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因縁の宿敵


 決戦の地へ、足を踏み入れる。

 かつて探求者の少女を助けた場所。

 かの宿敵との因縁ができた空間。

 サラマンダーはそこに座していた。

 俺を待ち構えていたかのように。


「よう、久しぶりだな」


 群青に染まる刀を構築しながら歩み寄る。

 その様子を見てか、サラマンダーは立ち上がった。

 向こうも俺をかつてのスケルトンだと認識しているのだろう。

 すでに口から火の息が漏れている。


「再戦と行こうぜ」


 群青刀を構える。


「今度はもう逃げないからさ」


 両の足をコボルトに変え、地面を蹴った。


「――」


 肉薄する俺に対して、サラマンダーは火炎を食んだ。

 繰り出されるのは拡散する炎弾。

 視界を覆い尽くす火炎の群れに、かつての初戦を想起した。


「なめんなよ」


 あの時はただ逃げることしか出来なかった。

 だが、今回は違う。

 群青刀に魔力を流し、水刃を構築して放つ。

 それは同じく拡散し、飛来する炎弾のことごとくを相殺した。

 うすく水蒸気の幕が張るが視線を遮るほどではない。

 それを突っ切り、サラマンダーに肉薄する。


「そいつはもう克服したっ!」


 刀の間合いにまで攻め込み、この手で群青の軌跡を描く。

 一刀は天から落ちた雨粒のごとく落ち、その赤熱の鱗を断ち斬った。

 刃は頭部を斬り裂いて、鮮血が舞い散る。


「――浅いかっ」


 しかし、その硬度の高さに太刀筋が通り切らない。

 斬ることは叶ったが、軽傷に終わってしまう。

 そして、この一撃でサラマンダーは怯んでいない。

 反撃として、その爪が火炎を纏う。


「くっ――」


 火炎を伴う鉤爪の一撃。

 それを躱すために地面を蹴った。

 回避はなんとか成功し、鉤爪は虚空を引き裂いて空振りに終わる。

 だが、それは代わりにと岩肌の地面を引っ掻いた。

 真っ赤に色付かせ、融解させて。


「落ち着け」


 着地後、間を置かずに走り出す。

 回り込むように曲線を描き、思考を巡らせる。

 斬ることは叶った。

 全力の獣爪と魔刃でも傷跡しか残せなかった昔とは違う。

 余力を残しながら、赤熱の鱗を斬ることができている。


「行ける。勝てる」


 あせる必要なんてない。

 慌てずに、じっくり行こう。


「――」


 回り込む俺を追いかけるように、サラマンダーは炎弾を吐く。

 それは一定距離を過ぎても拡散しない。

 拡散は無意味と学習したか。

 コボルトの両足ならこれを問題なく振り切れる。

 だが、俺はそれにあえて受けて立つ。

 その場で立ち止まり、群青刀から水刃を放った。

 水と炎。

 相反する二つがぶつかり合い、大量の水蒸気が爆ぜる。

 それは霧のように濃く広がって互いの視界を遮った。


「――」


 サラマンダーはそれでも闇雲に炎弾を放つ。

 小型の炎弾がいくつも飛び出すが、見当違いもいいところ。

 奴には見えていなくても、こちらからは見えている。

 水蒸気の中からでも明るい火炎と火の息で、サラマンダーの位置が特定できていた。


「一つ」


 水蒸気の霧を抜けて不意打ちに一刀を刻みつける。

 赤熱の鱗を引き裂いて負傷を与え、その場から即座に退避する。

 一手遅れてサラマンダーはすでに離れた俺へと火炎を吐く。

 それをまた水刃で相殺することで水蒸気の霧を張った。


「二つ」


 霧に隠れてまた不意を打ち、再び赤熱の鱗を斬りつける。

 同時に、今度は退避ではなく跳躍をした。

 頭上、生物の死角へと行くためだ。

 俺を見失ったサラマンダーへ、空中から水刃を落とす。


「三つ」


 頭上から放つ水刃はサラマンダーの背中に太刀傷を刻む。

 打ち込みで斬るよりも、それは深い傷になったがまだ致命傷には程遠い。

 鱗も肉質も硬すぎる。

 その事実に苦い顔をしつつ着地の準備を始めた。

 しかし。


「――ッ」


 不意に感じた異様な風圧に、本能が防御の姿勢を取る。

 瞬間、強烈な衝撃がこの身を襲う。

 なにが起こったのか?

 その疑問の答えは吹き飛ばされる最中に知った。

 尻尾だ。

 サラマンダーの尻尾に殴り飛ばされた。


「――ガッ」


 投げ付けられた野球ボールであるかのように岩壁に叩き付けられた。

 骨格のすべてに生じた負荷に視界が眩み、意識が揺れる。

 だが、その最中でも俺は見逃さなかった。

 追撃を仕掛けるためにサラマンダーが跳躍した事実を。


「くそっ」


 直ぐさま地面を蹴って、転がるようにその場から退避する。

 その直後に岩壁が砕ける酷く鈍い音がした。

 火炎を纏う鉤爪が意図もたやすくそれを穿っている。

 まだ衝撃が抜けきらない。この距離では不十分。

 そうままならない思想で判断し、後方へと跳び退いた。


「――」


 それが仇となる。

 サラマンダーはそれを許さない。

 自らも更に跳躍することで、その巨体が俺に追いつく。

 岩をも融かす高熱の鉤爪が振るわれ、この身に迫る。


「喰らって堪るかっ」


 未だに身体は空中にあって、今更、退避先は変えられない。

 だが、それはかつての俺だったならの話だ。

 俺は身をひねることで、自身に生えた尻尾を地面に叩き付けた。


「これでっ」


 その反動によって進行方向は強引に変更される。

 鉤爪はまたしても虚空を掻いて地面を融かした。

 着地。

 同時に、またサラマンダーが跳躍してこないように群青刀で水刃を放つ。

 それは赤熱の鱗を斬り裂いて、着地直後のサラマンダーを怯ませた。

 だが、やはりと言うべきか致命傷にはいたらない。


「なにかいい手は……」


 打ち込みも水刃も、勝敗を決するほどの威力が出ない。

 残る手段は突きくらいか。

 かつてシーサーペントを凍死させたように。

 サラマンダーの体内に水の魔力を送り込む。

 外殻がいくら硬くとも斬れる以上は貫けるはず。

 臓器や血管まで硬い生物などいるはずがない。


「よし」


 次の手を決めて、それまでの道筋を模索する。

 だが、それを遮るようにサラマンダーは変化を起こした。


「……火炎を」


 火炎を身に纏う。

 鉤爪だけではなく、頭の先から尾の最後まで。

 奴の一歩は地面を融かし、マグマのように変えていく。


「考えていることがわかるのか?」


 これでは迂闊には近づけない。

 突きを放つには至近距離にまで踏み込まなければならないのに。

 シーサーペント・スケイルがあるとは言え、あの火力をそう長くは防げない。

 ここが水中だったならと思わずにはいられなかった。


「……四の五の考えてもしようがないか」


 今できる最善を尽くすしかない。

 覚悟を決めて、群青刀に魔力を貯め込んだ。


「――」


 サラマンダーが駆ける。

 それに合わせて、こちらも肉薄した。

 水蒸気の霧で視界が遮られるのを嫌ったのか、炎弾は撃ってこない。

 貯め込んだ魔力を水刃に割かなくていいのは好都合。

 互いの思惑が交差し、俺たちは互いに間合いへと踏み込んだ。


「――」


 初手を打つのはサラマンダー。

 火炎を伴う牙がこの身に迫るがコボルトの瞬発力がそれを回避する。

 回避先は奴の側面。

 火炎を纏う横腹を目がけて刀を構えて地面を蹴る。

 しかし、そう簡単には決まらない。

 更に畳み掛けるようにサラマンダーの尻尾が襲い来る。


「こんなものっ!」


 すぐさま俺は小さく跳んだ。

 跳び越えるためじゃない、滑り込んで潜るためだ。

 火炎で融解した地面を滑り、目と鼻の先で尻尾が過ぎていく。

 尻尾による攻撃も躱しきった。

 そして滑り込みによってサラマンダーの胴体下へと潜り込んだ。


「思い出すよな」


 左腕をジャックフロストに変えて下方から胴体を突き上げる。

 豪腕から繰り出される殴打はサラマンダーの巨体を宙に浮かせた。

 そうすればよく見える。

 かつて俺が魔刃に刻みつけた傷跡が。


「あの時をさっ!」


 そうして次なる一手を繰り出す。

 その腹部を狙い澄まして群青刀を突き放つ。

 きっさきが腹部の鱗を斬り裂いて刀身のすべてが肉に埋まる。


「――っ」


 サラマンダーは悲鳴を上げたが容赦はしない。


「これでっ!」


 刀身に注ぎ込んだ魔力を全解放。

 水の魔力がサラマンダーの体内を駆け巡る。

 けれど。


「な……」


 解放され拡散した水の魔力が端から消滅させられていく。

 サラマンダーの体内を駆け巡る高濃度の炎の魔力によって。

 抑え込まれる。蒸発させられる。

 勝敗を決める一手になるはずの攻撃は意図もたやすく無力化された。

 あまつさえ炎の魔力によって群青刀が掻き消える。


「――っ!」


 更にサラマンダーの全身が爆ぜる。

 熱風と火炎の嵐が巻き起こり、俺の身体を吹き飛ばした。


「ぐっ、くそっ……」


 地面を何度か転がってなんとか体勢を整える。

 すぐさま正面へと視線を持ち上げると俺は明確なる絶望を見た。

 辺り一面をマグマに変えたサラマンダーがこちらを見据えていたのだ。

 身に纏う火炎を更に盛らせて。


「はっ――ははっ」


 これまでの備えを、戦法を、すべて真っ向から封じられた。

 打ち込みでも、水刃でも、体内への魔力解放も、サラマンダーには効かなかった。

 残された手はもうない。

 でも、それでも。


「諦めないぞっ! 俺は!」


 約束したんだ。

 必ず人間として復活し、セリアを迎えにいく。

 だから、諦めない。

 最後のその時まで。


「――っ!」


 サラマンダーは動き出す。

 とどめを刺そうと駆けだした。

 それを前にして俺は身じろぎもせず思考を巡らせた。

 どうすればサラマンダーを倒せるのかと。

 手は尽くしたがどれも効果は薄い。

 もっと鋭く、もっと威力のある攻撃。

 それが出来なければ勝機はない。


「――そうか」


 一つの心当たりを見つける。

 そして、シーサーペントの特性を用いて一つの魔法を模した。

 形作るは弓と矢だ。

 番えて引き絞るは高密度の水の魔力。

 荒れ狂う水流を一条に束ねて制御した一本の矢。


「借りるからな、セリア」


 俺の中に微かに残る人魚の魔力。

 セリアの思いが、それを可能にした。


「これでお前を超えるぞ、サラマンダー!」


 放つは一筋の閃光。

 無数の気泡を孕む、超高圧の水ブレス。

 神と並んだ海の大蛇が解き放つ息吹。

 それは研ぎ澄まされた一矢となって馳せる。


「――っ!」


 サラマンダーはそれに対抗するように濃い赤を食む。

 その口腔から放たれるのは大気すら焼き焦がす火炎放射。

 水と炎。

 真正面からぶつかり合った両者は今度こそ雌雄を決した。

 火炎が呑み込み、その腹を水の一矢が突き破る。

 一条がすべてを超えて馳せ、サラマンダーを貫いた。


「――」


 断末魔の叫びを上げ、それはか細く途切れていく。

 サラマンダーは生命を最後まで振り絞り、力なく地に伏した。


「よう……終わったな」


 死体に近づき、その鱗に手を当てる。

 それはすでに熱が失せていた。


「お前は俺の宿敵だ。でも、ここで足踏みはしていられない」


 いつまでもサラマンダーと競り合ってはいられない。

 俺は更に上を目指さなくてはいけないから。


「お前を糧にして俺は前に進む」


 手は鱗から離れて露出した骨に触れる。


「じゃあな」


 因縁にケリをつけ、宿敵に別れを告げる。

 サラマンダーの骨格と混淆し、そのすべてを吸収した。

 同時に変異の兆候が現れ、それに伴う苦痛が起こる。

 身体中を駆け巡る炎の魔力。

 それに促された変異は終わり、そして新たな力を手に入れた。


「――サラマンダー・スケルトンに変異しました」


 骨の身体は赤く熱を帯びている。

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新作を始めました。こちらからどうぞ。魔法学園の隠れスピードスターを生徒たちは誰も知らない
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