血液の蒼炎
繰り出される真空波の数々を躱しつつ、どう攻めるかを思案する。
真空波は脅威的だが、躱せないこともない。間隙を縫って再び肉薄することはできるはず。ただジャバウォックには未知数なことが多い。アルラウネたちを造ったという混沌の言語もだ。
とはいえ、回避に徹して遠巻きに見ていても埒が空かない。
「とりあえず、仕掛けてみるか」
木の幹を隠れ蓑にして地上に降り立ち、全身をフェンリルで塗り替えた。
ちょうどそのタイミングで真空波が樹木を切断し、こちらに迫る。けれど、遅い。軽く躱してジャバウォックへと駆け出し、乱れ打たれる真空波のすべてを紙一重ですり抜けた。
瞬きの隙も与えず懐へと潜り込み、至近距離から薄墨刀を見舞う。
「■■■■■!」
瞬間、ジャバウォックは身をひねって致命傷を避ける。だが、振るった刀身は胴を掠めて浅い太刀傷を刻み込んだ。薄く鮮血が舞い、紅く濡れた刀身を翻す。しかし、二の太刀を振るうことは叶わなかった。
またしても頭上に雷鳴が轟いたからだ。
即座にその場から飛び退くと、稲妻が地面を撃ち抜いた。
「肉を斬らせて、か」
見れば落雷による火傷をジャバウォックは負っている。
自らも感電することを怖れず、俺を退かせてみせた。
とはいえ、こちらにも成果はあった。攻撃を当てられるなら、傷を付けられるなら、それは相手を殺せるということだ。
微かに見え始めた勝ち筋を元に思考は目まぐるしく巡っていく。
「■■■■■」
そんな俺の考えを止めるかのように、ジャバウォックは奇行を見せた。
胴体に刻み付け垂れた太刀傷に触れ、付着した血液を舐める。
そして。
「――■■■■■■■■■■ッ!」
盛大に笑い始めた。
「なにを笑って――」
その答えはすぐにわかった。
ジャバウォックは笑いながら太刀傷を爪で抉り、大量の血液を垂れ流す。
自ら傷を広げ、溢れ出る血液を手の平に貯めるとそのままそれを俺へと撒き散らした。
「■■■■■」
同時に紡がれる混沌の言語。それにより撒かれた血液が燃え盛り、蒼い火炎となって視界を埋め尽くした。その蒼炎はこれまで経験してきたどの火炎よりも凄まじい威力を秘め、炎に触れるまでもなく、その余波だけで周囲の森が焦土と化した。
「――ッ」
カーバンクルでも、シーサーペントでも、この火力は受けきれない。
これまでの戦闘経験からそう結論を導き出し、即座に背後へと向けて地面を蹴る。
直後、蒼炎の余波に撫でられ、身に纏う魔力の表面が焼け落ちた。
凄まじい火力にぞっとしたものを感じ、いまはない心臓が跳ねたような感覚がする。それでも余波に煽られたのは、その一瞬だけ。その後は飛び退く速度のほうが早く、秒と経たずに余波の範囲内から離脱できた。
「死ぬかと思った……」
そのまま二度、三度と後方に向かって地面を蹴った。
全身をフェンリルのそれに変換しておいて幸いだった。ほかの魔殻だったら、恐らく骨の髄まで焦げて灰になっていただろう。
四度目にしてようやく後退を止めて地面を削りながら速度を殺した。
蒼炎もここまでは追ってこないようで、視界の先に蒼はすでにない。あるのは焦土となった地面に一人佇む、傷を負ったジャバウォックのみ。
やはりこんな危険な能力を隠し持っていた。
「どうする……」
自傷と血液の消費を条件とした高火力の攻撃。その威力はもはや必殺に等しい。
触れれば即座に命を燃やし尽くされ、触れなくても致命傷を負いかねない。幸いなのは、その性質上乱発できないということか。ジャバウォックの全長は目測になるが五メートルから六メートルほど。痩せた体格から予想するに、体内に流れる血液量はそう多くない。
ただでさえ太刀傷を抉ったことで無駄に血を流している。生命維持に必要な血液のことも考えると長期戦は不可能だ。
俺がここで血が尽きるまで耐え凌げれば、弱ったジャバウォックにとどめを刺せる。が、そんなことは当然、向こう側も承知のはず。
ジャバウォックが取る行動は二つに一つだ。
血を消費し切るまえに俺を殺すための短期決戦か、蒼炎をちらつかせて逃走するか。
「――■■■■■■■■■■ッ!」
ジャバウォックは前者を選んだ。
背に生えた龍の翼を羽ばたいて、凄まじい咆哮を轟かせてこちらへと飛翔する。
その行為にはなんとしてでも俺を排除するという、揺るがぬ意思と覚悟が見えた。
「上等だ。こっちも引くつもりはないぞ」
蒼炎への対抗手段はまだ浮かばない。だが、それでもどうにか対処してみせる。
約束は果たさなければならない。
二つのうち、ここで一つは果たさせてもらう。
それが叶えば、最初の約束も果たせる気がするから。