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龍牙の兵士


 スパルトイに取り囲まれた探求者たちを見据え、紅蓮刀に魔力を注ぐ。


「伏せてろっ!」


 そう叫んで注意を促す。

 はじめはその声に驚いた様子だったが、美鈴と呼ばれた少女がいち早く反応する。


「みなさん、伏せてくださいっ!」


 仲間の言葉で我を取り戻し、探求者たちはその場に伏せる。

 それを確認してから彼らを包囲するスパルトイに向けて紅蓮刀を振るった。

 紅蓮の刀身が虚空を焦がし、放たれるのは炎の刃。

 炎刃は地面と平行に駆け抜けて探求者たちの頭上を過ぎる。

 スパルトイの群れを焼き尽くしたそれは包囲に壊滅的な打撃を与えた。


「なに……いまの」

「スパルトイが、あんなに簡単に……」

「中位の探求者でも出来ないわよ、あんなこと」


 芯まで焼けた骨の残骸を眺め、探求者たちは唖然としていた。

 サラマンダーの火炎なんだ。

 これくらいは朝飯前。

 そんな探求者たちのところへたどり着き、声を掛ける。


「安心するのは早い、まだ来るぞ」


 通路からは追加のスパルトイがすでに沸いてきている。


「スパルトイの相手は俺がやる。自分の身を守ることだけ考えててくれ」

「あ、あぁ……」


 返事が心許ないが、まぁ大丈夫だろう。

 彼らだって探求者だ。

 この危険なダンジョンに自らの意思で入っている。

 死の覚悟をしているし、死なないために全力を尽くすだろう。

 俺はただスパルトイを始末することだけに意識を向ければいい。

 そのほうが早く終わる。


「行くぞ」


 スパルトイの群れに向けて単身で突貫する。

 出来るだけ多くのスパルトイを引き付けるように紅蓮刀を振るう。

 けれど、やはり数が多くて何体かが探求者たちへと襲い掛かる。


「落ち着いて対処するんだっ! そうすりゃなんとかなるっ!」


 剣士と格闘家、そして背の小さな美鈴が前線に立つ。

 ロングソードが頭蓋を割り、手甲が打ち砕き、風を纏うショートソードが引き裂く。

 剣士と格闘家、それから魔法剣士と言ったところか。

 三人がスパルトイを抑え、その中心では杖を持つ少女がなにかを呟いている。


「――其は天地貫く神の残光」


 魔法使い然とした彼女がそう告げた直後、三人が同時に退避する。


天鳴てんめい!」


 瞬間、稲光が生じて聞き馴染みある雷鳴が轟いた。

 天から落ちる雷。

 それが複数のスパルトイを打ち砕く。

 しかし、それだけで終わらない。


「――不浄なる者たちよ。大いなる流れの一部となって、いまあるべき場所へ!」


 魔法使い然とした少女と背中合わせに立つ少女。

 聖職者然とした彼女が放つ純白の光が砕き損ねたスパルトイを根こそぎさらう。

 これにより頭蓋だけで跳ねていたそれらすら一斉に活動を停止した。


「あれなら心配なさそうだな」


 連携が取れていて役割分担も出来ている。

 スパルトイの弱点も知っているようで的確に頭蓋を狙っていた。

 あの様子ならしばらくは持ちこたえられるはずだ。

 これで気兼ねなく殲滅に力をいれられる。


「――これでっ」


 目に見える範囲にいる最後のスパルトイを斬り伏せる。

 縦に焼き切られた頭蓋が地面を跳ねることはない。

 完全に沈黙した。


「終わっ……た?」


 聖職者然とした少女が呟く。


「まだだ。反対方向に――」


 まだ残してきたスパルトイがいる。

 警戒は怠らず、魔氷の防御壁へと視線を向けた。

 もうそろそろスパルトイが魔氷をよじ登って越えてくる頃だ。

 しかし、向けた視線の先にそれらしい様子はない。


「いなくなった……か」


 片腕をジャックフロストのそれに変えて魔氷を掻き消して見る。

 そうしてもスパルトイの姿は見えなかった。

 ただ焼け焦げた残骸が散らばるのみで動く者はいない。


「引き際も弁えてるとはな」


 スパルトイたちは勝てないと踏んで撤退した。

 引ける時に引くことを決断できるのは優秀である証だ。

 その判断が遅れるほどに被害が増えていく。

 やはり、この辺の魔物は侮れないな。


「たすかったぁ……」


 眼前の脅威がなくなったことで腰が抜けたのか。

 探求者たち五人は揃って崩れ落ちた。

 地べたに座り、天井を仰いでいる。

 きっと彼らの胸中は生への実感でいっぱいだろう。

 俺もそれを味わいたいものだが、それは当分先までお預けだ。

 そんな風なことを考えていると。


「一度ならず二度までも、本当にありがとう御座います」


 美鈴が立ち上がってまたお礼を言った。


「礼は言わなくていい。こいつらを倒したのは俺の都合だ」

「あなたの都合……ですか?」

「あぁ」


 そう話しているとスパルトイの死体から魔力が溢れ出す。

 それらは大きなうねりとなって一所に集う。

 その魔力の塊を手に取り、一口で捕食した。

 口の中で魔力が弾ける。


「ふー……これで上限には達したか」


 潜在魔力の上限値に達したのが感覚的に理解できた。

 これで次の魔物に挑む準備が整った。

 あとは勝算のある相手を見つけるだけだな。


「魔力を食べることが、都合? ……あなたはいったい?」


 美鈴が抱く疑問はもっともなものだろう。


「あなたはスケルトンなのに言葉を話しますし、自我があります。炎や氷を操り、上位種のスパルトイすら相手になりません。あなたはいったい、何者なんですか?」


 その質問に答える義務なんてない。

 けれど、気がつけば俺は口を開いていた。


「……俺には生前の自我が残ってる」


 そう告げると。


「――え?」

「そんなまさかっ!?」

「だって、死んで変異したら完全な魔物になるって」


 彼らは心の底から驚いていた。

 それどころか、なにかを恐れているような印象を受ける。

 とてもとても焦っているような。


「あ、あんたみたいな奴は他にいるのかっ?」

「いや、いないと思うけど」

「そ、そうか……」


 ほっと胸をなで下ろす。

 その反応が不思議だったが、遅れて理解が追いついた。

 きっと彼らの脳裏にはこれまで倒してきたスケルトンが過ぎっていたんだ。

 その中に自我を持った奴がいたかも知れない。

 自分たちは知らぬ間に人殺しをしたのではないか?

 そんな恐れを抱いていたに違いない。


「では、魔力を食べているのは」

「あぁ、二度も死にたくないからな。出来るだけ強くなろうと必死なんだよ。それに生き返――」


 生き返るためにも必要なことだ。

 そう言おうとして言葉を切った。

 ふと冷静になったからだ。

 口が滑った。

 本来、探求者はスケルトンの敵だ。

 スケルトンを見かけたら出来うる限り倒し切れ、なんて言葉があるというのに俺はなにを。

 助けるだけにしておくべきだった。

 言葉を交わすなんて。


「……」


 俺は聞いて欲しかったのかも知れないな、他でもない人間の彼らに。

 自分の抱え込んだ事情を打ち明けたかったのかも知れない。

 この甘えはいつか弱さになる。

 いまのうちに断ち斬っておかないと。


「……俺はもう行くぞ」


 用は済んだ。

 彼らも自力でダンジョンを出られるだろう。


「まっ、待ってくれよ」


 剣士に呼び止められる。


「あんた、人間としての自我があるんだろ? これからどうするつもりだ?」

「どうもしない、これまで通りに魔物同士で食い合うだけだ」

「なにか……俺たちに出来ることはないか? せめてもの礼になにか」

「――ない」


 きっぱりと断った。


「強いて言うなら放っておいてくれるのが一番だ」


 探求者に供養だと剣を向けられるのはごめんだ。

 いまはそうではないが、彼らもそうなるかも知れない。


「じゃあな、気をつけて帰ってくれ」


 そう言い残して俺はこの空間をあとにした。

お陰様で日刊総合ランキングを駆け上がれました。

この作品を見てくれた方、ブックマークや評価をしてくれた方。

本当にありがとう御座います。

これからも更新を頑張りますので応援してもらえるととても嬉しいです。

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