三首の邪龍
謎の軍隊から逃走して通路を飛行し、大規模空間に出る。
夜光石の鉱脈から放たれる明かりが月光のように空間を照らしていた。
緩やかな起伏が続く丘陵の上を飛行して、目標であるアジ・ダハーカの姿を探す。
「ここにいるはずだけど」
通路を飛んでいる間に精霊に確認を取った。
間違いなく、アジ・ダハーカはここにいる。
住処はどこだろうか? 山奥か、平地か、古城に住んでいるということもありえる。
様々な予想をしつつ、背中の両翼を羽ばたかせていると。
「ん?」
遠くでチカチカとなにか輝いているのが見えた。
近づくたびにそれは数を増し、光も強くなって遅れて花火のような音が響く。
更に近づくと、人々の怒号のような声までが聞こえてきた。
「これは……」
すべてが見下ろせる位置につき、眼下に広がる景色に息を呑む。
チカチカと輝いていたのは魔法で、それが花火のように弾けていた。
人が人に向けて魔法を放ち、剣を振るっている。
地形が壊され、人々が舞い、鮮血が散り、死体が転がっていた。
「戦争……」
ここは戦場であり、両陣営が熾烈な死闘を繰り広げている。
その凄惨な光景に言葉では言い表せないような感情が胸の奥底から込み上げてきた。
「……精霊、ここにいるのか? 本当に、アジ・ダハーカが」
「――間違いありません」
「なら、これはいったい」
この大規模空間に少なくとも二つの勢力があって戦っている。
アジ・ダハーカという脅威があるなら、人同士で争っている場合ではないはず。
なのに、どうしてこの人たちは他の脅威には目もくれずに戦っているんだ?
「グォオオォオオオオオオォオオォオオッ!」
戦場を目の前にして戸惑っていると、不意に三重の咆哮が轟いた。
見れば片方の陣営から三つ首の龍が戦場に舞い降りた。
薄く紫が混じる黒の鱗に覆われ、首のそれぞれが意思を持ってうねる。
広げられた両翼はこれまで戦ってきたどの魔物よりも大きく見え、その強大さを否が応でも見せつけられる。
それは敵味方もろともを踏みつぶし、無数の魔法を展開した。
千の魔法を操る龍。
その名に相応しく、まさしく千の魔法が解き放たれ、闇夜を斬り裂いて敵対勢力を吹き飛ばした。
「どう……なってるんだ?」
アジ・ダハーカが戦争の兵器として扱われている?
飼い慣らされているのか? あの化け物染みた高位の魔物が。
「――飼い慣らされているのではありません。飼い慣らしているのです」
俺の心を読んだかのような解答がくる。
「……恐怖で従わせているのか、それとも洗脳か」
「――後者です」
「なるほど……」
あれほどの人数を一度に洗脳できるのは、流石高位の魔物と言ったところか。
アジ・ダハーカがダンジョンを出たら、簡単に街や国が乗っ取られそうだ。
「となると、もう片方は正気なのか」
洗脳された同胞と戦わされ、アジ・ダハーカ本体にも蹂躙されている。
「状況はわかった」
戦場の勝敗は千の魔法が放たれたことによって決している。
あとは逃げ惑う兵を一方的に狩り尽くすだけ。
「とにかく、アジ・ダハーカを止めないと」
両翼を羽ばたかせてアジ・ダハーカへと接近する。
刀身に黒い炎を灯し、二頭の犬頭を連れて飛行した。
その様子を三つ首のうちの一つが視認し、残りの二つも俺を見た。
「グォオォオオオォオオオオォオオッ!」
再び三重の咆哮が轟いて、無数の魔法が展開される。
それらすべての照準が俺へと向けられ、一斉に解き放たれた。
「チッ」
左腕をカーバンクルのそれに変換し、結晶盾を展開する。
だが、それで防げるのは一属性の魔法のみ。すぐにほかの属性の直撃を受けて破壊されてしまう。
「やっぱりダメか」
防衛を諦めて逃避を選ぶ。
無数の魔法に追い掛けられつつも夜空を飛び回るが、前方からも回り込まれてしまう。
「えぇい、くそ」
躱し切れない魔法は黒い火炎を灯した剣撃で断ち切って焼却する。
だが、如何せん数が多くて捌き切れない。
斬っては躱して回避を繰り返し、どうにかしのいでいると。
「グォオオォオォオオオオォオオッ!」
更に追加で千の魔法が解き放たれた。
「こいつは不味い」
いくら何でもこれは無理だ。
「――魔装ッ!」
オチューの瞳とサンダーバードの雷を掛け合わせ、雷毒の魔装を身に纏う。
瞬間、身に纏うすべての魔法の動きが止まって見えた。
この魔装を解除しない限り、魔法には当たらない。
「対策を練らないと」
無策で突っ込んでいい相手ではなかった。
アジ・ダハーカを止められはしなかったけれど、すこしの間だけ気を反らせた。
その間に逃げる算段を付けてくれているといいが。
「待ってろ。必ず倒すからな」
身に宿した魔力が尽きる前に戦場から離脱する。
魔装を解除すると共に無数の魔法がなにもない虚空を射貫いた。
アジ・ダハーカはすでに遠くまで逃れていた俺を探してしばらく三つ首を彷徨わせていたが、途中で飽きでもしたかのように飛び上がる。
そうしてどこかへと飛び去っていった。
「ふぅ……」
身を隠していた丘陵の影でそっと息を吐く。
「どうしたもんか……」
そしてアジ・ダハーカの対策に頭を悩ませるのだった。