跳躍の頭蓋
「鉄っ! 俺が先に斬り込むぞっ!」
「あぁ、お前についていくっ!」
剣士と格闘家。
二人の男がこちらに迫る。
その必死の形相はこちらを見くびっていない証拠だった。
高がスケルトンだと気を抜かず二人がかりで確実に仕留めにくる。
「おおぉぉおおおッ!」
叫びを上げて剣士は得物を振り上げる。
西洋仕立てのロングソードが天を突き、上段から振り下ろされた。
この身に迫るそれに俺は左手を差し向けて掴み取る。
強制的に太刀筋を停止させた。
「なっ――」
サラマンダー・シェルの堅牢さはただの剣撃では破れない。
表情を驚愕に染めた剣士をどかすため、掴んだ剣ごと後ろへと放り投げる。
振り回すようにしたことで釣られて剣士は体勢を崩す。
その脇を通り抜けるように前へと足を進めた。
「――鉄ッ!」
「わかってらぁ!」
次いで格闘家の拳が飛んでくる。
真っ直ぐな軌道を描くそれは、だから横方向からの衝撃に弱い。
タイミングを合わせて外側へと弾いてやれば、たやすく空振りに終わる。
「――くっ」
拳に振り回されて格闘家の体勢が崩れる。
その無防備になった背中に手の平を当てて後ろへと押し出した。
背後で倒れ込む音を聞きつつ更に前進する。
「俺たちなんて眼中にないってかっ!」
「なめやがってっ!」
捌いただけで無力化はしていない。
ゆえに彼らは即座に再起して俺の背後から攻めかかる。
しかし、それへの対処は尻尾で十二分。
尾を振るい、その二つを弾き飛ばした。
その最中でも足は止めない。
「く、来るなら来なさいっ!」
軽装の少女が杖を手に俺を睨む。
それに続くように後ろの数人も得物を手に取った。
けれど、その中に武器を構えなかった探求者がいた。
「ま、待ってください!」
ほかの探求者を掻き分けて、背の小さい少女がまえにでる。
彼女の顔には見覚えがあった。
「な、なんにしてんのよ、美鈴!」
「大丈夫です、秋子さん。このスケルトンは、以前に私を助けてくれた個体です」
「は? 助けたって……本気で言ってるの?」
「はい」
彼女の目がこちらを射抜く。
「そう……ですよね?」
そう聞かれてしまうと、答えざるを得ないな。
「……あぁ、まぁな」
返事をする。
すると。
「――ス、スケルトンが……」
「しゃべった?」
「それに会話したぞ……したよな? いま」
「あ、あぁ、たしかに聞いた」
探求者たちにどよめきが走った。
この反応にもすこし慣れてきたな。
こうなると思って黙っていたんだけど。
黙って、足音のする通路へと向かおうとしていたんだけど。
「その節はありがとう御座いました。とても感謝しています。それで恐縮なのですが……」
「あぁ、わかってる」
彼女の言いたいことは、助けてくれ、だ。
「いったい何に追われてる?」
「スパルトイという中位の魔物です。龍の骨から生まれたスケルトンの上位種です」
「スパルトイ、ね」
聞き馴染みのない名前だが幸いなことに解説してくれた。
龍の骨から生まれたスケルトンの上位種。
そんな存在がいるのなら俺もそちらに変異したかったものだ。
そうすれば幾分か楽ができただろうに。
まぁ、過ぎたことを言ってもしようがないが。
「数は?」
「たくさん、です」
「大雑把だな」
まぁ、この足音の連鎖を聞けばそれもしようがないか。
必死に逃げる最中に敵を数えている暇なんてないだろうし。
「まぁいい、わかった。ここは任せろ」
元々、助けるつもりだったことだしな。
「ちょっ! 本当にっ!?」
俺の返答に杖を持った少女が驚く。
ほかも似たような反応だった。
「話がうますぎる。私たちを騙そうとしてるとか……」
「秋子さん。そんなことを言ってはいけません」
「でも、相手はスケルトンだよ。元は人間でも、今は……」
彼女の言う通り、今はただの魔物だ。
人間を相手に信用してくれと言うほうが無茶な話だ。
だから、それらしい言葉を投げてやる。
「べつに信用してくれなくていい。助けられたとも思わなくて結構だ。俺は俺の理由で魔物同士で食い合っている。巻き込まれたくないなら、さっさとダンジョンから脱出しろ」
俺が突き放すように言うと時を同じくして通路から魔物が溢れ出る。
スパルトイ。
骨の身体をしたスケルトンより骨格のいい魔物。
スケルトンの上位種らしいが今の俺の敵ではなさそうだ。
「さぁ、行け」
「みなさん、行きましょう」
大量のスパルトイと睨み合いをし、その動きを牽制する。
逃げる探求者たちを追わせないためにも派手に暴れるか。
「さて、やろうか」
紅蓮刀を構築する。
それを敵対行動と見做したのか、スパルトイたちは行動を開始する。
その動きは組織的だった。
まず正面に見据えたスパルトイたちが進軍し、右翼と左翼が大きく広がる。
俺を抑えつつ両翼で探求者たちを追う算段のようだ。
「行かせるかよ」
片足をジャックフロストのそれに変えて地面を強く踏み砕く。
それを合図に冷気が地面を走り、スパルトイの進軍を止めるように壁となる。
魔氷の防御壁の完成だ。
よじ登ろうと思えば出来る高さだが、そんな奴は恰好の的だ。
俺がこの場にいる限り、スパルトイは探求者たちを追うことはできない。
「カタカタカタカタカタ」
行く手を阻まれたスパルトイたちが俺を取り囲む。
歯と歯を打ち鳴らし、気味の悪い音を立てる。
その手に持つのは何かしらの魔物の骨だ。
それで地面を叩いて音を鳴らし、一斉に襲い掛かってきた。
「一匹残らず火葬してやる」
片足をサラマンダーに戻して紅蓮刀を振るう。
一番槍を買って出たスパルトイを返り討ちにし、その胴を焼き切った。
灰を伴い軽い音を立てて骨の身体が崩れ落ちる。
まず一体。
そう思ったのも束の間。
「なっ!?」
地面に転がったスパルトイの頭蓋が意思をもって跳ねる。
そうして俺の足に噛み付いてきた。
「こいつっ、頭を潰さないとダメなのかっ」
幸い、サラマンダー・シェルのお陰で牙は通っていない。
いまのところ無害ではあるがこのままで鬱陶しい。
それに増えたら動きも制限されるかも知れない。
だから二番槍に跳び込んでくるスパルトイに蹴りを放つ。
もちろん噛み付かれたほうの足だ。
これで迎撃とともに噛み付いた頭蓋を引き剥がした。
「やっぱり……」
蹴り崩したスパルトイの頭蓋も噛み付いてきたものと同じく地面を跳ねる。
ほかの部位は動いていないことから、やはり頭が弱点だ。
逆を言えば頭以外は弱点じゃない。
数を減らすには頭を狙う必要がある。
「面倒臭い奴だなっ!」
悪態をつき、飛び跳ねた頭蓋二つを斬り払う。
同時に足を動かしてこちらから仕掛け、頭蓋を狙って紅蓮刀を振るった。
それ以降、出来るだけ数を減らすように立ち回る。
けれど、いかんせん数が多い。
やむを得ず身体のほうを崩さざるを得ない場合もある。
いつの間にか地面を跳ねる頭蓋が増え、それが噛み付いて動きが鈍る。
負ける要素はないが面倒臭くて厄介極まる。
そうした戦いづらさを感じながらもスパルトイの数を減らしていく。
順調に思われたが、ここで思わぬ事態が発生する。
「なっ、なんだっ!?」
「こっちにもっ!」
「こいつら回り込んでやがったのかっ!」
探求者たちが逃げた先でそんな叫びが聞こえた。
回り込んでやがった。
スパルトイはいまこの場にいるのがすべてではない?
挟み撃ちにするために軍を分けていたのか。
「なかなか狡猾な奴らだな、スパルトイ」
知性や知能がまるでないスケルトンとは格が違う。
その頭蓋の中にはきちんと思考能力が詰まっているらしい。
流石は中位の魔物、スケルトンの上位種様と言ったところか。
「思った以上に厄介だよ、本当に」
地面を蹴って方向転換。
魔氷の防御壁に向かって走り、道中にいるスパルトイを斬り捨てる。
この際、斬るのは胴でいい。
頭蓋だけになれば噛み付かれても問題ない。
「そこで大人しくしてろ」
サラマンダー・シェルをジャックフロスト・ボディに変換。
同時に紅蓮刀を掻き消して魔氷へと突っ込んだ。
この魔氷はジャックフロストの行動を阻害しない。
俺だけがこの魔氷の防御壁を抜けられる。
噛み付いていた頭蓋は魔氷に阻まれて粉々に砕け散った。
「待ってろ、すぐに行く」
魔氷を出て、探求者たちを目視する。
案の定、スパルトイに囲まれていた。
魔氷の向こう側に置いてきたスパルトイが防御壁を越えるまで時間がかかる。
それまでに奴らを全滅させよう。
「まったくもう」
スパルトイの厄介さ加減にまた悪態をつきつつ走る。
ジャックフロスト・ボディをサラマンダー・シェルへ変換。
紅蓮刀を再構築し、探求者たちの救援に向かった。