「――いいえ。通常のスケルトンにそのような知性、知能はありません。特性を活用できる個体は稀でしょう。ダンジョン内における位置づけは最弱から動きません」

「……なら、どうして俺は考えることが出来ているんだ?」


 脳がないから知性知能がない。

 その理屈はわかるが、説明がつかない。

 俺という存在の説明が。


「――ほぼすべてのスケルトンは人間の死体が変異したものです。すでに死した者、死を受け入れた者がスケルトンとなり、思考力のない魔物と成り果てます。ですが」


 そう前置きをして、精霊は続ける。


「――あなたは例外です。冷凍睡眠装置の中で死の自覚なく死亡し、スケルトンへと変異しました。ゆえに、あなたは手放さなかったのです」

「いったい、なにを?」

「――人間はそれを、魂と呼びます」


 魂の有無。

 それが俺と通常のスケルトンの違い。

 脳がなくても思考でき、声がないのに発声できる。

 その理由は、俺がまだ魂を持っていたからか。


「そうか……そういう訳か」


 この魂さえ手放さなければ、いつか人に戻れる。

 人間として生き返ることができる。

 そう信じて、この言葉を支えにしていこう。

 すこしだけ前を向けるようになった気がする。


「……でも、このスケルトンも、元は人間なんだよな」


 魔物に変異しただけで、元々は人間なんだ。

 罪の意識を感じる訳じゃないけれど。

 なんというか、死体を蹴っているような後味の悪さがある。


「――この五十年の間に、人間にある言葉が生まれました」

「言葉?」

「――スケルトンを見かけたら出来うる限り倒し切れ」

「なんでまたそんな」


 不都合極まりない。


「――そのスケルトンは仲間だったかも知れないから、です」


 それを聞いて、物事のとらえ方が一変した。


「そうか。そういうとらえ方も……あるのか」


 死んだ仲間を救うために、スケルトンを倒す。

 死体が歩くのを、止めさせられる。

 それは供養、成仏にあたる行為だ。

 そう考えると、後味の悪さも掻き消えるようだった。


「――討伐したスケルトンから残留魔力を確認」


 言葉の意味を噛み締めていると、不意に目の前に発光物が現れる。

 それは粉々になったスケルトンの骨から溢れでた魔力の塊だった。

 まるで人魂のように、宙に浮いている。


「これ、どうすればいいんだ?」

「――食べてください」

「食べる!?」


 これを?


「いや、まぁ、はじめにそう言ってたけど……」


 喰うってこれをか。

 てっきり肉とかそう言うのだと思っていたんだけど。

 というか、食べられるものなのか? これ。

 食べられるのか? 俺。


「俺、喉とか色々とないんだけど」


 歯はあるけれど、舌もないし胃もない。

 口に含むくらいは出来そうだけど。

 飲み込んだらそのまま出て行くんじゃ。


「――食べるという行為自体に意味があり、消化吸収する必要はありません」

「あっ、そう」


 そういうことなら、試して見るか。

 浮遊する魔力の塊に近づいて手に取ってみる。

 感触はふわふわしていて、質量があるように思えた。

 大きさは握り拳より一回り大きいくらい。

 それを口元にまで持っていき、そうして。


「いただきます」


 口の中へと放り込んだ。

 骸骨になって肉がない分、可動域も広くなっている。

 だから特に苦もなく食べることができた。


「うん……うん……なんか……うん」


 よく噛んで、飲み込んだ。


「味のない寒天みたいだ」


 決して美味しくはないが不味くもない。

 水を固めただけ、みたいな。

 そんな味の印象を受けた。

 まぁ、これは舌がないからかも知れないけれど。


「これで潜在魔力が上がった、のか?」


 実感できるほどの変化はない。

 かるく、その辺を歩いてみる。

 すると、すこしだが成果が感じ取れた。

 身体の動きがほんのすこしだけ滑らかになった。

 ような気がしないでもない。


「塵も積もればって奴かな」


 ほんの小さな一歩だが、前に進んだことに変わりはない。

 これを重ねていけば、目に見える形になるはずだ。


「あっと、そうだ」


 ふと思い出して、周囲を見渡した。

 そして、目当ての物を見つけて拾い上げる。


「一応、自分の腕だしな」


 手に取ったのは、斬り落とされた左腕だ。

 変わりを接続したとはいえ、自分の左腕を放置してはいけない。

 邪魔になるだろうけれど、持っていこう。

 そう思った矢先のこと。


「ん? わっ――なんだっ?」


 自分の左腕が発光し、身体の中に取り込まれた。

 何事かと状況を整理する暇もなく、更に異変が起こる。

 コボルトの腕が光り輝き、元の人間の腕の骨に変化した。

 元に戻ったのである。


「――スケルトンの特性、混淆によるものです」

「なんだ、特性か」


 混淆。

 その言葉の意味通り、混ぜ合わさったのか。

 スケルトンの左腕と、コボルトの左腕が。


「こいつはいいな」


 人からコボルトへ。

 コボルトから人へ。

 俺の意思通りに骨格が変化している。

 これで自分の左腕を持ち歩かずに済む。


「よーし。この調子でどんどん魔力を貯めるぞ!」


 前途多難ではあるけれど、滑り出しは上々だ。

 この調子でネクロマンサーを目指そう。

 俺はもう決して、諦めたりしない。

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新作を始めました。こちらからどうぞ。魔法学園の隠れスピードスターを生徒たちは誰も知らない
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[一言] スケルトンだと組み替え変形とかできそうでワクワクしますね!
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