探求の組合
「――助かったー」
私たちは声を揃えて生還した事実を噛み締める。
ダンジョンを抜けて私たちは地上へと戻ってこれた。
一時はもうダメかと諦め掛けていた。
けれど、彼が私たちを救ってくれた。
生前の自我を持つスケルトン。
私の頭の中は彼のことでいっぱいになっていた。
「このまま支社に戻ろう」
ロングソードを握り直しながら、健司さんは言う。
「あぁ、暗くならねぇうちにな」
鉄さんもそれに同意した。
無論、私たちにも異論はない。
もうすでに空が茜色に染まっている。
すこしでも暗くなると、この辺は足下が見えなくなる。
森の中にダンジョンの入り口がある弊害だ。
「んー、九死に一生を得たって感じ。熱いシャワーが恋しい」
「ダンジョンから出るといっつも同じこと言ってるな、秋子って」
「うるさいわね。いいでしょ、別に」
秋子さんは、すこし頬を膨らませてそっぽを向く。
これはいつもの恒例行事だ。
今回もまた見ることができてよかったと心から思う。
「もう……わたし……へとへとですぅ……」
和んでいると私の隣で果穂さんが尻餅をつく。
私たちの中で一番体力がないのが果穂さんだ。
今日は走り通しで相当、足腰を酷使したように見える。
「私が肩を貸しましょう」
「すみません。ありがとうございます、美鈴さん」
申し訳なさそうに果穂さんは立ち上がる。
私が支えになってようやく歩けるくらいには足が震えていた。
緊張の糸が切れて足腰の自由が利いていないように見える。
あれだけの体験をしたから、それもしようがない。
「よし、それじゃあ帰ろうぜ」
私たちは帰路につく。
なんとか今日も生きて帰ることができた。
「――ついた、ついたっと」
探求者組合支社ビル。
地上七階建て、地下二階の建築物はいつ見ても威圧感がある。
入り口には浄化の魔法陣が設置されており、ダンジョン帰りの探求者はそこで身体の汚れを落とすことになっている。
私たちも例に漏れず浄化を受け、清潔な姿となってエントランスに足を踏み入れた。
その先からは何人もの探求者たちが行き交う開放的な空間が広がっている。
まだ慣れないこの空気感に思わず背筋が伸びた。
「おやー、今回も無事に帰ってこられたみたいですねー。おめでとうございますー」
受付に赴くといつもの受付嬢さんが出迎えてくれた。
おっとりとした口調の受付嬢さんは見ていて、とても癒やされる。
「ありがとうございます。これが今日の成果です」
「はいー、確認しますねー」
健司さんが提出した大きな袋を受付嬢さんが確かめる。
開封して中の骨を摘まんで取り出した。
「おー、スパルトイの骨ですかー」
「はい、そうです」
「それもこんなにたくさん。まだ学生さんだと言うのに、これはすごい功績ですよー」
「あはは……ありがとうございます」
健司さんが言葉をすこし詰まらせたのは私たちだけで勝ち取ったものではないからだ。
あの袋の中身の半分ほどはスケルトンの彼が倒したものだ。
私たちはそれを拾って持ち帰ったに過ぎない。
そのことが健司さんも引っかかっているようで、素直に喜べてはいないよう。
「たしかに確認しましたー。学園のほうにも報告しておきましたからねー」
「はい、ありがとうございます……あの、それでですね」
「はいー?」
受付嬢さんが小首を傾げる。
「今日、ダンジョンで新種……と言っていいのかわかりませんが、見たことのない魔物と出会ったんです」
「――健司さん、そのことは」
脳裏に彼の言葉が過ぎる。
放って置いてくれ。
彼はたしかにそう言っていた。
「気持ちはわかるけど。そうも言ってられないだろ? 俺たちはまだ仮とはいえ探求者なんだから、その義務を果たさないと」
「それは……そうですが」
魔物の新種を発見した場合、探求者組合に報告することが義務づけられている。
私も探求者である以上は、それを全うしなければならない。
わかってはいたつもりだった。
でも、いざとなると声が出てしまう。
彼を裏切るような気がしてしまったから。
「見たことのない魔物、ですかー。わかりましたー。では、こちらにその魔物の外見的特徴、特性、出現位置などを記入してくださいー。終わり次第すぐに上に報告しますからねー」
「わかりました」
健司さんが用紙にペンを走らせていく。
その内容は私たち全員で確認をした。
項目を埋める文字の羅列に目を通していると、とある言葉が目に入る。
人に対する敵意は認められない。
危険性はないと、そう健司さんは書いていた。
「これで間違いはないよな?」
「――はい」
私たち全員が頷き合い、用紙を完成させた。
「はいー。では、これを報告しておきますねー。あー、場合によっては更に追加でお話を伺うことになるかも知れませんー。ですので、しばらく社員食堂でお待ちいただけますでしょうかー」
「あぁ、はい。わかりました」
「では、こちらがパスになりますー。おかわりは自由ですから、たくさん食べてくださいねー。それではー」
小さく手を振る受付嬢さんに見送られて社員食堂へと向かう。
いつもは通らない通路を通り、支社ビルの奥に足を踏み入れる。
正規の探求者たちに混じって学生が社員食堂を利用する。
その非日常さにみんな落ち着かないようだった。
「ついた、けど」
カフェテリア方式の社員食堂をまえにして二の足を踏む。
「いいんだよな? 俺たち、ここで飯食っても」
「当たり前でしょ。さっさと進みなさいよ」
「ちょ、ちょっと待って、心の準備がっ」
秋子さんが健司さんの背中を押すようにして社員食堂を利用する。
当然のことながら咎められるようなことはなく。
みんなで後のことを考えて軽めの食事を取った。
「なんだか味がわかりませんでしたね」
「そう、ですね」
果穂さんの呟きに私も同意する。
加えて言えば、お腹が空いていたはずなのに軽く食べただけで食欲がなくなった。
まるで緊張で胃が収縮してしまったよう。
「しばらく待てって言われたけど、あとどれくらいだろ?」
「さぁな。用事がありゃそのうち呼ばれるし、なきゃ帰れっていいにくるだろ。くあー」
「相変わらず、マイペースだよな。よくあくびが出来るな、ほんと」
健司さんは呆れたように、感心したように、頬杖をつく。
鉄さんのマイペースは今に始まったことではないけれど。
こういう時は、すごく羨ましく見える。
そうして社員食堂でしばらく待っていると。
「よう、お前たちか? 新種を発見したのは」
不意にそう声を掛けられる。
「はい、そうで――って」
対応した健司さんが驚く。
「し、支社長!」
支社長。
この支社ビルのトップ。
それを認識して、私たちは即座に腰を上げて背筋を伸ばした。
「お、お疲れ様ですっ」
こんな偉い人がわざわざ自分で会いにくるなんて。
社内放送なりなんなりで私たちを呼び出せばいいのに。
「あー、いーよ、いーよ。畏まらなくて、堅苦しいの嫌いだし」
そう言われて、はいそうですかとはいかない。
私たちのような学生の身分ではなおさら。
「じゃ、ついてきてくれる? 詳しく話を聞かせてもらうからさ」
随分と気さくな様子で支社長は移動を開始する。
私たちは互いに顔を見合わせて、その背中についていった。
なにかとても大きなことが、自分たちの与り知らないところで蠢いている。
そんな嫌な予感を感じながら、私たちはとある一室に通された。
「――中位の探求者がこんなに」
室内には十数名ほどの探求者がいた。
その誰もが中位探求者を示す、銀のネックレスを付けている。
いよいよ雲行きが怪しくなってきた。
「まぁ、座ってくれ」
私たちはこの室内の中心にある長ソファーに腰掛ける。
「じゃ、詳しく聞かせてもらおうか」
その対面に支社長が腰掛けた。
「生前の自我を持ったスケルトンって奴の話を」