分身の逃走
飛来する光弾を紙一重で回避し、ヒュドラの動向にも目を光らせながら思案する。
どうすればこの三つ巴の現状から抜け出せるのか。考えてすぐ答えが出るなら苦労はしないが、とにかく思考を止めずに巡らせる。
あぁでもないこうでもないと、つらつらと考えつつ身に迫る光弾を斬り裂いて、各属性のブレスを躱し続ける。そうしていると不意に飛来していた光弾の雨が止む。
どうやら一斉に処分したヒュドラの分身に生き残りがいたようで、それらが地を這って彼女を襲っているようだった。まぁ、まるで相手になっておらず、光の散弾によって瞬く間に蜂の巣にされていたけれど。
「いっそ、逃げるのもありか」
仕切り直しを図るために、この場から離脱する。
彼女の優先事項は俺だ、必ず追い掛けてくるに違いない。ヒュドラは体格が大きく、動きが機敏とは言えない。俺が本気で空を飛行すれば、ヒュドラは追いつけずにこの場に残されるだろう。
ただそうしたところで彼女を振り切れるかは別問題。仮に振り切れたとして、この大規模空間で待ち伏せされていたら意味がない。俺の狙いがヒュドラだと、彼女に気取られている可能性だって十分にあるわけだし。
「……」
ヒュドラのブレスを躱しつつ、現状を俯瞰視点から眺めていると、最後の一体だったヒュドラの分身が撃ち抜かれた。これで全滅だ。また鱗から大量に生まれてくるのか? だが、その様子はどうやらない。
雑魚を増やしても意味がないと判断したのだろうか?
こちらとしては魔力の供給源なので分身を増やしてほしかったのだけれど。毎度のことながら思惑通りにはいかない。
「分身、か」
ふと思い立って彼女の射線を切るようにヒュドラの後ろ側へと回り込む。
決して安全な場所ではないが、ともかくここで現状を打破するための一手を打つ。
とはいえ、大それたことはしない。
ただ全身をオチュー・アイズに変換し、その能力でもう一人の自分を作り出すだけ。
これをこの大規模空間の出入り口に向けて全速力で飛行させた。
「逃走を選ぶか……」
ヒュドラが吐く多色のブレスの最中にいた彼女は、それを追う素振りをみせる。
迫りくる攻撃を難なく躱してかいくぐり、分身を飛ばしたほうへと駆け出した。
その速度たるや否や、人の身で出せるような速度ではなく、あっと言う間に姿が見えなくなる。
「時間稼ぎにしかならないだろうけど……」
彼女は目がいいし、あの速度だと地形と足場の悪さを加味しても、いずれ、というかそう遠くないうちに追い掛けているのが分身だと気づくはず。
それまでに、そうと気づいてからこちらに戻ってくるまえに、ヒュドラを殺して遺骨を回収しなければならない。
「タイムアタックだな」
全身をジャバウォックのそれに変換し直し、ヒュドラと向かい合う。
錫杖を構築し、魔力の刃で杖剣とする。
その様子をいくつかの龍頭で見ていたヒュドラは、すべての龍頭をこちらに向ける。
姿を消した彼女のほうを気にしていたようだが、すぐに切り替えたみたいだ。
「手こずらせてくれるなよ」
無理だとわかっていても願わずにはいられない。
本音を口から漏らしながら、両翼を羽ばたいて飛翔した。
「アアァァアァアァアアアアア」
連なる咆哮が轟いて、各属性のブレスが放たれる。
それらの隙間を塗って肉薄し、杖剣での一閃を振るう。それは見事に龍鱗を立って、首の一本を刎ねてみせる。噴き出す鮮血の最中を舞い、更にもう一本と勢いづく。
だが、軌道を修正するための旋回の途中で、刎ねた首が生えてくる。ヒュドラの脅威的な再生能力は、ほかのどの魔物をも越えていた。あっと言う間に再生し、生えた頭がこちらに向かって牙を剥く。
「やっぱり、厄介だな」
あえなく攻撃を中止し、牙から逃れて天高く上昇した。
見下げた景色にヒュドラの姿をおさめて滞空する。
「時間がないってのに」
生半可な攻撃は無駄だ。どれだけ首を落としても瞬く間に復元される。
再生能力にも限りがあるはずだけれど、ちまちま攻撃してそれを削ぐにはあまりにも時間が掛かりすぎてしまう。
彼女が戻ってくるまえに仕留めるなら、強烈な一撃でなくてはならない。一撃で再生も追いつかないほどの攻撃を打ち込む。だが、どうする? やり方を間違えば遺骨ごと吹き飛ばしてしまい兼ねない。
原形を残しつつ、命を断つ。それを格上の魔物を相手に実行しなくてはならない。
「あぁ、もう」
いつものことながら無理難題がつづく。
けれど、それをいつも乗り越えてきて、今の自分がここにいる。
今度も自分の力でどうにか出来るはず。精霊に頼らずとも、このダンジョンで生き残れる。そう信じて剣を振るおう。
自分に言い聞かせ、杖剣を強く握り締めて、眼下のヒュドラへと突っ込んだ。




