敵対の関係
鈍い痛み、骨の軋み、苦しみの果てに変異は完了し、この骨格に新たな力が宿った。
身に纏う魔力はその姿を変え、全身が龍鱗に覆われる。
頭蓋を覆う魔力に六つの眼が開き、背から生えた龍翼が不釣り合いなほど大きく広がった。
身を覆う魔力が龍化し、アジ・ダハーカの能力を手に入れた。
「――アジ・ダハーカ・イビルを獲得しました」
「ふぅ……」
鋭い爪が生えた両腕を眺め、手の平を夜光石の夜空に翳す。
これでまた一歩、前進することができた。
この旅の終わりに迫れている。
あといくつだ? あとどれだけ死闘を演じれば良い?
決まっている。精霊も言っていた通りだ。
すべては俺次第。俺が強くなった分だけ、変異を繰り返した数だけ、人間に近づける。
もうすこしの辛抱なんだ。
「撃て!」
未来に、将来に、行く末に、思いを馳せていると地上から怒号のような号令が響く。
視線をそちらに向けると、数百の魔法が逆さまの雨のように這い上がってきているのが見える。
その更に先では地上で生き残った兵士達の数々が見えた。
彼らの戦いは、まだすこしも終わっていないらしい。
まぁ、脅威対象がアジ・ダハーカからそれを討伐したスケルトンに変わっただけだしな。彼らにとっては。
「試し撃ちといくか」
指を弾いて乾いた音を響かせ、周囲に千の魔法を展開する。
数百なんて物の数じゃない。
千の魔法を解き放ち、数百の攻撃を撃ち落とす。
それでもこちらの魔法はあまり、余剰した分だけ威嚇として地上に降り注いだ。
絨毯爆撃でもするように地上が斑状に陥没し、周囲の兵士たちを吹き飛ばす。
もちろん、加減はしてあるから爆風にすこし煽られるくらいだ。
死にはしないはず。
「撃て! なんとしてもここで仕留めろ!」
それでも兵士たちは挫けず、攻撃は仕掛けられ続ける。
うすうす感づいてはいるはずなんだ。
何百、何千、何万と魔法を放っても、勝てないことくらい理解している。
それでも攻撃を止めない。諦めない。足掻き続けている。
俺は彼らのことをよく知らない。
今までのように手を取り合うことも、話し合うことも、協力し合うことも、なかった。
だから、彼らの心情を真に理解することは敵わない。
でも、彼らがいま決死の覚悟で攻撃を放ち続けていることはわかった。
シーサーペントに挑んだ人魚たちのように、カーバンクルと対立するエルフたちのように、サンダーバードに抗ったドワーフたちのように、彼らも戦っている。
でも、だからと言って、倒されてやる訳にもいかない。
こちらも果たすべき約束のために戦い続ける必要がある。
だから。
「悪いけど、しばらくの間は怯え続けてくれ」
この戦場にもう用はない。
だから俺はこの場をあとにする。
数百の魔法を千の魔法で撃ち落としながら、この大規模空間から去る。
俺を逃がせば、兵士たちは思うだろう。
いつかまた再来するかも知れないと。
倒せずに逃がすということはそういうことだ。
例え、俺にその気がなくても彼らはそう思う。
彼らとはなんの繋がりも持たなかったのだから。
俺と彼らは最後まで敵対関係だったのだから。
ゆえに、しばらくの間は俺の再来に怯え続けてもらう。
長い月日が経って今日のことが風化して消え去る、その日まで。
「行くか」
身の丈以上の巨大な龍翼を羽ばたいて暴風を起こし、俺は戦場から離脱した。
木々がしなり、土埃が舞い、竜巻が走る中を飛行し、兵士達を置き去りにする。
この大規模空間をあとにした。
「さぁ、次だ」
大きな龍翼を畳んで仕舞い、六つの眼で仄暗い通路の先を見据える。
龍の瞳は通路の果てまで見渡すことができ、遠くにいる魔物を視認することが出来た。
オチュー・アイズのように一度に全方位を見渡すことはできないが、先を見通す能力はこちらのほうが上のように見える。
見据えた魔物たちに向かって駆けだし、結晶刀にアジ・ダハーカの極彩色に輝く魔力を注ぐ。
結晶の刀身は色鮮やかな光の粒子を散らし、仄暗い通路を照らし出す。
闇を払いながら駆け抜けて、直ぐさま魔物の至近距離にまで踏み込んだ。
そうして極彩色の刀身を振り上げ、一番近くにいた魔物に向かって振り下ろした。