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幸福の祝宴


 目の前には見たこともない、美味しそうな料理が並んでいる。

 杯に注がれた飲み物は鮮やかな青色で甘い匂いがした。

 これらはすべて今日という日を祝うためのもの。

 シーサーペントという脅威に打ち勝ち、解放されたことを喜ぶためのもの。

 つまりは。


「――祝宴だっ! 皆、大いに呑め、歌え!」


 セリアの兄、クエンの言葉によって祝宴は開かれた。

 共に戦った戦士たちが歓声を上げ、我先にと料理に手をつける。

 その騒がしさと来たら、映画でも見ているような気分になるほどだった。


「しかし、すごいな……ここは」


 杯に飲み物が収まっているのも、甘い匂いがするのも。

 ここが水のない場所だからだ。

 水底の一角。

 この場所には薄くて透明な丸い膜のようなものが張られている。

 それが水を追い出し、水のない空間を作り出していた。

 シャボン玉の中にいる、とでも言えばいいのだろうか?

 どこかの水族館に、こういうエリアがあったような気がする。

 膜の正体は魔法だとか。


「それに……」


 この場にいる人魚たちはこの時だけはただの人間に見える。

 魚である下半身が人間になっているからだ。

 どうやらこれも魔法によるもののようだ。

 膜を抜けて水中に出ると人魚になり、入ってくるとまた二本足になる。

 実に不思議な光景だった。


「さぁ、透殿。思う存分、喰って呑むのだぞ。あー……喰えるか?」

「さぁ? どうだろ。試したことはあるけど……」


 目覚めてから口にしたものと言えば魔力の塊くらいだ。

 味のしない寒天みたいな食感のものだけ。

 まともな食事はずいぶんと久しぶりだ。

 食べてみたいという気持ちはある。

 けれど、特に腹が減っているわけでもない。

 胃がないから空腹感も飢餓感もない。


「まぁ、折角だし口に入れるだけ入れておくか」


 フォークを手に取り、茹で上がった海老のようなものを刺す。

 持ち上げて見てみると、乳白色のソースが滴り落ちた。


「いただきます」


 きちんと食前の挨拶をしつつ、それを食べる。


「――ん」


 口の中に海老が入るとともに、それがほろほろと崩れ出す。

 同時に味覚を感じ、五十年ぶりとなる味を堪能した。


「あぁ……うまいな」


 いつか精霊が言っていたことがある。

 食べるという行為に意味があって消化吸収する必要はないと。

 恐らく、この食事もそれに当たるのだろう。

 口の中に入れば食べたも同然。

 噛み砕く必要もなく、崩れて魔力に変換される。

 それがスケルトンとしての仕組みなんだ。

 物を噛めないというのは、なかなかどうして食べた気になれないが。

 味がするだけ救われる。

 美味しいと感じることが出来ただけでも幸運だ。


「おぉ、いけるか。なら、じゃんじゃん喰えよ」

「あぁ、そうさせてもらう」


 次々に料理を口に運んだ。

 どれもこれも美味しいものばかり。

 それらがとても心に沁みた。

 談笑を交えつつ、そうしているとクエンが呼ばれて席を立つ。

 話し相手がいなくなると、入れ替わるように人魚たちがやってきた。


「あなたがシーサーペントにとどめを刺したという透殿ですかっ?」


 まだ年若く十代前半と言った少年たちの目は輝いていた。


「あ、あぁ」

「本当にスケルトンなんですねっ! 握手してください!」

「も、もちろん」


 握手を求められたのは初めてのことだ。

 すこし戸惑いながらもそれに応える。

 俺なんかの手を握って、少年はとても喜んでくれた。


「お、俺も俺もっ!」

「僕もお願いします!」


 次々に手が伸ばされ、順にそれに応えていく。

 みんな一様に嬉しそうな顔をしてくれる。

 そのことが我ながら現実味がなくて不思議な気分がした。


「ふふっ、人気者ですね」


 握手が一通り終わると、今度はセリアがやってくる。

 酒瓶をもち、空いた杯に注いでくれた。


「ありがと」


 鮮やかな赤色の酒。

 呑めばすっきりとした甘味が広がった。

 アルコールも魔力に変換されるから酔えはしないけど。


「賑やかだな」

「そうですね。みんな浮かれています」


 祝宴はとても盛り上がっている。

 あるところでは戦士同士が演武し、あるところでは女たちが舞いを披露する。

 聞き馴染みのない音楽が木霊し、それに乗って歌声が響く。

 その楽しげな雰囲気がとても心地良い。


「それもこれも透さんのお陰ですよ」

「俺だけじゃないさ。一人じゃ勝てなかった」


 あの歴戦のシーサーペントに一人で挑んでいたかと思うと、ぞっとする。

 セリアがいて、クエンがいて、戦士たちがいて。

 俺はようやくシーサーペントにとどめを刺せた。

 自分一人で勝てたとは思えない。


「でも、あなたがいなければ私たちは勝てませんでした」


 そうセリアは告げる。


「すでに目的は達したあとだったのに。あなたは命を懸けてくれた」

「まぁ……用が済んだらさようなら、なんて出来ないないからな」


 俺の目的はシーサーペントの遺骨と混淆すること。

 サラマンダーに有利な変異を遂げることだった。

 そしてそれは凍死させたシーサーペントの骨格を吸収したことで達せられた。

 極端なことを言えば、そこで逃げてもよかった。

 歴戦のシーサーペントと人魚たちに押しつけて地上に戻ることだってできた。

 そうしなかったのは筋や義理と言ったものを通したかったからだ。


「私たちはそのことを後世に語り継ぎます」

「やめてくれよ、恥ずかしい」


 俺なんかの名前が語り継がれちゃ堪らない。


「ダメです。嫌と言っても語り継ぎます」


 その目は本気だった。


「あなたは私たちにとって英雄そのものなんですから」

「まいったな……」


 随分と大それた肩書きをもらってしまった。

 分不相応にもほどがある。

 俺はただのスケルトンだって言うのに。


「おー、のんどるかー!」


 そうしているとクエンが戻ってきた。

 べろべろに酔った状態で。


「もう! お兄様ったら!」

「よいではないか、今日くらいはハメを外させてくれ」


 すこぶる機嫌がよさそうに、俺の隣に腰掛ける。

 まだ飲み足りないようで、更に酒をあおっていた。


「はぁー! よい気分だ。あぁ、そうだ、そうだ。透殿!」


 そう名前を呼びつつ、ばしばしと肩を叩いてくる。

 酒癖が悪いのか? クエンは。


「な、なんだよ」

「聞けば、透殿は人間に戻るために色々としているそうだな?」

「あぁ、まぁな」


 シーサーペント・スケルトンに変異できたことで更に一歩近づけた。

 まだまだ道のりは長いが着実に近づけてはいる。


「つまり、いつかは人間に戻るわけだ」

「うん? あぁ、まぁ、将来的にはな」

「うんうん」


 酔っ払いを相手にしているからか、なかなか要領が得ない。


「なんだよ? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」

「いや、な。人間に戻った暁にはまたここを訪れてほしい」

「ん? あぁ、俺はそのつもりだけど」


 ちらりとセリアを見る。

 シーサーペントに挑むまえに、そう約束をしていた。


「で、だ。できればその際に、我が妹を嫁にもらってほしい」

「はい?」


 思わず、聞き返してしまった。

 セリアを嫁にもらう、だって?

 そのあまりのことに呆然としてしまう。


「おっ、お兄様っ! な、なんてことをっ!」


 セリアも慌てだし、クエンに詰め寄った。


「よいではないか。透殿が人間に戻ればこれ以上の婿はおらんぞ」

「そういうことではありませんっ! もう! お兄様はもう呑んではいけません!」

「ま、待ってくれ! それだけは勘弁してくれ!」

「ダメです。私、もう怒りましたから!」

「そ、そんな……」


 そんな兄妹のやり取りに周囲から笑いが起こる。

 族長も妹には敵わない。

 そんな風な笑い話に俺も便乗する。

 そして、先ほどの話を頭の片隅に追いやるように酒をあおった。

 酔えないことが、ここに来て痛手になるとは思いもしなかったな。


「――ふー、ずいぶんと静かになったな」


 どんちゃん騒ぎの祝宴にも終わりがくる。

 すでに大半の人魚たちが酔い潰れて眠っていた。

 よほどシーサーペントからの解放が嬉しかったのだろう。


「……そうか」


 今こうして見渡してみると若い人魚たちしかいない。

 族長であるクエンより年上の者が極端に少なく見える。

 恐らく、それより上の世代はみんな贄になったのだろう。

 だから、若いクエンが族長を務めている。


「……よかったな」


 贄の必要がなくなった今、誰一人として犠牲になることはない。

 その一助となれたことを、俺も嬉しく思う。


「そう言えば……」


 ふと見渡してみて、セリアの姿が見つからない。

 立ち上がって膜の外に出てみる。

 すると、うずたかく積み上がった岩の上にその姿をみた。


「セリア」


 近くまで游泳し、そう声を掛ける。


「透さん」

「隣、いいか?」

「えぇ、どうぞ」


 許可を得たので遠慮なく腰掛けた。


「どうしたんだ? こんなところで」

「すこし静けさが恋しくなって」

「あぁ、たしかにな」


 ここはとても静かだ。

 小型の魔物が群れをなして泳ぎ、誘魚珊瑚がそれを照らしている。

 無音と景色が心を穏やかにしてくれる。


「……あの」

「ん?」

「さっきの話なんですけど」

「さっき? あぁ……」


 あの嫁にどうのって奴か。


「安心してくれ。酒の席での話だ、本気にしちゃいないから」


 クエンも酔った勢いで言ったに違いない。

 だって俺、スケルトンだし。


「……あの、ですね。私……その……」

「うん?」


 そう相づちを打つと、セリアは意を決したように言う。


「あなたさえ良ければと思っています、私は」

「あ……え?」


 これはどういう意味だ?

 そういう意味か?

 そういう、ことだよな?


「スケルトンだぞ? 俺」

「でも、いつかは人間として復活するんですよね?」

「そりゃそうだけど」


 だからって、そんな。


「人間に戻れたとしてだ。俺の素顔がどんなものかもわからないんだぞ」

「容姿は関係ありません。そうでないと兄の言葉を本気にしたりしません」

「……まぁ、そうか」


 それもそうだ。


「いや、でも、まだ出会って一日も経ってないぞ」


 せいぜい十数時間、二十数時間と言ったところ。

 お互いを知るにはあまりにも短い時間だ。


「時間も関係ありませんよ。だって――」


 セリアは真っ直ぐに俺をみた。


「どうしようもなく、あなたのことが好きになってしまったんですから」


 面と向かってそう言われてしまうと、返す言葉がなかった。

 生前なんか女子に見向きもされなかったのにな。

 なんで死後になってから、こう言う話が出てくるんだろうか。


「透さんは私のことが嫌いですか?」

「嫌いなわけないだろ。むしろ……でもだな」


 人間と人魚の違いというか、なんと言うか。

 もっとこう、段階というものを踏むべきなのではないか。

 そう思えてならないんだ。

 けれど人魚にそう言った概念はないらしい。


「……いや、そうだな」


 なら、俺も腹を括るか。


「わかったよ、セリア」


 立ち上がって遠くを眺める。


「俺が人間として復活できたらセリアを嫁にもらいに戻ってくる」


 セリアの顔がまともに見られなかったから。


「本当……ですか?」

「あぁ、その時まだ俺を好きでいてくれたらな」

「大丈夫です。この気持ちがなくなることはありません」


 セリアも立ち上がり、そっと寄り添う。


「ずっと待っていますから」

「あぁ、いつか迎えにいく。必ずな」

「はいっ」


 俺たちは誓いを交わす。

 勝ち取った未来に絵を描いた。

 それを現実とするためにも、ますます死ねなくなってしまった。

 そうして時間は経ち、一夜が明ける。


「――もう、行くのか」

「あぁ、はやいところ人間に戻らないといけないからな」


 正確にはこのダンジョンに昼夜の概念はないけれど。

 みんなが起床すると共に、俺は出発する旨を告げた。


「透さん。お気を付けて」

「あぁ」


 互いに抱き締め合い、別れを惜しむ。

 ずっとこうしていたいが、そういう訳にもいかない。


「じゃあな」

「はい」


 セリアから離れて、人魚たちに背を向ける。

 そうして去っていく俺の背中にはいくつもの言葉が投げかけられた。

 別れを惜しむ言葉。再会を望む言葉。行く先の幸運を祈る言葉。

 それらに後押しされて、俺は水中から地上へとあがる。


「――よし、行くか」


 準備は整った。

 死ねない理由もできた。

 だから、まっすぐに向かうとしよう。

 因縁の宿敵が棲まう、あの決戦の地へ。

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新作を始めました。こちらからどうぞ。魔法学園の隠れスピードスターを生徒たちは誰も知らない
― 新着の感想 ―
[気になる点] 歴戦のシーサーペントの遺骨は吸収してないのでしょうか? 地の文に記載がないですが、せっかく倒した歴戦個体を吸収しない理由は?
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