魔力の千刃
「――■■■■■ッ!」
混沌の言語を叫び、顕現させた水の槍を火炎のブレスに突き立てる。
相性の有利によって突き抜けた水槍は、その果てにある龍頭の一つを貫いて、大きく仰け反らせる。
これでブレスで焼かれることはなくなったけれど、まだ問題は残っている。制御の聞かない翼で飛行はできない。
無数にいるヒュドラの分身が蠢く地面に着地せざるを得ない。
「なら、いっそ」
杖剣に大量の魔力を込めて刀身を伸ばし、残るすべての力を込めて地面に突き立てた。
この動作で突き殺せるのは精々が一体や二体。けれど、魔力の刀身が地面に融けて浸透することで、それは幾千の攻撃となって地中から出現し、半径数十メートルの範囲にいるすべての分身を魔力の刃で貫いた。
「アァアァアァアァアアア」
分身たちの悲鳴が木霊し、何千という個体が横たわる。
それらすべてが死にいたり、遺骨となった。
俺はその最中へと、半ば墜落するように着地した。
「――混淆ッ」
数千の遺骨を吸収し、吹き飛んだ半身を再構築する。
分身とだけあって得られる魔力も微量だが、これだけの数があれば事足りる。
肩も、腕も、肋骨も、復元されて意識が指先まで通る。同時に魔力を身に纏い、完全復活を遂げた。
「お返しだ」
龍の翼を広げ、羽ばたいてその場から勢いよく飛び立つ。
向かう先は勿論、彼女のもとだ。まだ撃たれたばかり、狙撃位置から離れて身を隠す時間はないはず。その予想は当たっていて、高速で駆けつけたその場所から遠くない場所に彼女の姿を見る。
接近するこちらに気がついたのか、いくつかの光弾が放たれるけれど。
「こんなものッ」
杖剣を振るって光弾を斬り裂き、至近距離へ。
そのまま魔力の刀身を彼女へと振るう。
「私に刃物を抜かせるとはな」
魔力の刃は、彼女が振るうナイフに阻まれる。刀身が淡く発光しているのを見るに、ただの刃物ではないらしい。もっとも普通のナイフならそのまま切断できているか。
「面倒だが、付き合ってやる」
淡い光を放つナイフの軌道は素早く、鋭く、残光を引く。
無詠唱による身体強化の魔法が掛かっているのだろう。生身の人間には到底、再現不可能な動きでこちらの杖剣を捌いている。得物の刃渡りではこちらが有利だが、けれどそれを覆されるほどに彼女のナイフ捌きは洗練されていた。
彼女も高位探求者だ。経験値でも、刃物の扱いでも、遥か高みにいる。
たった数ヶ月前にスケルトンとして目覚めた俺が、純粋な白兵戦で優位を取れる道理はない。数多の魔物の遺骨で得た偽りの能力があっても、人が積み上げた真に力のある研鑽には敵わない。
「それでもッ――」
混沌の言語を呟き、打ち合いの最中に魔法を放つ。
燃え上がる炎の槍を彼女の視野外から差し込んだ。それも当然のように彼女は対応し、仄かに輝く刃によって斬り裂かれた。けれど、火の粉舞う最中、その一瞬の隙をついて、ナイフの刀身を剣先で掬い上げる。
「ほう」
すこしだけ目を見開いた彼女へ向けて、渾身の蹴りを胴体に放つ。
「――くそ、ダメか」
彼女の体を蹴り飛ばすことには成功した。
だが、直撃はしていない。寸前のところで障壁のようなもので阻まれてしまった。
「けど」
どうにか善戦できている。
このまま――
「アァアアアァアアアァアアアアアッ!」
これまで彼女に気を取られすぎていた。
すぐ背後までヒュドラの龍頭が迫っており、急遽、その対応に追われてしまう。
「――■■■■■」
稲妻を落とし、噛み付こうと牙を剥いた龍頭の二つを地面にねじ伏せる。
だが、それだけに終わらず、間髪入れずに側面から龍頭が現れた。
「くッ――」
対応が間に合わず、その牙の餌食となって突き立てられた。
深い痛みを覚え、噛み付かれたまま骨格を攫われる。なんとか噛み砕かれることだけは避けるために力を込めるが、この状態の俺を彼女が見逃すはずはない。
周囲に警戒の糸を張り巡らせると、やはりと言うべきか彼女の姿を視界に捉えた。
浮かべた光弾を今まさに放ち、こちらを射貫かんとしている。
「させるかッ」
再び混沌の言語を呟いて鉱石の棍棒を造り上げ、寸分の狂いなく迫る光弾を打ち返す。
正し、その方角は彼女ではなく、ヒュドラの胴体だ。
「アァアアアァアアアァァッ!?」
この攻撃でもヒュドラの再生能力なら致命傷に至らない。
けれど、怯ませられれば十分だ。その隙に骨格に刺さった牙をへし折り、口腔から脱出する。
飛び上がり、滞空し、一番高い位置から戦場を見渡した。
「どうあがいても三つ巴になる……」
このまま無闇に戦っても現状は打破できない。
なにか手を打たないと。