原初の魔法
ジャバウォック・スケルトンへと変異を遂げた俺は、アルラウネたちにたくさんのありがとうを送られた。自身たちの創造主を殺した張本人という立場上、すこし複雑な気分はしたが素直に受け取ることにした。
なにより、彼女たちが望んだことだ。もうアルラウネたちを嬲って遊ぶような脅威はいない。朝靄のような霧が戻りつつあるこの森で、ひっそりと暮らしていくだろう。
「ばいばい、なのー!」
浴びるように感謝の言葉が降り注ぐ中、俺は新たな力を経て次へと急ぐ。
ジャバウォック・ランゲージ。この形態の強みは骨格の頑丈さや、身に纏う魔力の強靱さなどではない。
「――■■■■■」
朝靄の森を出てすぐに遭遇した、四足歩行の魔物の群れ。一体一体が高位に相当する魔物たちの頭上に、いま雷が落ちる。
この形態になった途端、ジャバウォックの言葉が理解できるようになった。精霊に頼らずとも意味を知ることができ、それを口に出すことも可能だった。
力を持つ混沌の言語は、声に出して言うだけで魔法のような現象を引き起こす。
「――アァアァアアアアッ」
落雷に打たれ、魔物の半数以上が悲鳴を上げて戦闘不能となる。
残りの半数はあえて残したものだ。その生き残りたちは一斉に地面を蹴って跳び上がり、鋭い牙を剥く。それを前にして再び混沌の言語を口ずさみ、自身の目の前に透明な障壁を迫り上げる。
その強度はかつて習った魔法とは比べものにすらならず、魔物が突き立てた牙が折れ、爪が砕け、肉体が歪むほど強固なもの。
「グルルルルルルッ」
前方の魔物たちが障壁に激突する最中、後続が迂回して左右からやってくる。
「――■■■■■」
左方向へと向けて火炎を放つ。それは燃え盛る槍となって魔物たちを一度に貫いて通路の壁へと突き刺さる。
間を置かず杖を構築して魔力を流す。それは刃となって杖を剣へと変える。振るうたび、風を切る乱暴な音が鳴る。それが聞こえるたびに血飛沫が飛んだ。それが何度か繰り返して、左右からの襲撃を叩き潰す。
残るは障壁に激突した魔物たちのみ。
「あとは……」
逆手に持った杖の剣を握り締め、横一閃に薙ぎ払う。
その一撃は風を巻き起こし、真空波となって拡散する。遠く彼方まで馳せようと駆ける真空波は、障害物であるはずの障壁をすり抜けて、向こう側の魔物たちを切り刻んだ。
「――」
悲鳴とともに、障壁に赤い血糊がべっとりと貼り付いた。
もう向こう側は見えないけれど、その結末は見るまでもなく明らかだ。
「掴めてきたな……」
一息をついて遺骨を吸収しつつ、ジャバウォックの能力への理解を深めていく。
火炎の槍や障壁、杖は一声掛ければたちまちに消え失せる。混沌の言語を呟きさえすれば瞬く間に現象として顕現するようだ。そしてなにより、混沌の言語は言葉だけで発動するので魔力をまったく消費しない。
スケルトンだから声が嗄れることもない。
ただ半面、あの超火力の蒼炎を出せないという欠点もある。あれは血液を元にしたものなので、肉体のない俺には使えない。なにかで代用できればいいのだけれど、それを見つけるには色々な方法を試すしかない。
先は長そうだ。
「――混沌の言語は原初の魔法です。あなたの目的達成にも役に立つでしょう」
「そうなのか? なるほど」
道理で似ている訳だ。
美鈴とも会えなくなってネクロマンシー習得に不安が残っていたけれど。混沌の言語をうまく活用できれば死霊魔術の扱いも楽になるはず。
なにはともあれ、まずはジャバウォックの能力に慣れないとな。今までの形態とは勝手が違うことが多い。焦らずじっくりと慣らしていこう。それが近道になるはずだ。
次の標的を意識するのは、それからのほうがいいだろう。
今この段階で決めてしまうと、どうしても気持ちが逸ってしまう。
「さて、回収も終わった」
最後の一体から遺骨を吸収し終え、暗い通路の先へと視線を向ける。
「そう言えば……」
美鈴と長らく連絡を取っていないような気がする。
長らくというか、俺に正確な時間感覚なんてとうになくなっているんだけれど。昼夜もないダンジョンにこもりっきりだ。今が昼か夜かもわからない。
でも、とにかく、なんとなく、長い気がした。
「いま、外はどうなってるんだろうな……いや、知らなくていいか」
精霊に聞けば答えてくれるだろう。
でも、すこし知るのが怖くなった。
外の世界がどんな風に変わっているのか、五十年前とどう違うのか。それを知るにはまだ早いと、そう思った。
だから、頭に纏わり付く雑念を振り払って、もう一度通路の奥を見た。
そして覆われた薄暗闇へと足を踏み出した。