四種の吐息
幾たび首を落としても、ヒュドラの命には届かない。
普通なら致命傷になるような攻撃を幾たびも成功させているにも拘わらず、俺は追い詰められていた。時間的猶予は刻一刻と減っている。いつ彼女が戻ってくるとも知れないなか、ただ無情に時が流れていく。
「アァアアァアアァアアアアアアァァア」
連なる咆哮と共に、二つのブレスが混ざり合う。風と炎、二つの魔力によって成る深紅。単属性のブレスよりも遥かに火力が高いそれが大気を焦がすかのように伸びる。
「チィッ」
対するこちらも水と氷の絶氷を込めた一太刀で深紅のブレスを断ちきった。
だが、次の一手は更に苛烈なもの。
「アァアァアアァァアアァアアアアアアァァァア」
水と風、そして雷。三属性が織り成す眩い閃光。放たれた一閃が目にも止まらぬ速さで過ぎ、咄嗟に構えた得物も空しく砕け散り、またしても半身を打ち砕かれる。
「がっ……あぁ……」
砕け散った骨片とともに、翼を折られて地に落ちる。
その最中に見たのは、ヒュドラの四つの龍頭がブレスを一つに混ぜ合わせる様だった。
四属性の複合。それはまだ俺にも出来ていない。
「ここまで、か」
あれを躱せたとして、次を防ぐ術がない。
思考は巡らず、視野が端から暗くなり、目に見えるのは最早、砕け散って共に落ちる、己の一部のみ。
ただ、そのお陰で閃いた。
「いや、まだだ」
目の前の骨片を掴み取り、握り締める。
「アァアァァアァアァアアアァァァアアッ!」
瞬間、四属性複合の白色ブレスが解き放たれた。
こちらを呑まんと迫るブレスを前に、残った隻翼で空を掻いて体勢を整え、握り締めた拳を突き出した。
指を開き、手の平を晒し、掴んだ骨片を見せつける。
それは己の一部。血肉に等しい骨の欠片。これを犠牲にすれば、鮮血と等しく消費すれば叶うはず。触れるまでもなくすべてを焦がし、一切を灰燼に帰すジャバウォックの切り札が。
そして、それは思惑通りに消費される。
己の一部、骨片は手の平の上で発火し、煌々と蒼く燃え上がる。
指向性を持ちブレスのように放たれた蒼炎は、真っ向から四属性ブレスを呑み、焼き尽くし、青色へと塗り潰した。けれど、それだけで終わらない。ブレスを焼却すると、その先にあるヒュドラの龍頭にまで火炎は届く。
「アァアァア――アァァアァアァアアア――アアァァアアッ!?」
まるで鱗を燃料にでもしているのかと思うほど、火は迅速に燃え広がり、瞬く間に蒼い炎がヒュドラを包み込む。触れずとも焦げて燃え落ちるほどの火力を持つ蒼い焔に焼かれ、ヒュドラの肉体は瞬く間に蒸発する。
だが、蒸発した端から再生が始まり、火傷と修復が無限に繰り返されした。
そこにはもはや苦痛しかなく、地獄の底から響いてくるようなおぞましい悲鳴が連なって木霊する。
「……再生している間は骨が焦げても問題ない」
どうせ再生するのだから。
でも、どれだけ高位の魔物だろうと、その再生能力には限りがある。
蒼い炎は凄まじい火力で再生能力を削り、急速に限りにへと近づいている。
そしてそれは既にすぐそこにまで来ていた。
「アアァアァァアア……」
断末魔の叫びが木霊し、幾つもの龍頭が頭を垂れる。
そのタイミングを見計らい、俺は蒼炎を掻き消した。
「やっぱり、消費した骨は戻ってこないか」
ヒュドラが絶命に至るまでの間、砕け散った自身の骨片を回収していた。
その結果、完全に修復されたはずの骨格に足りない部分があることが判明した。
すこし欠けた程度のものだけれど、これは俺にとって看過できないほど代償が重い。
多様は出来ないし、できるなら二度と使いたくもない。
俺にとってこの骨格だけが俺自身を証明するものだから。
「いや、今はいい。それよりも」
周囲を見渡し、まだ彼女が現れていないことを確認する。
ヒュドラの断末魔が彼女に聞こえていたら、今頃は踵を返しているはず。
到着するまえに混淆を済ませよう。
焼け爛れ、炭化し、息絶えたヒュドラの死骸に触れて混淆を発動する。
遺骨はすぐにこの骨格に吸収され、魔力となって駆け巡った。
「くっ……」
幾度となく経験した鈍痛は変異の証。
途中で彼女が現れることもなく、それは完全な形で完了する。
「――ヒュドラ・スケルトンに変異しました」
魔力が龍を模して骨格を包み込み、新たな形態が確立される。
背骨に沿うように龍頭が翼の如く生え、その一つ一つが自立して動く。
ヒュドラが撃っていたブレスも会得できたみたいだ。
「なんとか、間に合ったか」
ほっと、一息をついた。




