高位の集合
Ⅰ
「ど、どうなっただろう……」
見慣れた広いリビングにて、私は同じところをぐるぐると歩き回っていた。
居ても立っても居られない。座っていることができず、無意味に部屋中をうろうろしてしまう。理由がなければただの変質者だ。
「師匠……」
師匠は今、探求者組合支社ビルにいる。
支社長から呼び出されたのだ。この前の一件、無断で彼と会ったことが発覚した、ということならまだよかった。けれど、この呼び出しは他の高位探求者にまで及んでいるという。
多忙を極める高位探求者たちが一堂に会する。これが意味することはつまり、とうとう始まってしまうのだ。
高位探求者による本格的な討伐が。
「ただいま」
玄関のほうから扉が開く音が鳴り、師匠の声が聞こえてくる。
すぐにリビングを出ると、師匠に問いかけた。
「ど、どうなったんですか!?」
「美鈴。まぁ、予想通りってところだね」
期待していた返事とは程遠い真逆の言葉を言いながら師匠は靴を脱ぐ。
「まだスケジュールが合わない奴らがいるから猶予はある。けど、あの子を殺せるだけの戦力が整うのは時間の問題だ」
「そんな……」
すたすたと師匠はリビングへと向かってしまう。私は縋るようにその背中を追い掛けた。
「どうにかならないんですか?」
「無理だね。あの子は高位探求者を退けすぎた。未だかつてこれほどまでに討伐し損ねた魔物はいない。前代未聞さ。まぁ、だから戦力の逐次投入は止めにするってことさね」
慣れた動作でワイングラスとボトルを取り出し、師匠はテーブルにつく。
「高位探求者のスケジュールが合うまでに人間に戻れなきゃアウトだ。戦闘になったら、あの子も不殺を貫けなくなるほど激しい戦闘になる。結果は二つに一つ、私たちに殺されるか、私たちを殺して魔物に堕ちるかだ」
「……」
厳しい現実を突き付けられている。
師匠は探求者だ。仕事に私情は挟まない。探求者組合から命じられれば、師匠は迷いなく彼を殺すために動く。それは私にも止められないし、そうなれば私もそうしなければならない。
どれだけ嫌でも、やるしかない。
「まぁ、私のほうでも出来ることはやろう。なに、やりようによっては多少だが、時を延ばせるさ」
「……よろしく、お願いします」
「あぁ」
あとどれだけの猶予があるか、はっきりとしたことはわからない。
でも、その時は刻一刻と迫って来ている。彼はそれまでに人間に戻ることができるのだろうか? 私はただ信じることしかできない。
思わず手を強く握り締めてしまう私がいた。
Ⅱ
背中から伸びる龍頭が魔物を食む。
食らいつき、牙を突き立て、飲み込む。
捕食された魔物は遺骨ごと分解されて魔力となり、本体である俺へと送られる。
小さな魔物なら混淆をしなくても魔力の補給ができるようになった。
「手順が一つ減ると効率もよくなるな」
高位探求者である彼女から逃れるために出現させた何千という分身たち。それは当然ながら魔力を消費することで形作られている。数が多ければ多いほど消費は大きくなるし、その割には分身たちはそれほど強くない。
まぁ、ほかならぬヒュドラの分身がそうだったのだから、さもありなんと言った感じだ。
分身は雑魚狩りや、敵のかく乱、それこそ逃走に使うほうが向いている。
「さて、魔力も溜まったことだし、次だな」
龍頭を撫でつつ、次に狙うべき魔物をかるく予想する。
まぁ、それはまるっきり無意味な行為なのでほどほどにし、精霊に尋ねることにした。
「――ケルベロスを推奨します」
「ケルベロス……」
それは誰もが一度は耳にするほど有名な名前だ。
複数の首を持ち、地獄の門を守護する猛犬。冥界の番犬であるケルベロスは、そこへと行き損ねた俺の存在を認めないかも知れない。牙を突き立て、引きずり回し、冥界へと連れて行こうとするかも知れない。
「上等。やってやる」
頭が複数ある魔物とは戦ったばかりだ。それに今となっては俺も複数の頭を持っている。まぁ、龍のそれではあるけれど。ともかく、格上だろうと勝負にはなるはず。
今回はまだ高位探求者にも出会っていないし、出会わないうちに用事を済ませるとしよう。
「よし、行くとするか」
精霊に導かれながら移動を開始し、ばったりと出会う魔物を龍頭が捕食していく。
魔力はいくらあっても困らない。魔力貯蔵量の限界値ギリギリを常に保ちつつ、仄暗い通路を突き進んだ。




