変貌の龍鱗
数多の頭が鎌首をもたげ、溶岩の川から現れる。
連鎖するように鳴り響く咆哮が、川を弾いて火の飛沫を散らす。
「こんな時に」
探し求めていた相手ではあったけれど、望んだ邂逅ではなかった。
ヒュドラも高位探求者も片手間に戦えるような相手じゃない。どちらか片方だけでギリギリなのに、この状況は非常に不味い。
「あぁ、面倒だ。はやく終わらせよう」
当然のように彼女は俺の討伐を諦めたりはしない。ヒュドラの首がそれぞれ俺たちに視線を向ける中で、彼女は俺を見据えて光弾を放った。
それが合図となって、それぞれが動き出す。俺は光弾を躱すために地面を蹴り、ヒュドラは大きく息を吸い込んだ。
光弾が頬を掠める。数多の龍頭から、あらゆる属性のブレスが放たれた。
「ぐっ――」
光弾を躱して体勢が崩れたところへ、ヒュドラのブレスがくる。
火、水、風、土、雷、などなど。それら属性が各龍頭から放たれ、雪崩れのように押し寄せてくる。呑まれればただでは済まない。
「――■■■■■」
視界を覆う七色のブレスに対して、混沌の言語で障壁を迫り上げる。
光弾には貫かれてしまったが、ヒュドラのブレスはしっかりと受け止めてくれた。俺の手前で堰き止められ、まるで別の方向へと流れていった。
ここに光弾の追撃がくると非常に不味かったのだけれど、流石にそうはならなかった。
彼女も彼女でブレスの対処をしなければならない。どうやっているのかは想像も付かないが。
「いい加減、鬱陶しいな」
押し寄せるブレスを障壁で防いでいると、流星の如く光弾が飛ぶのが見えた。
狙いはこちらではなく、ヒュドラのほう。狙いは正確なようで、的確にヒュドラの龍頭の一つを撃ち抜いた。その破壊力たるや凄まじく、一撃で頭蓋が打ち砕かれて四散する。
流石に頭一つを吹き飛ばされて平気ではいられなかったのか、その時点でブレスが止まる。視界から七色が失せて正常に戻ると、ヒュドラは頭をなくした首を大きく振り回していた。
飛沫が舞い、血の雨が降る。けれど、それは瞬く間に治まり、出血が止まる。
「この程度では無意味か」
患部が泡立ち、肉が肥大化する。それは次第に龍頭を形作り、吹き飛ばされたはずの龍頭を再生させた。鱗も、骨格も、脳も、眼球も、牙も、すべてが元通りになっている。
「こいつも厄介な再生持ちか」
何度か戦った経験はあるが、そのどれもに苦戦している。まぁ、苦戦しなかった戦いなんてなかったけれど。ともかく、再生能力持ちとの戦いは特に厄介だ。
加えて今回は彼女もいる。
「やはり、お前を撃ち抜いたほうが速く終わりそうだ」
「諦めて帰ってほしいんだけどな」
三つ巴の戦いなんて始めてだ。出来れば経験せずにいたかった。
「アアアァアアアァァアアアァアアアア」
ヒュドラの連なる方向が轟いて、その重厚な鱗が弾け飛ぶ。
広範囲に向けての攻撃かとも思ったが、その鱗自体に破壊力は皆無だった。
ただ鱗が飛んで、地面に落ちるだけ。
なにがしたいのかと思考する最中に、真正面から光弾が飛ぶ。
「――」
ひとまず思考を打ち切って、右手に携えた杖に魔力を宿す。
それは刃となり、杖剣となった得物を振り上げる。掬い上げた軌道は光弾を二つに断ちきり、左右を通り過ぎていった。背後で二度、轟音が鳴る。とりあえず、光弾への対処はこれでいい。
「ほう、やるじゃないか」
まだまだ余裕綽々といった様子で、彼女は周囲に浮かべた光弾を幾つにも分割する。漂うのは無数の細かな光弾。そのすべてがこちらに放たれるのだと身構えたが、彼女がそれを放つ寸前、手元が狂ったのかあらぬ方向へと飛んでいく。
いや、狙いを変えたんだ。
無数の光弾が貫いたのは、これもまた無数にいる龍。雨のごとく降り注いで落下した鱗が姿形を変えたヒュドラの分身たちだ。
「あぁ、もう。目まぐるしいなっ!」
これが三つ巴というものなのだろう。
背後から襲い来るヒュドラの分身を、振り向きざまに斬り払う。
足下に死体が三つ転がり、流れ出た血が熱い地面で沸騰する。
その音を聞きながら、気を抜かずに周囲へと目を向ける。
そうして見た光景に絶句する。
「こうなる前に、頭蓋を砕いておきたかったんだがな」
見渡す限り、視界を埋め尽くす龍の群れ。
ヒュドラの分身は数えることも困難なほどの集団となってこちらに牙を剥こうとしていた。
これまで色んな死線や修羅場を越えてきたけれど、この数は経験にない。
「アァアアァアァアアアアア!」
しかも、オチューのように本体の体積が減ることもない。
持ち前の再生能力で剥がれた鱗は数秒で生え揃う。
まずヒュドラ本体をどうにかしなければ。でも、それにはこの分身の群れを越えなければならない。その最中にも彼女による狙撃がくるだろう。
「前途多難だ……」
でも、やるしかない。